あなたと、いきたかった

勿忘草

第1話『記憶』


 私は病室のベッドで目を覚ました。

 体は石のように重く、包帯で巻かれた肌は青白かった。腕を動かせば、何本ものチューブが揺れる。


「……ああ」


 生きている――。

 その事実を認識した瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。


 絶望した、生きていることに。


 目を瞑ると、脳裏には彼の微笑みが浮かぶ。あの日、私と彼は一緒に橋から飛び降りた。


 私が彼――龍一りゅういちと出会ったのは、2年前のことだった。


 大学の人間関係で悩んでいた私は、公園のベンチでただ一人座り込んでいた。


「何やってんだよ、こんなところで」


 突然声をかけられ、私はハッと顔を上げた。夜遅く、公園の街灯の灯りだけがぼんやりと私を照らしている。目の前には、コンビニの袋を下げた男性が立っていた。


「少し話していいか?」


 彼は不器用に笑うと、袋の中から小さなペットボトルのお茶を取り出し、私の前に差し出した。


「ほら、これでも飲めよ」


 ナンパかよって、むっとしたけれど、断る理由もなかった。むしろ、誰かと話したかった。


 受け取ったペットボトルの温かさが、冷え切った手にじんわりと広がった。その時の私は、この人が自分にとって特別な存在になるなんて、全く思いもしなかった。


 それから、私たちは何度か偶然出会った。駅前の喫煙所で、スーパーのレジで――。偶然が重なり、次第に言葉を交わすようになった。


 龍一も同じ大学だと聞いた時、驚いた。最近、別のキャンパスから転部してきたらしい。


「お前さ、あの時なんであんなところにいたんだ?」


 龍一にそう聞かれたのは、3回目に会った時だった。


「……別に。ただ、疲れてただけ」


 適当に答えようとしたけど、彼はそれ以上追及してこなかった。ただ、「そっか」とだけ言って、煙草をふかした。


 私が龍一の部屋に行くようになったのは、彼が「ちょっと飲もうぜ」と誘ってくれたのがきっかけだった。


 私も寂しかったし、彼ならいいかって思った。


「お前、酒弱いんだな」

「……うるさいな」


 顔を赤くした私に、龍一は楽しそうに笑っていた。彼の部屋は狭くて、生活感が滲む雑多な空間だったけれど、私にとってそこは唯一安心できる場所だった。


 彼との日々は、私にとって唯一の「居場所」だった。


「最近、無理してないか?」


 何気ない口調で言われたその言葉が、胸に刺さった。誰にも必要とされていないと思っていた私にとって、その一言は何よりの救いだった。


 でも、同時に怖かった。この人がいなくなったら、私はどうなってしまうんだろう――。そんな不安が頭をよぎるたび、胸が締め付けられるようだった。


「なぁ、詩月。ずっと一緒にいような」


 龍一がふとそう言った時、私は涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。彼の隣にいられるだけで、それだけで十分だった。でも、そんな思いとは裏腹に、私は次第に彼を縛りつけるようになっていった。

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