第33話 回想2008年 12R
いや、これは正直なところ、なかなか手厳しいなあ、と感じます。
といったシンプルな第一声から、求められた「感想」を言い訳がましくならないように要点だけを絞って、山田は語り始める。
「『セクハラが放置されているのでは?』の件につきましては、実際自分も副店長以下の役職者に店舗運営全体、任せきりな面もあったので、調べます。女性社員から相談持ち掛けられた件、故意にではなく結果放置になってしまったのは、自分のミスなのでその社員には謝罪しすぐフォローいれます」と滑り出し、今、一人で秘密裏に進めている渡邊、あるいは渡邊ら、による「設定漏洩疑惑」と直接関係してくるような部分については、あたらずさわらず誰にも何も累が及ばないような返答に終始した。
で、全体の総括的に、山田の持つ「古さ」への批判、そしてそこから伺える「若さ」「斬新さ」への渇望の雰囲気に対しては、秀美部長を刺激しないよう慎重に言葉を選んで、若い皆さんと比べ至らぬ点が多々あるのは承知しておりますが日々たゆまぬ努力によって自分もアップデートを心掛けてまいりますのでうんぬんかんぬん、と、このへんの言い回しは、この三者面談の途中から内心で早々に練っていたので、そうくだくだしくもならずに口からなめらかに出た。
その日は、山田の「感想」というか「弁明」をひとおとり聞いた新島事業部長、秀美統括部長、それ以上、何か追及することもなく、不満な様子もなければ、特に満足した印象も見られず、といった淡々とした調子のまま、営業数値は十分あがってますので、今後は細かいところも気を使ってくださいね、と高圧的でない口調で秀美部長が言い残し、引き上げていった。
その様子を見送る山田も、二人に対し、特に恐れや怒りなど感ずることもなく、次の瞬間から、すぐさま、今やるべきこと、にとりかかる為にまずホールへ。
なにはともあれ、「万枚ニット帽」の様子だが、まだ設定6の吉宗遊技中で、見たところ7千枚レベル獲得しているようだ。
今日のところは渡邊らに察知されないように彼奴の動きを遠目に把握するようにして、行動パターンを探り、先ほど部長二人に宣言したセクハラ相談に応対することを忘れていた女子社員に関しては、確か今日休みだったような気がするので明日に回そう、いや違ったかな?とそこそこ広いホール内を速足で事務所に戻り、サクッと当日の配置表を確認。うん、休みだ。社員の篠崎だったんだ。思い出した。あの時二人できたんだっけかな?篠崎の後ろに誰か立ってたっけ?すまんがそこまでは思い出せないわ、と、あれこれ考えていたところで、防犯カメラシステム、モニター群の中央付近下部に設置してあるマイクスピーカーから「警備です。ライト点灯の車、呼び出し願います」という声が聞こえてくる。そこで、ああ、何故いままで気づかなかったか!?と、はたと、ひらめく。
常駐警備員の存在があるではないか。
とにかく他の者に気づかれないように接触し、「万枚ニット帽」の大雑把な動きを追ってもらおう。となると、どのタイミングで話にいくか、だな。というか今は駐車場巡回中なので、今だな!と即断し、三者面談中は装着していなかったインカム一式を装着して店舗建物付設の3階建ての広大な駐車場に向かう。平屋部分もそこそこ広いのだが、ライトつけっぱなし、って話なので今日の天候なら立駐のことであるはずだ。
さほど時間もかからず巡回現場を発見し、その場に居た当日勤務のSG警備株式会社社員木村に事情を伝え、他のシフトの者とも情報共有してもらうよう依頼し、この件に関する情報伝達は自分が聞きに行くその機会だけに、という大枠も理解させた。
むろん、伝えたなかに「設定漏洩」うんぬん、渡邊ほか2名の名前などは、入れていない。必要最低限シンプルな項目数にとどめた。
山田、出入りの業者とマメにコミュニケーションとる、というあたり「昔気質」な面があり、自身が空手有段者なのもあって、特に警備系の人材とは「格闘技」方面の世間話をすること多々あり、木村とはそこそこツーカーの仲とも言ってよい間柄だったのだ。その他の鴨宮常駐警備員すべて掌中に収めていた。他に山川、吉野、外村、と4名が交互に来る体制も把握していたし、木村に伝えておけば遺漏なく、しかも山田の描いた絵図どおりの仕組みで情報共有してくれるだろう、というくらいの信頼関係は構築されていたのだ。
もともと「ゴト師」その他の不審客、不良客の発見確保、警察へ連行、といったような派手な立ち回りの実績に関しては社内でも群を抜く実績を持っている山田であるし、セキュリティ重視傾向と多店舗化&大型化の流れで、かつては影も形もなかった「常駐警備員」配置が始まってすぐに、これを上手いこと活用しない手はない、と抜かりなく考え、異動の度、特に警備人材との密なコミュニケーション実行していたのだ。
「完璧」とはいえないまでも、ある程度の「態勢」を構築したことに、やや安心し、とにかく「考える」ことに集中するため、再び事務所に戻り、店舗責任者卓上のタワーPCを立ち上げ、次回入れ替え分の所轄警察への提出書類作成作業に没頭する体を装った。実際、他の若手役職者に比べてエクセルその他PC操作もあきらかにたどたどしい山田であったが、やることが毎回ほぼ同じ、なことに関して身体に叩き込むことはさほど苦も無くできるのであって、次回入れ替えは台数も少ないことだし、その気になれば10分程度で終えられるものを、眉をひそめながら、さも難渋そうに、今重大な作業中である、という雰囲気を醸し出しつつ、「設定漏洩」捜査、今後どうするのかに思考を巡らせる。
さて、そうしている間にも、副店長渡邊の「盛り上げ」インカム会話が室内のマイクスピーカーから四六時中流れてきて、それに対し主任や社員のレスポンスのあれやこれやも嫌でも聴かされるわけだが、当然のように完全スルー。こういうところが渡邊に店舗内の主導権握られる要因なのかもしれないが、余計な負担を耳にかけない方がよかろう、という考えは曲げない。というか「笑っていいとも」で、タモリと観客との間で変な「お約束」のコール&レスポンスが定着しだしたあたりから見なくなったくらいだし、そういう「チャラい」こと全般好まぬ一匹狼山田なのだった。これに関しても「店長会議」で「インカムで必要以外の会話禁止してはどうか」と主張し続けているのだが「モチベーション向上派」の若手の意見にかき消されるのが常だった。そして「若手」とほぼ同世代の秀美部長に睨まれる、と。インカムの余計な会話に関しては、山田への同調者も実は少なからず「若手」にもいるので、徐々に排除論を広めていければ、という気構えでもあった。
さて、結局、エクセルによる書類作成の間に「設定漏洩」疑惑調査に関して思考を深める目論見ではあったものの、常駐警備員の協力を仰ぐことに成功した安心感も手伝って、なんだかんだでその他にも先々3回分くらいの入れ替えを見越した機種配列図の作成にも着手したので、すっかり「仕事」そのものに没頭することになり、「万枚ニット帽」は吉宗で7500枚交換後、最寄りの買取所で特殊景品を現金化し、「徒歩」で駅方面へ歩いて行った、ことだけを、木村警備員から直接確認した。
そして翌水曜日、相談事放置してた女性社員篠崎に15時出勤の点呼前にただちに声をかけ、失念したことを詫び、その自分への声掛けの時にいっしょに来て後ろに立ってたのは誰かを尋ね、それは女性アルバイトの川島だということがわかり、その川島は17時出勤なので、当日配置表を確認し、19時から面談室で話を聞くこととした。
篠崎がフロアに出て通常勤務開始するまえに、小声で相談内容はセクハラに絡むことなのか否かを尋ねたのだが、神妙な面持ちでうなずく篠崎なのだった。
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