第28話 回想2008年 7R
さて山田と自分が小田原の居酒屋兼定食屋で久々に膝詰めで長話、となってるのが2008年の春、ということなので、副店長渡邊による設定漏洩のあれやこれやの話、は2007年~2008年にかけての話、ということである。一旦銘記しておく。
山田が渡邊を疑い始めたのが1年前の2007年春頃。
「すっとぼけ」作戦で釘や設定辛目にして反感を買うように仕向けて、それがかなりあからさまな形で表にあらわれはじめ、自分を排除するための「偽証」やるかな、やらないかな、と待ち構えていたような日々となって、いよいよそれが来た。
ところで「偽証」やるはず、というこの山田の「確信」について、いやそんなの普通やる?みたいなことを世間一般の人は思うかもしれんが、まあ『半沢直樹』の銀行業界だって足の引っ張り合いみたいなのあるわけだし、パチンコ・ホール業界にそれがないわけがない、というか、『半沢直樹』の足の引っ張り合いの場面がどんなのかは視てないので知らないんだが、パチンコ・ホール業界のはほんとに「トウシューズに画鋲仕込む」みたいなベタ手口なやつあるんすよ。自分もそういうノリのいがみ合いみたいなの間近で見たことあるし、山田もさんざん見てきたことだろうと思われる。
気に入らない奴は上司だろうがなんだろうが殴る、なんぞという原始時代みたいなノリも自分が新入社員の頃にはあったし、さすがにそこまであからさまな「暴行事件」の当事者がおとがめなしで生き延びるってほどの無法地帯ではなく、きっちり解雇事案になったりもして、それから徐々に業界全体もソフト&マイルドな空気になってきて、2000年代突入以降「殴り合い」は「滅多やたらとあるわけではない」レベルくらいまでの平和な世界になったんだが、そもそも「世間的な風当り強め」なことをわかったうえでわざわざここに来る者たち、というのは「氷河期」で大卒者の割合が増えようがなんだろうが癖の強い者多め、なことに変りはなく、むしろその癖の強さの「種類」が多種多様になって、頭にきたら殴る、というような直情径行タイプの表向きのわかりやすさが減じた分、いつでもどこでも油断がならない神経戦が勃発する頻度が明らかに増した。
山田と渡邊の間にしても、渡邊の如才ない振る舞いによって最初の1年は「蜜月時代」といってよいほどだったわけだし、山田の「ベテランの勘」が発動しなければ、そのまますべては闇に葬られていた可能性だってあったかもしれない。
とにもかくにも「従業員同士の競争」の有り様も時代とともに悪い意味でソフィスティケートされてきた、ということか。
釘も設定も辛目な方向へ導きがちな「極悪店長山田排除」の動き、まず最初に夏季賞与に向けた人事考課面接の席、山田が「被考課者」であるところの事業部長との面接の席で知る。6月3週目のこと。その時は、≪ところで話は置いといて≫というようにこの賞与の考課に関係しない前提での話で、不確かではあるが、ちらほらハラスメントの件でそれもいくつかあがってきてるんだけど、どうなのよ、というまだ曖昧模糊としたものであった。山田には心の準備が出来ていたので、特に声を荒げたり、驚天動地の表情になったり、あるいは情報の出どころはどうなっているのか?と問い詰めたりなどは一切せず、「ないです」と簡潔明瞭、穏やかなトーンで否定するのみでその場は終えた。
「ハラスメントの虚偽告発」かあ、なるほどねえ、といったところか。
一匹狼、職人気質の山田なので「余計」なことはあまり発話しないタイプだし、あるとするなら「無視された」「相談にのらない」などのディスコミュニケーションの方か。その解釈で一方的に来られれば、言われた方もなんとはなしに信じるかもなあ、と、ともあれ「攻撃開始」されたのを把握し、中腰になって守備の態勢に入り、ボール飛んでくるのを待つ心境に。
ほぼ時を同じくして、2ちゃんの地域スロット店舗情報板の「西湘」スレッドで自店に関する投稿内容が荒れ加減な風味になってきた。あからさまな個人名指し攻撃にならぬよう言い回しに細心の注意を払った、ある意味計算され尽くした「設定師批判」投稿が雨後の筍の様に急激に増えた。スレッド見た者誰しもが「極悪店」の印象を受けるような見事な流れがあっという間に完成の域に達した。00年代初頭に次々「削除」されたような、苛烈な攻撃的文章にはならない一歩手前程度にとどめておく、というようなそのあたりの匙加減が実に絶妙というか、山田本人も閲覧しながら感心するほどであった。
なるほどまずは「心理戦」で、追い詰めよう、ということか。
しかし現状、行動に気を付けてもいるし、特段こちらに「落ち度」はないように思えるわけで、となると、敵は業を煮やして「事実の捏造」を仕掛けてくる可能性は非常に高い。
ところで先程述べたように、パチンコ、パチスロ情報に関しての2ちゃんの影響力は2007~8年当時まだ活きていたのであって、意外と「中の人」も閲覧していたりもして、自社内25店舗の、店長からバイトにいたるまで、他所の店のスレッドまで見てる人間もまだまだそこそこいた時代だったので、鴨宮の山田が攻撃対象になっている、ということはあっという間に全社的に広まり、たかが2ちゃんの書き込み、と侮れないのは、一匹狼、職人気質な山田が持つ元々のイメージも根付いているところにそれが来たので、「山田=怖い人」像が2倍3倍に増幅されたりもするわけだ。
それで「店長会議」の際の「孤立」状況に至った側面も大きい。
既に「パチモン」になりきっていた自分は些事全般に無関心だったために、山田が「西湘スレッド」で攻撃されている様子などまったく見ていなかったのだが、山田がなにかヤヴァいことになってるようだ、的なひそひそ話程度のものは簡単に耳に届いてくる状況になっていた。
山田は山田で、「敵」が幅広く全社的に散らばって集団を形成している可能性をも疑っていたので、あえて「孤立」状況を放置して様子を窺っていた面もあった、と言う。
しかしあきあらかに「過多」である日常業務をこなしながら、偽証告発、設定漏洩、二本立てで警戒、探索するというのは困難を極めることに変わりなく、そこはただシンプルに、「日常業務」をこなす、その瞬間、瞬間に「自分が設定漏らすならどうするか?」「自分が人を嵌め込むための効果的な嘘をつくとするならどうするか?」を「相手の立場で」考える他なく、地道にそれを続けた。
するうち、「日常業務」の実体の伴う「現場」ではなく、2ちゃんの当該スレッド内で、さりげない書き方なのだが、山田の目にはひときわ強い印象を放つひとつの投稿をみた。周囲の「用意周到」な山田攻撃の文面とは違って、地味で、埋もれそうなだけに、山田にとって「目立った」のだ。
「またニット帽、万枚かよ」
「また」と「ニット帽」と「万枚」と、この、要素が「3つ」もある、というのが短文ながらに探索が可能な内容になっているのが実にありがたい。
周囲の文面と、その投稿との、順番、並び、流れ、諸々勘案するに、どうもこれは「善意の第三者」の素直な心情の吐露であって、組織だった山田攻撃投稿とは無縁の、いわば「空気を読まない」投稿である可能性が非常に高いと思われた。
終業、帰宅後、社員寮の自室でそれを見た山田は、翌出勤日、極力周囲に悟られないように、2ちゃんの投稿時刻から推察される「ニット帽」「万枚」、そして「また」の諸要素を、残された各種記録から割り出す作業に着手。「各種記録」に関しては映像、紙ベースの記録、そしてホールコンピュータに蓄積されたデータ、等あり余るほどあった。
投稿時刻前後の「万枚出したニット帽」はその日のうちに割り出した。
他の目的であるかのように装いながら録画を見返すなどして、渡邊ほか主任6名にも気づかれずに探索に成功した。
あとは現状、他にも残っている記録の蓄積、保存、と、今後の現場での善後策をどうするのかについて、思考を高速回転させた。
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