第10話 回想西川口1989 8月 1R
草野球開催2週間前の平日火曜夜、終礼おえて遅番従業員一同タイムカード打刻して、順々に2階更衣室にはけていくタイミングで、人だまりができて賑わう、テキサス西川口事務所内。
明日水曜が試合前最後の店休なので「いよいよ野球の日近いよなあ血がたぎるなあ」という風に、ガチの気合で野球に臨もうとしている元野球部メンバーを中心に4,5名ほどで、「明日天気よさそうだし、いちばん近い荒川河川敷でキャッチボールとかして試合に備えるとかどうよ?」「お、いいねいいね」と盛り上がりをみせているさなか、
自分は白根さんに「嘉数ちゃん200円探してきてー7番!」と金銭誤差究明を指示されたので、タイムカード打刻の列には加わらずホール方向に一人探索に向かう。
その日「集金」業務を担当していたので。
白根さんから「7番」と明示されたのは「両替機」だとわかっていて、該当する7番両替機へ。
その両替機は扇型構造のホール、左方面、駅前通りとは反対の人通り少ない道路側に設置されているので、孤独な秘境踏破っていうような雰囲気に包まれる。
閉店時に配電盤の近くで作業する流れになっている「ポリ(パチンコ玉洗浄に使用する白い粒状の研磨剤。「ポリ」は略称で正式名は「ポリロン」)交換」担当者が必要箇所以外の電灯を消していて7番両替機付近は特に照度が低い状況になっていた。
最終の集金業務で全硬貨回収する際に、硬貨をためるホッパーの底を逆回転させて一気に排出するのだが、その際かみ合わせが悪く、底に数枚残る症状が度々起こっているのでそれだろう、と思って探ってみたら、案の定100円玉2枚が斜めに重なり、回転するディスク部分の穴の淵にひっかかる形で見つかったので、それを右手親指と人差し指で軽くつまみながら回収し、事務所に引き返そうと振り向いた瞬間、白根さんがいて「うがっ!」みたいな変な声が出てしまう。
「ごめんごめん驚いた?でもさちょっとすぐにでも聴いてほしいんだけどいいかな。一緒に誤差探し終わって、あってよかったよかったって風情でゆっくり歩きながらさ」と言ってくるので「あ、はい、まあ」とかちょっとどぎまぎしながら答える。
白根さん、年齢は自分よりひとつ下だが、社歴その他もろもろの状況からこの頃はこちらがなんだか若い燕的弟分みたいな扱いになっていて、自分はそれを特にどうこう言う筋合いもないし、経堂店でのバイト歴はあっても新入社員のペーペーであることには違いなく、むしろこういう関係性ってのは学生の頃はあまり経験したことないので新鮮な感じもあり、時々くだけた調子で「姉御かんべんしてくださいよー」みたく、適当に合わせて過ごしもしたし、その他これまでいろいろな経緯もあって、「白根一家」の番頭みたいな評価受けてるのもわかってたし、そりゃ親しみやすさは感じてるんだろうけど、いきなり密かにふたりきりな「場」をわざわざ設定してくるとはなんだ?なんなんだこれはひょっとして?とか一瞬下半身充血しかかったが、すぐにそうではなくて、ってことに。
話の内容は「今さあ、ちょうど店長電話中なんだけどさあ、なんとなく耳に入るじゃない。で昨日もおんなじような調子でしゃべっててそれもあたし聞いてたんだけどさ、どうも宮内からだと思うわけよ。なんか再来週野球やるの宮内も知ってて見に来るんだか、一緒にやろうとしてるんだかわからないけどさ、考えてみれば秋津って所沢近いじゃない、でしかも曜日的に所沢もその日休みだと思うんだけど、そしたらまあ来るのにちょうどいい感じじゃない。だから来ちゃうんじゃないかと思うのよ。これちょっとどうなのって思うわけ」ということで、その「宮内」というのは社内統制派の頭目で浜井店長と覇権を争うライバルだというのはどんなに社内の人間関係に疎い鈍感な者にも知れ渡っている事実。
そして浜井さんが西川口にきたタイミングで西川口から所沢に異動したのが宮内店長という直近の人の流れ。
自分も新人ではあるがこうゆう図式は頭に入っていた。で基本真面目で折り目正しい白根さんが「宮内」と呼び捨てにしているというこの特異な状況。
敬称略に至るまでに何があったのか?白根さんをはじめとする現在西川口にいる者たち、それから新卒同期の連絡網、他に経堂時代の「同僚」知人社員で所沢に異動した者、等々各方面から仕入れた情報のすべてを照合して宮内店長の人物像や起きたであろう出来事の場面などを自分なりに類推して組み立ててみる。
当時はインターネットも普及しておらず、会社の「ホームページ」を見て人物の姓名や容姿を確認する、という手立ては全くなかったので、同じ社内にいても「名前」のみ、つまりは「お噂はかねがね」みたいな感じで、「知識」先行で他部署の人々のことを知る流れで、当然この時も自分は「宮内店長」と面識はなかった。
なかったのだが「噂」の内容のインパクトが強くて、顔も知らないのに、
その存在を意識させられていた、という状況であった。
宮内店長、見た目は浜井さんとは真逆で長身痩躯だが筋肉あるべきところにはあって引き締まっているとこは引き締まっているというグッドルッキングな文句のつけようもないナイスガイで、顔は当時の売れっ子俳優でいえば風間トオル風イケメン。
初対面の者は誰でも圧倒されること間違いない美の体現者。浜井さんが愛嬌の体現者だからほんとに逆。しかしその初対面での美へのときめきみたいなものは性格のあからさまな酷薄さによってすぐに打ち消される。
あ、この人ヤバい人だって誰しもすぐ思う、っていうわかりやすい尊大な態度。
まず上には慇懃無礼というか、年功無視した非常識な振る舞いしたりはしないんだがどこか常に「人格的に自分の方が上なんだよね」って雰囲気を漂わせるところがあり、立場も年齢も上の者たちに得も言われぬ根源的な恐怖を抱かせるところがある、と。
そして目下に関してはそれはもう遠慮会釈一切ない接し方でとにかく荒い人使い。まさに直接的なあからさまな恐怖支配。
ただ業界人として数字を上げる能力は天性のものを持っていて、これに関しては誰しもが認めざるを得ないのであって、その点で論争になって理詰めで攻めてこられると誰もかなわないので厄介なのだった。
我らが浜井さんも数字上げる能力で決してひけをとらないんだが、これまでの経緯というか成績の積み上げ比較をすると若干宮内リードであまり差はないけど、いわゆる「圧倒的我が軍」っていうような物凄い勝ち方を何度かしているのが宮内店長なので、その分の優位で社内論議でも宮内リードとなる、みたいな。
地域内の競合他店をこれまでのキャリアで二か所二軒潰してきたっていうのはなかなかあることじゃない。会社上層部にしても圧倒的勝利者の意見を尊重しておこうってなるのはもうこれ世の常なので、宮内ヤバいってのは誰しもうすうす感づいてはいてもなんかこう身動きとれないぞ、っていう。
だがしかしこうまであからさまなサディストだと仕事に厳しい立派な人、という表の顔はそれはそれで確立されていたとしても「裏の顔」も絶対にあるぞ!ってことでそれは実際にあった。それを西川口で見せた。
白根さんがそれをつかんでいる、いやつかみけている、というのかなんなのかちょっとまだ微妙な感じなんだが、ここでようやくテキサス西川口店内二大女性派閥のもう一方の頭目笠原さん齢24社歴4年景品場担当が話に加わる。
白根派に対しての「笠原派」があるぞ、と。西川口には。二人の対立点の根本は単純に「生え抜き」VS「外様」というよくあるパターン。
白根さんは先にも書いたように化粧薄めで私服も地味目だがハキハキしたタイプで西川口町内の商店街に実家があって居酒屋寄りな雰囲気の蕎麦屋っていうなんとも微妙なスタンスの店の三姉妹の次女でそのうえ商業高校出身というのもあって商売人の家の娘の気風の良さが全面に出ていて高卒と同時にここテキサス西川口の事務員になったってことなので根っからのジモティしかも生え抜き。
一方、同い年の笠原さんは髪ソバージュで時折口紅も紫系を選択するというような先端好みのタイプで性格がハキハキしていて陰にこもるところはないのは白根さんとそう変わらないものの白根さんから二年遅れで「東京モード学園出てからのアパレル勤務二年を経てその経験を買われ」入社という来歴なので、いわゆる「改革」を期待されてここにいます的な存在の仕方を求められていて、実際いわれたとおりにしていたわけだ。
「ソフトムード」で新規女性顧客獲得を狙う幾千万株式会社としては「景品場」に他業種からきたそれも「若い」女性の感覚を取り入れて、ムード刷新に繋げようと目論んだのだろう。
で「改革」ってのはなんでもそうだが、元からいる人間には面白くないことがままあり、生え抜き意識のある白根さんも自然と対抗意識を燃やすことになり、白根から笠原を見れば「おしゃれでとりすました感じだけど人情の機微がわからないいけすかない女」ってことになり、
笠原→白根だと「古臭い感覚捨てられない鈍重なイケてない田舎者」ってことになるのだった。
まあ正直あいだに挟まれたただの新入社員としては実にいろいろやりにくい状況ではあったが、世に数多あるその他の場所での女の派閥争いと比較すると「陰口の言い合い」レベルでまだとどまっていて、公の場でつかみあいの喧嘩、とかそこまでにはいたっていないというか、そういうのは学生時分の演劇界隈で嫌というほど見たわけなんだが、そんなことももしかして起きるかもしれないけど、今日明日起きる感じではない永遠の小康状態を継続中、っていうそんな日々だったようなのだ。宮内問題が発生するまで。
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