第9話 はじめての街
街の周囲は高い石積の壁に覆われていた。これを作るだけでも膨大な時間と労力がかかっただろうなとマリスは壁に沿って歩きながら思いをはせていた。
多くの人がこの街という場所を守るために尽力してきた歴史を感じる幾度も破られては直している跡を見つけては、人の強さを感じていた。
しばらく壁に沿って進んでいくとようやく門に達したが、門番と思われる男は金属製の軽鎧に身を包み腰には短剣、そして長い槍を身に着けている。しかしその勤務態度は誉められたものではなく、ぼーっと空を眺めたり時折あくびをしたりしている。
マリスの接近にもまるで気が付く様子がない。
死角から不意に声をかけていらぬ警戒をされても困るのでマリスはいったん道のある場所まで迂回して正面から門へと向かって歩くことにした。
マリスはそう感じたが、実際にはかなりの距離離れていたので、マリスに気が付かなかったことは不思議なことではない。常在戦闘のマリスの意気込みがある種特別なのだ。
「珍しいな、こっちにも人が来るのか……」
衛兵はマリスの姿を見て素直な感想をもらし、とりあえず背筋を伸ばして体裁を整える。
「止まれ! 身分を示すものはあるか?」
「な、無いです。北の僻地の村から来たので」
「そうか……それでは入場には銀貨5枚が必要になる」
「5枚……高いな……」
聞こえないように小さな声で悪態の一つもつく。
この世界のお金は全て
銀貨五枚は普通の仕事を一日行って手に入れられる二日分の食費くらいに当たるので、安い金額ではない。
腰にぶら下げた小さな袋から銀貨を探して5枚衛兵に渡す。
今まで旅で遺品であったり手に入れたお金を大切に使わせてもらう。
衛兵は背後にぶら下がった木札をマリスに渡す。
「これで10日は街にいられるが、早いとこ何らかの身分証を手に入れることを勧める。荷車を見るに商人であれば商会所だな」
「ありがとうございます」
「厄介事は起こすなよ?」
「わかってます」
門を抜けると石畳の道がマリスを迎えてくれる。荷車の重みが軽くなる。
そして、大通りの両側には建物が並び、なにより人の営みに満ちていた。
衛兵とのやり取りも緊張してしまっていたマリスはその人の営みの熱に当てられ少し立ち尽くしてしまう。
街を歩く人も立ち尽くす若い青年の姿を珍しそうに見つめている。
マリスは長い旅でかなり雰囲気のある風貌になっている、体裁を整えずに言えばボロボロだ。変に整っている鎧や靴が逆にその風貌のボロボロさを際立たせてしまっている。人との関係性は見た目も重要とミリエスから教えられている。まずは腰を落ち着ける場所を見つけ、身を整えるべきだと判断したマリスは中央通りを進んでいく。
門から近い場所には物を売る店が並んでおり、脇道に注意しながら歩いていると、宿を示す看板が見えるようになる。文字や数字など一通りの教育はミリエスや手に入れた書物で学んできている。学は身を助ける。悪い人間もいて騙されないためにも賢くなければいけない。ミリエスは色々なことをマリスに教えてくれていた。
宿屋の分厚い気の扉を開く、目の前には年季の入ったカウンター、そこには大柄のはげた男性が何か作業をしていたが、扉の開く音に反応しマリスの方を見る。足元から頭の上までなめるように客を見て、そして木札を見て嫌そうな顔を隠さない。
「すみませんがとりあえず一泊お願いしたい」
「木札かぁ、先払いでいいか?」
「かまいません」
「二階の右手一番奥、銀貨8枚だ」
小さくない出費だが、仕方ない。
「水場はありますか?」
「裏手から出ると井戸があるから使って構わない、そうだな、あんた、まずそっちに行ってくれ」
「あと荷車があるんだが」
「それも裏手に置いてくれ、って荷車? 商人が木札?」
「北の村から来たもので」
「なるほど、苦労してんだな、もしかしてだが、あんた、いくつだ?」
「15になる」
「15!? いや、俺はてっきり20後半かと……そうか、大変だったな」
「それなりに、では、裏を使わせてもらう」
「ああ、軽い食事も用意してやる、荷物を置いたらあっちの食堂に来い」
「ありがとうございます」
「なんでぇ、ちゃんと若い声も出るんじゃねーか」
「多少は警戒もしてるんですよ」
「確かにな……本当に、苦労してきたんだな」
それからマリスは荷車を裏手に回し固定する。
木細工によって鍵となる木片がないと車輪が回らないマリスご自慢の細工を使って車輪を固定する。
それからは井戸で水を汲み、久しぶりの水浴びをする。
安全で清潔な水を大量に使えるのはありがたいことで、春先で少し涼しい気候の今でも身を切るような冷たい水ではないだけで天国のようなものだ。
髪や顔、全身に厚く積もっていた旅のほこりも時間をかけてじっくりと落としていく。獣毛を用いたブラシでこすり続けていくと、土ぼこりがだんだんと減って流す水も透明になっていく。本当に久しぶりにすっきりした心地よい感覚に感動して水気を払っていく。この5年間で本当に見事に鍛え上げられた肢体、そして、久方ぶりに徹底して洗われた金色の髪、そして、日焼けし精悍な顔つき、戦う戦士の目つきは女達の瞳を奪って離さないだろう。汚れを落とし洗濯したての服に着替えたマリスは文字通り見違えるのであった。
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