第3話 倒れた婚約者はエレノアのせい?
エレノアは17歳を迎え、心から愛する婚約者を得ていた。彼の名はデイミアン・アシュトン公爵。若くして公爵位を継ぎ、その才覚で領地経営を成功させた人物だった。黒髪に漆黒の瞳を持つ繊細な顔立ちの美青年で、エレノアを一途に愛していた。
ある日の夜、二人は舞踏会で幸福な時間を過ごした。デイミアンの腕の中で踊るエレノアの心は、まるで空を舞う鳥のように軽やかだった。夜会を終えた後も、彼の微笑みやさりげない優しさが胸の中に余韻として残り、エレノアは夢見るような心地で眠りについた。
しかし翌朝、悲しい知らせが届いた。デイミアンが高熱を出し、寝込んでしまったというのだ。心配でいても立ってもいられなくなったエレノアは、急ぎ彼の屋敷へ向かった。
彼女が見舞いに訪れた時、デイミアンは寝台に横たわり、顔には疲れが色濃く浮かんでいた。閉じた瞳と落ち着いた呼吸が、彼が深い眠りについていることを物語っている。エレノアはその顔を見つめ、胸が痛むのを感じた。
「どうしてこんなことに……」
彼女は小さな声で呟きながら、そっとデイミアンの顔に視線を落とす。舞踏会での楽しいひとときが、かえって彼を無理させたのではないか――そんな考えが心をよぎり、自責の念が湧き上がった。
デイミアンの体調不良が自分のせいかもしれない――エレノアの心は、その思いでぐるぐると渦巻いていた。舞踏会の前、デイミアンが仕事に追われ疲労している様子を見ていたにもかかわらず、彼を誘った自分の軽率さを思い出す。
――デイミアン様は疲れていたのに……元気づけようなんて思って舞踏会に誘ったけれど、まずは休ませるべきだったはず。私ったら、またやってしまったの……?
屋敷に戻り、庭園でひとり花を眺めながら考え込んでいた。彼女の沈んだ表情を見たセリーナが、意味ありげに顔をしかめて声をかける。
「エレノア、あの夜、デイミアン卿は相当無理をしていたように見えたわ。あれだけ忙しい彼が、わざわざ舞踏会に出席したのは、あなたを愛しているからでしょうね」
「……ええ、私が悪かったのよ。無理させてしまった……」
エレノアの声は震え、握りしめた手が小刻みに震えていた。それを見たセリーナは、わざとため息をつきながら、それでいて優しい口調で言葉を続ける。
「エレノアは知らず知らずのうちに、周りに負担をかけていることに気づいていないのね。デイミアン卿も、あなたを喜ばせようと頑張りすぎてしまったのよ。いつもそう――あなたの、間違った愛が不幸を招くのよ。エレノア、いっそ誰も愛さない方がいいかもしれなくてよ?」
その言葉はエレノアの胸を深々と貫き、罪悪感と自己嫌悪の渦に彼女を押し込めた。無意識のうちに他人に重荷を与え続けているのではないか――そんな思いが、セリーナの言葉によって疑念から確信へと変わってしまったのだ。
「私は……ただデイミアン様を元気づけたかっただけなのに……」
エレノアが呟くと、セリーナは小さくうなずきながら穏やかな声で囁いた。
「わかっているわ。でも、残念なことにエレノアの愛は、いつもどこかで誰かを苦しめてしまうのよ」
エレノアはそれ以上何も言い返すことができなかった。幼い頃から側にいたセリーナは、姉のような存在だった。だからこそ、彼女の言葉が恐ろしいほどの真実に思えてしまうのだ。
「私……これからはもっと、自分の言動に気をつけるわ」
そう言い残し、青ざめた顔で庭園を後にするエレノア。その背中を見送りながら、セリーナはポツリと独り言を呟いた。
「可哀想なエレノア……そんな自信のない泣きそうな顔をしても、誰よりも美しいなんて……憎らしいわ。でも、いいのよ。自分がいるだけで人を不幸にするなんて思い込んで、少しずつその輝きを失っていけば――」
セリーナは唇の端を歪めて、冷たい笑みを浮かべたのだった。
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