第8話 狩人と狩人

「……霧?」


 ニヤニヤという笑みを引っ込めたハンターが、矢を番えながらあたりを見渡しはじめる。

 その足元にうずくまるリオは、全身の痛みに苦しみながらも周囲を眺めた。


 白い霧は2人の視界を完全に遮っている。

 見つめていると本能的な恐怖に襲われるような、不気味な霧だ。

 

 「――そこかッ!」


 霧の中を動く影を見たハンターが矢を放った。

 矢はヘビへと姿を変えて、獲物へと襲い掛かる。


 ――次の瞬間、ヘビは真っ二つに両断された。


 「なっ!? クッ……」


 視界不明瞭な霧の中とは思えないほどの反応速度。

 驚愕しつつもハンターはすぐさま次の矢を同じ場所に放とうとした。

 

 しかしそれよりも先に、彼の背後の霧が揺らめきそこから小さな影が飛び出した。


 「ッ!」


 繰り出された刃の先を、ハンターは辛うじて身を翻して避けた。

 彼のフードの先に切れ目ができる。

 

 影は再び霧の中へと紛れ込み姿を消した。

 


 「……予想外の乱入者というやつですか。――しかし狩りには変数がつきもの。なに、全て狩ればいいだけのことです」


 小さく呟いたハンターは、素早く身を翻して後ろへと走り出した。

 敵前逃亡とも取れる行動。

 

 視界の効かない霧の中でも、その足取りには迷いがない。

 霧の中に潜む影は、それを見ると何事か詠唱をした。


「――」

 

 霧の中から新たな追手が繰り出される。

 それは恐ろしい見た目をした猟犬だった。


 黒い体に、ギラギラと赤く光る目。身を低くして走る速度は、ハンターに勝るとも劣らない。

 

 「イヌ風情で私を狩れるとでも?」


 しかし、ハンターはすぐに振り返り狼の矢を放った。

 猟犬の元に放たれた2体の狼が、その黒い体に食らいつく。

 

 しばらくの拮抗の後に猟犬たちはその場に倒れ込み、まるで霧のように消滅した。

 

 「チッ、追いつかれるか……」

 

 猟犬に矢を放ったことでハンターの足は一時的に止まっていた。

 猟犬を囮にする形で、霧の中の影がハンターへと肉薄する。


 

 しかし、霧の中に潜む影はハンターの元へ辿り着く前に足を止めることになった。

 

 対象の足を拘束して動きを止める罠、トラバサミ。

 ハンターが事前に仕掛けていたそれが、影の足を捉えていた。

 

 「ははっ、かかりましたね! 愚かな獲物は罠を用いて仕留めるのが狩人の知恵! ――狼よ、愚かな獣を食らえ!」

 

 狩人の矢が狼の形へと変形し襲い掛かる。

 身動きの取れない影はそれを切り落とすが、すぐに二の矢、三の矢が放たれる。


 「ああ、最高だ! 身動きの取れない憐れな獲物を仕留める瞬間! やはり狩りとはこうでなくては!」


 哄笑するハンターが次々と矢を放つ。

 放った矢が10本に達した時、彼はようやく手を止めた。

 仕留めた獲物の死体を確認するためだ。

 

「……なに?」


 しかし、罠にかかった影の姿はもうそこにはなかった。

 ただ無人の霧のみが広がる景色にハンターが眉をひそめる。


「馬鹿な……トラバサミの刃から抜け出したのか?」

「――狩りゴッコは終わった?」


 背後からの奇襲に反応できたのは、ハンターにとっても奇跡のようなものだった。

 霧の中から振り下ろされた刃がハンターの首を掠める。

 辛うじて命中を避けたそれは、ハンターの右耳を斬り飛ばした。

 

「あ、ああああああ! 耳が! 私の耳がああああ!」


 絶叫しながらも、ハンターは何とか後ずさりをした。

 霧の中からゆらりと出てきた影は――少女の姿をしていた。

 

 手にした大鎌には不釣り合いな程に華奢な体躯に、白霧に紛れてしまいそうな白い髪。

 目を離せば消えてしまいそうな儚さを持った少女だった。

 

 端正な顔は貼り付けたような無表情。しかしその目にはハッキリとしたハンターへの侮蔑があった。

 

 「己が圧倒的な強者である狩りしかできないの? それならあなたは山奥でウサギでも狩ってるのがお似合い」

 

 淡々とハンターを挑発する少女。

 耳からボタボタと血を流しながらも、ハンターはその言葉に激昂した。


 「ふ、ふざけるな! 小娘如きが私の狩りの美学に異を唱えるというのか!? ――殺す。貴様は必ずここで殺してやる!」

 

 ハンターが再び矢を構え、少女に向けた。

 その殺気は先ほどまでの比ではない。

 

 しかし、少女には全く怯む様子がなく、更なる挑発を口にする。


「魂を狩るのなら、覚悟を持つべき。未来の卵を面白半分に摘み取るのは、無邪気な子どもが崇高な芸術に石を投げるようなもの。ひどく幼稚」

「だ、黙れ黙れ黙れ! 狩猟弓――姿を現せ、空の王者よ!」


 ハンターの番えた矢が姿を変える。

 その姿は猛禽の王――鷲だった。

 空中から獣を狙う猛禽類――食物連鎖の頂点。

 すなわち、他の生物を狩るスペシャリストだ。

 

 これこそがハンターのとっておきだ。

 

 鷲へと姿を変えた矢の破壊力は、先ほどまでの物とは比べ物にならない。

 分厚い建物の壁すら容易く貫き、内部にいる人間の暗殺すら可能な代物。

 例えるなら、戦車の装甲すら貫く対物ライフル弾のようなものだ。

 

 彼のソウルライトの原点――「強者たる狩人であり続けたい」という願望が極限まで反映された一撃。

 ソウルライトを激しく消耗するが、放った相手は必ず仕留めてきたハンターの奥の手。

 

 「穿て、イーグルストライク!」

 

 轟音と共に放たれた矢が少女の元に迫る。


 ソウルライトで強化された動体視力ですら見失いかねない速度の矢――それを一瞥した少女は、鎌を軽く振ってそれを撃ち落とした。

 

 「…………は?」


 呆然と呟いたハンターが立ち尽くす。

 対照的に少女の表情は変わらないままだ。

 

「――これが、人を狩るということ」


 ハンターの背後に回った少女が大鎌を振り上げる。

 最後の切り札をあっさりと斬り捨てられたハンターは、もはやその場から動くことすらできなかった。


 「狩魂術――Death is the great equalizer (死は一切を平等にする)」

 

 少女が何かを唱えると、鎌は血のようなモノで覆われた。

 それは鎌の刃部分を拡張し、元の1.5倍近くの大きさまでになった。

 

 それに襲われるハンターは、まるでギロチンを待つ死刑囚のような心地だった。


 「死神によろしく」

 

 狩人を気取っていた男は、少女に首を跳ね飛ばされてその生命を終えた。

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