第5話 朝の会話
翌朝、私はいつも通りの朝を迎える。遅くまで幸知としゃべっていたので眠い。ベッドから起き出して、リビングに行くとソファーで眠る幸知が目に入った。
夏だから、タオルケットがあればいいということでソファーで眠ってもらったのだ。
私は、キッチンに入ると朝ごはんを作り始めた。ご飯は炊いてないから、今日はパンだなとトースターに食パンを二枚入れた。
フライパンを出して、冷蔵庫からベーコンと卵を二個取り出す。火にかけたフライパンに、油を引いてベーコンをしきその上に卵を割り入れる。
塩コショウをしてから、少量の水を入れてフライパンの蓋をして焼く。タイマーは5分。そこまでやってから、トースターのスイッチを捩じる。
これで、パンと目玉焼きが同時に焼き上がる。
焼いている間に、レタスをちぎって皿に盛りミニトマトを水で洗った。するとピピピっと五分のタイマーが鳴った。
フライパンの火を止めて、レタスとミニトマトの横に目玉焼きを盛り付ける。パンも焼けたので、お皿に移す。
ダイニングテーブルの上にお皿を置き、パンに付けるバターやジャムそれとフォークも持ってきて準備が完了する。
「幸知くん、朝だよー」
幸知に声をかけると、タオルケットの中でもぞもぞと動いた。その間にも、私は食器棚からコップを二つだして作り置きしている麦茶を注ぐ。
コップ二つを手に持って、ダイニングテーブルに歩いて行くと幸知が起きたのか、ソファーに座ってタオルケットを畳んでいた。
「おはよー。ちゃんと寝られた?」
「おはようございます。はい、眠れました。これ、ありがとうございます」
幸知は、畳んだタオルケットをソファーに置いている。
「なら良かった。朝ごはんできたから、食べよう」
私は、ダイニングテーブルの椅子に座った。
「朝ご飯まですみません」
幸知は申し訳なさそうにしながらも、席についた。
「超簡単な朝ごはんでごめんね。では、いただきましょう」
私は食パンを手に持って、ブルーべリージャムを塗り始める。
「朝ごはん、食べられると思ってなかったので嬉しいです。いただきます」
幸知は、ちゃんと手を合わせてから食べ始めた。私は、そんな幸知の様子を見ながら礼儀正しい子だなと感心する。
「今日は、どうするの? ちゃんと家に帰る?」
私は、一晩たった彼の考えを聞く。悩みを人に話して、一晩寝たので頭がクリアになっているといいのだけれど……。
「一度帰ってから、その後大学に行きます」
幸知は、何かを決心したかのように昨日とは違ってスッキリした表情をしていた。
「なら、良かった。表情もスッキリしているし、自分の考えがまとまったのかな?」
「考えがまとまったって言うか……。昨日、藤堂さんに言われたようにもっと具体的に色々動いてみたいと思います。本当にやりたいなら、動かないと駄目だって。想ってるだけじゃ駄目だって思いました。とりあえず、家に帰ります。本当にありがとうございました」
幸知がぺこりと頭を下げた。
「じゃー、あと三十分もしたら出るからね」
私がそう言うと、幸知は頷いて朝食を食べ進めた。
*********
会社に行く準備を整えた私は、幸知に声をかける。
「そろそろ行くけど、大丈夫ー?」
「はい。今行きます」
玄関にいた私のところに、幸知がギターを持って歩いて来る。
「忘れ物はないよね?」
「ギターしか持って来てないので大丈夫です」
幸知は、照れ笑いを浮かべる。
「ふふふ。それもそうか」
私も一緒に笑い、そして玄関を出る。今日は、昨日の雨が嘘みたいに青い空が広がっていた。暑くなりそうな夏の匂いがする。そして、二人で並んで弘明寺駅へと歩きだす。
「関内からそれほど離れていないのに、のどかな街ですね」
幸知が、周りの風景を見ながら話す。昨日は、夜で真っ暗だったし雨も降っていたので景色を見る余裕なんてなかったのだろう。
「そうだねー。騒々しくないし、適度に開けているし住みやすい街かな」
私も、幸知の意見に賛成だ。この街に越してきて今年で二年目。ちょっとずつ探検して、お気に入りの場所を増やしている最中だ。
「あの……。ちゃんとお金返しに来ます」
幸知は、私の顔を見て言った。
「別にいいよ。そんな大した金額じゃないし。わざわざ面倒臭いでしょ?」
私の正直な気持ちだった。幸知は、スマホも持っていなかったので連絡先も交換できない。私の番号を教えておけばいいだけなのだけど……。
でも、なんとなくこの出逢いはこれで終わりでいいのでは? と私は思う。私の気まぐれが起こした出会い。特に交わる必要のなかった二人だ。
「そんな寂しいこと言わないで下さい。俺、話聞いてもらえて凄く嬉しかったです。俺の周りって、否定的なこと言う人ばかりでまともに取り合ってくれないから……。藤堂さんみたいな人って初めてです」
幸知が、私の頭上からとびきりの笑顔を溢す。何て言うか……普通に格好いいのよこの子……。話すと真面目で爽やかなのに、昨日の雨に打たれていた時の顔が本当に別人で不思議だ。
「幸知君から見たら、ただのおばさんだよ。楽しい二十代を送りなよ。体力も気力も有り余ってるでしょ? 色々な経験をしたらいいよ」
私も、幸知の笑顔につられたのかふふふと笑みを溢す。
「おばさんなんかじゃないです。本当ですよ? あの……咲さんって呼んでもいいですか?」
幸知は、嫌がられないか不安そうに私の顔を覗きこむ。朝から止めて欲しい。年下の男の子が可愛くて心の中で悶えてしまう。
「ありがとう。そう言ってくれるなら嬉しいです」
私は、顔に出さないように心の中で「平常心」と何度も唱える。そして私たちは、関内駅につくと駅の入口で別れを告げた。
「じゃあね。頑張ってね」
「はい。咲さん、色々ありがとうございました。俺、ちゃんと頑張ってみます」
結局、連絡先は交換しなかった。
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