第24話 回想2008年 3R

 さて、数の上で厚い層をなす氷河期大量採用新卒組は、それまでの社風を変えるくらいに、若く優秀、しかも旧世代のような荒ぶったところはあまりない優しく真面目な青年男女たちなのだが、それでいて「前向き」な意欲に満ち溢れる者だらけ!ということで、鴨宮新規開店の際も事前に「はいはいはいはいはい、はーいおれおれ!」と教師の質問に際しどうしても自分を指して欲しいアグレッシブな生徒、のような挙動をとる若手が続出した。酸いも甘いも噛分けるベテラン勢は新規開店の精神的肉体的負担を重々承知しているのでそのような行動にでることはそうそうない。


 そういう時流もあって、「コミュニケーション能力」「事務処理能力」そしてなにより「学力」の面で折り紙つきの若年層が鴨宮に集中することになったのだが、「経験」がものをいう釘調整に関しては、1か月程度の「研修」でたちどころに現場で「正解」得られるような類の仕事ではないのである。というかそもそも「正解」すらあるのかどうかもわからないとさえ言える。


 ハンマーで釘たたいて、器具で測って、サイズを整える、

というこの作業自体はさして難しいものではなく、図画工作、技術家庭が得意でないと無理、というほどのものではない。裁縫の際に針に糸を通す作業に比べても明らかに精神的肉体的に負担は少ないだろうと思われる。


 ただ一点、板ゲージやゲージ玉を釘先端、釘根元にあてて計測する際に、「キツめ」「ユルめ」、「掠る」「乗る」、といったようなサイズにプラスした細かい表現の部分があり、それらに関しては手首が固いと感覚わからないだろうとは思うので、その近辺の部位に障碍や負傷があると難しい側面はある。


 どうしても「経験」が必要なのは、「目標スタート数値に合わせる」ことに向けての釘の叩き方に、あらかじめ用意された「正解」はなく、盤面全体をみて、試し打ちしてみて、玉の流れをみて、ハンマーで玉の流れに影響しそうな箇所の見当をつけて叩いてみて、データをとって、というような単調な作業の積み重ねがあってようやく「大雑把な要点」がわかるようになるからだ。何度か触れた、各方面から入手するサイズ明記の釘配列図に関しても、図面通りのゲージを実現したからといって目標数値にピタリと合うことはほとんどない。なので「研修」でハンマーの使い方覚えて、測り方覚えて、所定のサイズにそろえることができましたパチパチパチ、で明日からすぐ実践の営業に対応できるという話ではない、ということなのである。

(※便宜上完全に省略したが「目標数値」があるのは「スタート数=分あたりの図柄回転数」のみではなく、大当たり時の出玉数、電動チューリップの作動に影響するスルーチャッカーの通過数、等もあり、それらの数値の多寡を順列組み合わせで多種多様にすると機種の風味はいかようにも変化する)


 ということで、鴨宮新規開店2年目の一発目人員入れ替えにあたって、山田が釘を刺したために起きた「能力棚卸し」で、鴨宮への異動が予定されていた「気鋭の若手」全員、前述したように、まだまだ未知の新台の接して目標スタート数に向け独力で必要な釘調整を遅滞なく行える能力に関し「自信ナシ」との返答であったため、異動の計画自体一旦停止となり、何はなくとも業績好調なこともあり、山田はそのまま残留、で副店長と主任の半分、都合4名の入れ替わりになった。


 新たに着任した副店長はもちろん、主任3名も釘調整の経験は十分に豊富なこともあって、山田にとってはその面での労苦の負担はなくて済む、というラッキーな流れになった。


 だがしかし、この、「店舗2代目」の副店長が「設定漏洩事件」を引き起こすことになったのである。


 鴨宮グランドオープンから3年目で2代目の副店長として着任した渡邊は明治経済卒で同業他社準大手からの転職組で、業界歴が15年、転職で入ってきて4年、準大手前社で店長経験アリ、という履歴であり、山田は初対面。自社の氷河期大量入社組とは年齢も業界歴のスタートもややズレている世代。業界全体においても、こういうかたちの人の移動は珍しくはなく、自社店長25名のうち6名はこの渡邊のようなパターンで在籍している者たちである。


 さて準大手で店長経験アリの渡邊、一匹狼山田ですらその仕事ぶりの手際の良さ、全方位における人当たりの良さ、などに感心するレベルで、当初は良い人材を得た満足感で安心しきっていたという。


 ことが「設定漏洩」ということは、データ上の「異常数値」が出たり、明白な損金が発生したりはしないのでなかなか気づきにくいのは当然。


 そこへもってきて、渡邊には天才的営業センスがあり、イベント実施時に創意工夫でプラスアルファ「面白い要素」を加えるなどして、場を明るい方向へもっていくことに長けてもいるので、あっという間に「人心掌握」し、それには一匹狼山田まで含まれる、ということに。いやあ君、いちいち面白いねー、と山田も大満足!みたいな。


 渡邊には文才もある、と見込み、もともとそういう方面は不調法だった山田、店舗のブログその他アカウントにおける発信についてもほぼ渡邊に任せきりに。


 その調子で1年経過。業績好調維持し社内での営業成績順位も常にトップ3に入り、「特別賞与」の額も店長、副店長クラスであれば常に3桁余裕で維持のレベル。


 そんな「誰もが笑顔」の1年が過ぎるか過ぎないかあたりで、山田が些細なことでふと疑問を感じるようになった。


 店長、副店長の関係性はうまくいっていて、これまでのところ日々の役職ミーティングの席上で意見対立したことはなく、場が険悪なムードに包まれることなども一切なかった。なかったのだが、副店長渡邊がただずっと黙っていたわけではなく、意見具申することもあったし、なんならその意見具申で当初山田が示唆していたことがひっくり返ることもしばしばあった。ま、それもそうだな、というような流れで山田がひいて終わる、というような。


 あまりに全体が上手く回っていたので山田もやや緩んでたところもあるにはあったようだが、それだけ渡邊の話術が巧みだったということなのだろう。意見具申自体は非難されるべきどころか、なんなら「社会人としてあるべき模範的な姿」とすら言えるし、それを止めるような挙動に出れば「パワハラ」認定されることもあり得る。


 意見具申はいいんだよ、ふむ、そりゃ実に頼もしい部下がいて心強いもんな、でもなあ、意見具申でひっくり返ったあれやこれやを振り返ってみると、もしかして最初におれが言ってたほうが道理が通ってたこともそこそこあったんじゃないか?と、最初はおぼろげながらではありながら、少しづつ記憶をたどり始める。


 するうち、だんだんと、パチンコの目標スタート数値であるとか、パチスロの設定配分のことであるとか、そういった面で、ほとんど大概8割がた、渡邊が「甘い」方向、つまりは「放出」の方向、へ自分を誘導していたことに、いまさらながらではあるが気づいた。この「8割がた」っていうところがまた微妙なところをついてくるよなあ、と感心するくらいであった。


 それとはまた別途に渡邊に怪しさを感じるのは防犯カメラシステムの操作がとにかく速いところ。むろん「上手く」かつ「速い」わけだが、前述したようにグランドオープンの頃は釘にかかりっきりでその他のオペレーション全般ほぼ部下任せの時期が長く、山田自身にとって真新しく、それまで触れる機会の無かった、最新版の防犯カメラシステムの操作に慣れてきたのはようやっとここ最近、オープン後2年を経た今しがた、ということで、大規模かつ繁盛店で役職者の人員不足を感ずることはほぼなく、実際自分が操作する前にススーっと主任か副店長か誰かが必要に応じてサッと操作し始めてしまうので、概ね支障はないが、ゴト師らしき者が来たので動向を追わねばならない、となったら自分より速く操作できる部下に任せる、ということに自然となっていった。

 

 その流れで、緊急時に山田の眼前で渡邊が素早くシステム操作するところを、何度も見ており、最初は、おおさすがに店長経験者は凄いね!と口に出して賞賛したりなんぞもして、徐々にそれが「当たり前」の感覚になってきていたのだが、よくよく考えると3年前に業界内「最新版」のシステムだったものを、この店に異動になった瞬間からスルっと素早く躊躇なく手早く動かせるってのもちょっと不自然なのではないか?


 などなど、そういった疑問点を数え上げ始めるとキリがなくなり、やや不眠気味にすらなった山田だったのである。





 
















 

















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