第6話 不安に思うデイミアン
デイミアンside
「……ごめんなさい。少し体調が悪いみたい。今日はひとりで休ませてもらえないかしら?」
デイミアンは目を見開き、一瞬言葉を失った。ついさっきまで幸せそうに微笑んでいたエレノアの瞳には翳りが差し、声も沈んでいる。
「……もちろん、無理をしないで。君が一番大切だから。体調が優れないのなら、ゆっくりと休んだ方がいいさ。私のことは気にしなくていい」
デイミアンは優しい声で彼女を気遣う言葉を口にしたが、心の中には疑問が渦巻いていた。何かがおかしい。結婚式ではあれほど喜びに満ちていた彼女が、今はまるで別人のようだった。
エレノアは黙ったままベッドに腰掛け、俯いたまま何も答えない。その沈黙が、デイミアンの不安をさらに掻き立てる。
寝室は広々としており、天蓋付きのベッドが中央に置かれていた。その両側には内扉があり、片方はデイミアンの自室、もう片方はエレノアの自室へとつながっている。それぞれの部屋は夫婦の時間を尊重しつつも個人の空間を確保するためのもので、デイミアンの部屋には書斎机や革張りのソファ、エレノアの部屋には化粧台や趣味に使う道具が揃えられている。どちらにもベッドが置かれており、必要に応じてそれぞれの部屋で眠ることができた。
「エレノア、本当に大丈夫かい? 何か悩み事があるのなら、私に話してくれないか?」
デイミアンはそっと彼女の前に膝をつき、柔らかな声で問いかけた。しかし、エレノアは目を伏せたまま、小さく首を振るだけだった。
「……何でもないの。ただ、疲れただけよ」
その言葉には明らかに何かを隠している響きがあった。しかし、それ以上問い詰めるのは彼女を追い詰めるだけだと感じたデイミアンは、一歩引くことにした。
「分かった。君のペースでいい。私は隣の部屋で休むから、なにかあったらその扉を叩いて」
そう言って彼女の頬にそっと手を添えながら、自分の部屋へとつながる扉に視線を向けた。エレノアはその手を振り払うこともせず、ただかすかに微笑んだように見えたが、その笑みにはどこか陰りがあった。
デイミアンは立ち上がり、夫婦の寝室を後にした。しかし、扉を閉める直前、何かを思い出したように足を止める。
「そうだ、ガウンを置いてきてしまったな」
独り言を漏らしながら扉を再び開けると、彼の視線は意図せずエレノアに向かった。彼女はベッドの端で小さなブローチをじっと見つめていた。
そのブローチは、デイミアンが婚約の際に贈った特注品だった。エレノアのアメジスト色の瞳をイメージして作られた紫水晶のデザインが、彼女の手の中で微かに輝いている。
デイミアンは思わず息を呑んだ。彼女がそのブローチを大事そうに撫でる光景は、確かに彼への深い想いを示しているように思えた。だが同時に、その仕草には何かしらの苦しみが滲んでいるようにも見える。
「エレノア……」
デイミアンは思わず彼女の名を呼んだが、エレノアは驚いたように顔を上げた後、急いでブローチを隠した。その動作には彼女の動揺が表れていた。
「ガウンを忘れてしまってね。取りに戻っただけなんだ」
デイミアンは努めて平静を装いながら言葉を選ぶ。エレノアは短く「あぁ、そうなのね」と答えたが、それ以上は何も言わない。
彼はガウンを手に取ると、再びエレノアの方を見た。
「私はエレノアを心の底から愛しているよ。君と結婚できて世界一の幸せ者だと思っているんだ」
それだけ告げて、デイミアンは部屋を出て行った。
扉が閉まると、エレノアは再びブローチを眺めながら、デイミアンを想う。そして、押し殺すように嗚咽を漏らし、涙を流した。その涙の理由を知る者は、彼女自身と、彼女の耳元で密かに囁いたセリーナだけだった。
一方、自室に戻ったデイミアンは混乱していた。
――エレノアは確かに私を想っている。あのブローチが証拠だ……なのに、なぜこんなにも距離を感じるのだろう?
頭を掻きながら、彼は複雑な心境のまま自分のベッドに潜り込んだのだった。広い夫婦の寝室でひとり眠るエレノアを想いながら――
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