神殺しの再臨譚
穴の空いた靴下
旅立ち
第1話 神殺し
男はその首を高々と掲げて戦場に響く声を張り上げた。
「神殺し、ここに成れり!!
邪神ヒューゲィキが首、獲ったぞ!!」
男の手には大笑いをしたまま固まる異形の頭が持たれていた。死してなおその両の眼は燃え盛る火炎のような鮮やかな紅、真っ黒な眼球に浮かぶ深紅の瞳は怖い美しさだ。雄々しい顔つきに大きな牙、そして額からは立派な角が生えていた。ある土地では鬼と呼ばれる魔神とよく似た、しかし放たれる威厳は比べ物にならないほど偉大であった。
その首を持つ男もまた立派である。
全身は傷だらけ、怪我のないところを探すほうが難しく切り傷、打撲、焼け焦げた部位も数しれない。
血にまみれてなお輝く美しい金の髪、強い意志を感じさせる力強い眼、男らしい鼻に自らの成し遂げたことに満足そうに笑みを浮かべ曲がった口。無骨な力強い顔つきだ。人を引きつける美麗さには欠けるが、目を離せない不思議な魅力を持つ。
その肉体は人間という生物が極限まで鍛え抜いて作られる、こちらは美しさを感じるほどだ。
神の加護を受け、幻の鉱石を、最高の技術を持つドワーフたちが仕立てた鎧に身を包み、傍らには巨大な剣が役目を果たした地面に突き立てられている。
戦場には敵味方数多の者が斃れ、その戦いの凄惨さをまざまざと見て取れる。
すでに戦いは邪神側の壊滅、残党の魔物も這う這うの体で逃げ出している。
勝利した側もどちらが勝者かわからないほどにボロボロだ、戦が終わった知らせを聞いて最後の精も根も尽き果て斃れるものまでいた。
まさに、薄氷の勝利であった。
この世には神がいる。
この地に住む人々はすべて神の子である。
世界を作り生命を産んだ神たちは善神と呼ばれ人々から熱い信仰を受けている。
逆に、この世界を滅ぼそうとする、生命をむさぼり喰らおうとする神たちは邪神と呼ばれ人々から忌み嫌われていた。
しかし、人と神、その間には決して超えることのない壁が存在していた。
神を手にかける方法は、神になること。
強大な力を持つ8大善神の試練を超え、神に認められ、亜神となることで神を討つことができる。
その試練は過酷であり、8つの試練を乗り越えることは並大抵のことではない。
そして、亜神に成れたとて神と亜神との差は絶望的。
自らの力を血反吐を吐くような鍛錬で鍛え上げ、戦いに耐えうる一握りの存在を味方につけ、強い力を持つ数多の神獣を味方とすることで戦力を増やし挑むしかない。
それらすべての障害を乗り越えて、今、一人の男が神殺しを成し遂げたのだ。
邪神ヒューゲィキ、多くの魔物を従え、人間や動物など生あるものを残虐に殺し喰らう。黒雲や嵐を操り豊かな自然の実りを腐らせ荒廃を産む。
性格は粗野で傲慢、そして残虐的で暴力的で、邪神らしい邪神。
深き暗い谷底に住み、気まぐれに地上に昇っては周囲の生物をいたずらに害する。
退屈と感じれば魔物を引き連れ意味もなく生物を殺して周り、それを喰らう。
深き暗い谷の周囲は漆黒の森と呼ばれる森林が広がっており、人間たちはその森には決して近づかないことにしている。
それでも周囲の国は幾度となくヒューゲィキの気まぐれに苦しめられてきた。
長い歴史の中、国単位が滅んだことも両手の指では足りない。
邪神とは、そういう存在であった。
災害、悪天候、飢饉、人の力ではどうにもできない、自らのところに降り立てば皆等しく死神に連れていかれる、そんな存在だ。
そんな邪神の一柱が今討ち取られた。
邪神との激しい戦いを戦い抜き、生き残った者たちは皆、亜神であるオルディスを歓喜でたたえている。
超人と呼ばれる存在となった人間たち、精霊、聖獣、邪神に苦しめられていた存在が今過去の祖先の恨みを晴らしたのである。
「友らよ、ついに、事を成した!!
約定通り、我が肉体、魂、その最後の一片まで、汝らに与えよう!!
さらばだっ!! 皆との旅、楽しかったっ!!」
皆がオルディスを中心に円を作り、祈りをささげる。
オルディスは自らの持つ神殺しの剣となったラグニミリエスを高々と掲げた。
同時に、彼の身体は光となって崩れ始めていく。
暗雲立ち込める谷の底、光の届かぬ闇の領域に、彼の放つ光が粒子となって広がっていく。その光景は、幻想的でとても美しい。
神殺し、それは、この世界における最大の禁忌。
邪神であろうと、そのルールは覆らない。
彼は、自らが亡びる運命を受け入れたうえで、苛烈を極める課題を乗り越え、試練に打ち勝ち、自らを鍛え、そして、事を成し遂げたのだ。
彼の光の粒子は周囲の者たちに吸収されていく。
神となった存在の力は、ともに戦った仲間に大いなる力を与える。
そして、それがまた精霊や聖獣の報酬であり、約束なのだ。
ともに戦う者たちは、皆オルディスの人柄と高潔な決意に打たれ、そして、その消え去る力をこの地に残すために共に戦った。
激しい戦いで命を落としたものもたくさんいた。
彼らにもオルディスは加護を与え、きっと素晴らしい生まれ変わりの生を得る事だろう。
これこそが、神殺しの最後の祝福なのだ。
あまりにも美しいその光景は、大いなる友の死に涙する多くの存在の心に焼き付いていく。
彼の持つ大剣が、ズンと大地に突き刺さると、彼だったものは、この世から完全に消失し、彼の友たちの中で生き続けるのであった……
邪神ヒューゲィキの死はこの世界において小さな出来事だった。
しかし、人間たちにとっては、広大な漆黒の森、さらに深き暗い谷に眠る大量の資材を手に入れたことになる。もちろん邪神が死んでも残存する魔物はいる。それでも、無限に湧き出る瘴気の大本は消え去り、魔物の多くを超人たちや神獣が打倒しており、間違いなく、この世界における狭い生存権を広げることができた。
善神は積極的に世界には関わることはない。
しかし、邪神は自らの欲望のままこの世界に干渉してくる。
しかし、邪神を倒すには8大善神の力を借りねばならない。
人間たちは、善神を信仰することに迷うことなど無い。
世界は、一人の偉大な神殺しの消失後、わずかに豊かになった。
民たちは、その英雄に感謝し、善神への信仰を強くするのであった。
――――その剣は啼いていた――――
友を救えなかったことを。
友と一緒にいられなかったこと。
友と一緒に消えてあげられなかったこと。
友に想いを告げられなかったことを……
「行くぞミリエス!」
彼の声はもう聞こえない。
「やったぞミリエス!」
もう名を呼んではもらえない。
「これで最後だ、お前にも辛い思いをさせるな……」
なんでもよかった。彼の隣にいられれば。
そして、神殺しの呪いが自分にも及んで共に滅びたかった……
そう、英雄オルディスの持つ聖剣ラグニミリエスは神殺しの武器として堕ちた。
世界から拒絶される武器となった。
そして、神聖を断ったことに加えてオルディスの魂を取り込んだことで自我が完成された。
神殺しの武器は、この世界の火の神が住まう巨山ヴォルトニクスの河口に投げ込まれる。
マグマの中で時間をかけてその存在を消滅させるためだ。
しかし、剣は悠久の時を超えてなお健在であった。
むしろ、マグマからのエネルギーを吸収し続けて存在進化を果たしていた。
オルディスとの旅と経験が神々の想定よりも大きく、そして彼とのつながりを彼女は失いたくなかった、執着によりマグマの力を乗り越えた。
しかし、彼女には何の目的もなかった。
ゆえに、ただマグマの中にただ在って、過去の冒険の記憶の中に生きていた。
愛してやまない彼の存在を反芻する、ただそれだけを、永遠に繰り返す……
はずだった。
次の更新予定
神殺しの再臨譚 穴の空いた靴下 @yabemodoki
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