第55話
「聖女様、お目にかかれて光栄ですわ! 謁見、大変そうなので行くことがないので」
「平民がよく来るとのことで、心中お察しします」
「私は出来ることをしているだけですよ」
というわけで宴が始まると会場は騒然となり、あちこちで食事やお酒を楽しみ始めた。
あたしも果実ジュースをもらい、ディーネが適当に盛ってきた料理を食べていた。
だが、聖女がここに居るのが珍しいこともあり、酒が入って高揚した貴族が近づいてきて話しかけられまくっていた。
正直、面倒くさい。謁見で来る人間は困っていたり、物資を持ってきてくれるなど色々あるけど貴族の連中は、やれ『美しいです』とか『自分の家は凄い』といったことばかりで面白くない。
話すネタが無いのはわかるけど、初対面なりの話ってのがありそうなもんだけどな?
「五分が経ちました、これまでになります」
「あら、もう? フフ、楽しい時間はすぐに終わりますわね♪ ごきげんよう聖女様」
「ええ」
……疲れる。謁見の十倍くらい疲れるなこれは……
「聖女様、飲み物ですじゃ」
「ありがとうノルム」
「聖女様はお疲れです。少し時間を置いてください」
そこでディーネがあたしの状況を見て、ひとまず落ち着くように言ってくれた。
「食事をする暇もないもんねー。はい、どうぞー」
「ありがと。うん、美味しいわね!」
シルファーも気を利かせてくれ、なにか酸味のあるソースのかかった薄いお肉を口に入れてくれた。
周囲に人が居なくなったのを確認して、あたしは小声で口を開く。
「……貴族ってのはお気楽でいいねえ。隣の領地の娘が生意気とか知らないって……」
「あはは、まあ一日お話をしているだけとか、そういう人が多いからねー。平民や冒険者みたいに朝から夜まで仕事をするとかないし」
「お疲れさんだな。食い物、もっといるか?」
「あ、お願い」
イフリーが肩を竦めて労ってくれ、料理をもらいにメイドさんのところへ行った。
あたしはひと息ついて会場を見渡す。さっき言った横柄な態度をした貴族は居たけど、もちろん普通の貴族も居た。
ヴァリエール家とか言う貴族は挨拶だけだったし、三十代くらいの夫婦は物腰が柔らかだった。
逆にタイル家とやらは嫌な感じのおっさんでむかついた。
まあ、人間色々だし関わらなければ気になるほどじゃないけどね。
他に見えてきたのは『聖女は神秘的ではあるけど、自分には関係ない』って女性が多いことだ。
謁見に来るのは困った母親以外、女性が来たことがあまりない。特に貴族は。
恐らく、ちやほやされる聖女という存在は割と目障りなのかもしれないなと感じた。
女の敵は女って嫌だけどな……
「ほら、持って来たぞ」
「お、サンキュー♪」
「コホン!」
「っと、そうでしたわね」
周りに誰も居ないので、いつものノリでつい話をしてしまった。ディーネが態度で示して来たので居住まいを正す。
するとそこで見知った顔がやってきた。
「聖女様、楽しんでおられていますかな?」
「ええ、お料理も美味しくいただいているところです」
もちろん、ギュスター伯爵だ。グラスを手に、穏やかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
あたしも微笑みながら首を傾けて返事をする。ディーネが咳ばらいをしないところを見ると上手くできているみたいね。
「それはなによりです。またパーティを開いたら来ていただけると嬉しいですなあ」
ふむ、来たかな? とりあえずこの問いが来た時にどう返すかという予習はしている。
「そうですね、こういった形で皆様がいらっしゃる時であればたまに参加させていただければと思いますわ」
「ふむ」
「なにか?」
ギュスター伯爵が顎に手を当てて唸った。あたしは笑みを崩さずに聞き返すと、いつの間にか近づいて来ていたウェンターが口を開く。
「聞いたところによると、ギルドの依頼を受けて解決したらしいですね。基本的にどこかに肩入れしないと思っていましたが、ギルドに出入りをするならウチもいいのでは?」
やはり来たかとあたしは胸中で呟く。
チラリとギュスター伯爵を見ると口角が上がっているのが見えた。
ウェンターの声もそれなりに大きく、周囲に居た貴族もなにごとかと注目しはじめた。
なるほど、ギルドで依頼を受けたことを他の貴族にも認知させるつもりのようだね。
となると、やはり伯爵が裏で糸を引いている気がする。
逆に他の貴族に対する牽制をさせてもらおうか。
あたしは少しだけ沈黙した後、息を吸ってから二人へ言葉を返す。
「よくご存じですね? 確かにロルクアの町で依頼を行いましたが、それと特定な肩入れはつながらないかと思います。なのでどこかの家でパーティの参加、というのは今まで通りですね」
「そうでしょうか? ギルドはあちこちの町にあります。その一つで依頼を受けたとなれば肩入れをしたともとれるでしょう」
「おじいさまの言う通りです」
「……」
「へえ」
あたしが黙っているのを見て、二人とも勝ったという感じの顔をしていた。それを見てイフリーが後ろでぽつりと呟く。
さて、勝ち誇っているギュスター伯爵だけど、そもそもグレーだと考えていたんだよな。
だからこの時点でブラックに近い立ち位置になった。なので打ち合わせていた話を続けるとした。
「なるほど、ギュスター伯爵たちはそういう認識なのですね? ギルドに協力すれば肩入れしない約定に反する、と」
「ええ。今の話を聞いて恐らく他の方もそう考えていると思いますよ」
「ひとつのギルドだけ助けたら、それこそ平等では無くなります!」
「なるほど」
「聖女様、これは――」
ノルム爺さんがなにかを言おうとしたが、あたしは手を上げて制止する。このあたりも打ち合わせをしてある。
「……ギルドに関してですが、肩入れしているとは考えておりませんわ」
「……ほう?」
あたしが不敵に笑いながらギュスター伯爵へそう返すと、彼は笑みを止めて目を細める。
あたふたするところでも見たかったのだろうか? アテが外れたな?
「どうしてか? そもそも、私こと聖女の役割はなんでしょうか? はい、ウェンター!」
「は!? え!? ええと、謁見で人の話を聞いたり、傷を癒したりすること……?」
「まあ、間違ってはないねー」
しどろもどろに答えるウェンターにシルファーが苦笑していた。そのままギュスター伯爵へ視線を向け、あなたは? と、暗に告げる。
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