恐怖のキング②
「キング……!?な、何で……!?」
思わず叫んでしまったけど、そこがあたしの家のリビングだと気付いて、慌てて自分で自分の口を両手で塞ぐ。
リビングのソファーに半分身体を起こした状態のあたしと、そんなあたしの傍に膝を付いた状態のキング。
い、いつの間に!?
え、あたし自分の部屋にいたはずだよね!?
「まぁ落ち着け。んで大丈夫だ。お前の声は俺以外には聞こえない。ここは……まぁお前の“夢”みたいなもんだからな」
突然の出来事に愕然とするあたしとは対照的に、落ち着いた感じでゆっくりと立ち上がったキングは、言いながら周囲を見渡す。
釣られるようにあたしも見渡したけど、やっぱりうちのリビングだった。
ただ不自然なほどに無音のリビングで、奥の部屋にいるはずの両親の気配は全く感じられない。
壁掛け時計を確認すると、時刻は午前3時。
ええ!?思った以上に時間経ってんだけど!!
恐る恐る体勢を立て直しながら、“夢”だと言われた時に人が思わずやってしまうだろう行動第1位のはずの“頬をつねる”をやってみたけど、怖い。普通に痛い。
「ねえ痛いんだけど!」って訴えると「だろうな」って向かい側のソファーに座りながら半笑いのキング。
「だろうな、って何!意味わかんないんだけど!」って更に訴えたら「みたいなもん、って言っただろ。説明が面倒臭え。それに―――」なんて言いながら身を乗り出して来たキングは、更に意味不明な事を続けた。
「色々不思議だろうけど、これタイムリミットあるからな?言いたい事あるなら急げ」
こ……これ?
タイムリミット?
そ……そんな事言われても……って戸惑いつつも、ちょっとだけ納得出来たのは、こんな時間にリビングで騒いでるというのに、一向に両親が起きて来ないからだ。
2階から姉が降りて来る気配もない。
しかも、目の前のキングの格好が……
「ね、ねぇ……どうしたのそのカッコ……」
薄いパープルなネクタイに、上品なブルーのジャケット。
とっても見覚えのある格好。
「あぁ、これ?これお前の理想な。お前の理想が俺をそう見せてるらしい」
だ、だよね?
だってそれ……
「ここはお前の“夢”みたいなもんだからな、って知ってるか。これ2回目だもんな」
この前読んだ健全な少女コミック!!
その中に出て来た男子高校生の制服!!
キングだったらこれ似合うだろうなぁって読みながら思ったんだもん!!
で、でも。
なら逆だってそうって事で。
キングは理想のあたしの姿を見る事が出来るって事で―――
「止めてよ!?ビキニ姿とか止めてよね!?」
「あぁ大丈夫。お前カッパの着ぐるみ着てる」
「カ……ッ!?」
それを想像してしまった所為か、目の前のキングの格好がカッパの着ぐるみに変わる。
え、何これ。
超面白いんだけど!
色々遊べちゃうんだけど!
「キングってやっぱジャケット系似合うよねえ」
楽しすぎて次々に湧き上がる妄想でキングにファッションショーをさせてたら「言っただろ。タイムリミットあるって。良いのかよ、こんな事やってて」って呆れ声を出された。
「ま、待ってそうだった!ってかタイムリミットって何!?」
「そのまんまの意味だろ。こうしてる時間には制限があるって事」
「こうしてる時間……」
スーツ姿なキングで想像を止め、考えを巡らせる。
そうだ、そうだった。
キングには聞きたい事が!
「急げよ?マジで時間あんまねえから」
「待って急かさないで!っていうかキングあんた……こんな事……出来んの?」
そう、まずはそこからだ。
それはつまり、“人の夢……みたいな世界に登場する”という事。
何なのあんた、一体いつの間にそんな芸当を……怖いんだけど。
―――なのに。
「出来ねェよ」
「えぇ!?」
「出来るワケねェだろ」
「えぇぇぇぇ!?」
おい、何なんだお前は!
こっちが予想した通りの返事をしてくれないと、いちいち驚かなきゃならなくて話が進まないだろうが!
「お前は出来んのかよ?」
「出来ない……けど!な、なら!何なのよこれは!何であんたここにいるのよ!」
「ここなら邪魔が入らねェらしい」
「はあ!?」
「ここなら邪魔が入らねェらしい」
「いや、聞こえなかったワケじゃないから!繰り返してくれなくて良いから!」
「おう、そうか」
「……ジャマ?」
「そう、邪魔」
「…………」
「まぁそりゃそうだわな」
「…………」
「ここはお前の夢みてェなもんだからな」
「…………」
「って3回目か、これ」
「……ねぇ」
「ん?」
「……ジャマって……何?」
「さぁな。俺にも良くわからん」
「えぇぇぇぇ!?」
な……何なのこのあまりにも不毛な会話は。
キングの返事があまりにも掴みどころがなさすぎて、会話が進んでるような気がしない。
っていうか進んでないよね!?絶対に!!
え、夢!?
これやっぱり、ただの夢!?
「ちょ、ちょっと、お茶でも淹れる!」
場所が自分の家のリビングだからだろう。
こうしてキングと向かい合ってるのに、お茶の1つでも出さないのは失礼な気がしてソワソワする。
だからイマイチ落ち着けない。
今更っちゃ今更なんだけど。
「淹れるのは良いけど、飲むなよ?」
おもむろに立ち上がったあたしを目で追うキングは、何か笑いを押し殺してる。
絶対カッパより面白いカッコさせてる。
「え、飲んじゃダメなの?何で?」
「夢ってそういうもんだろ」
「…………」
「飲んだり食ったりしたら、そこで目ェ覚めたりしねえ?」
「そ……」
そんな気はするけど!
確かにそうだった気はするけども!!
ねえええ夢!?
だったらこれ、夢って事で良いのおおおおお!?
「飲んだら多分、この世界終わるぞ」
「…………」
「飲んだり食ったりした事ねェからわかんねェけど」
「…………」
なら良い。わかった。
ここが我が家のリビングなのがいけないんだ。
学校なら良いんじゃない?
って。
そう思った途端に、場所はあっさり教室へと移り変わる。
不思議なもので向かい側のソファーに座ってたはずのキングは、ちゃんと隣の席に座ってた。
窓際の、神谷の席に。
「でも、結構良いタイミングだったんじゃね?」
当たり前のように話を続けるキングに。
「な……何が……」
いつもの自分の席に、おとなしく座り直すしかないあたし。
「俺の登場だよ」
「…………」
「だってお前。何かすげェうなされてたし」
「う……なされて、た……」
あぁ……そうだ、そうだった。
キングが来る前のあたしは夢を見てて……
いや、夢っていうかあの日のヒメカになってて……
「何を見せられた?」
「……え」
「俺が来た時。お前、何見てた?」
「な……何って……」
お前、わかってて来たんじゃないんかい!って突っ込みたいけど止めておく。
だって何か……怖いから。
神谷の席からあたしを見据えるキングが、もう微塵も笑ってなくて怖すぎるから。
「何だよ」
「あ……の……うちのクラスに、ヒメカって子がいるんだけど」
「知ってる。あのうぜェオンナ」
ヒメカすら知ってるって、さすがだなキング。
「あの子が最近、怪我したの。両足首の骨折」
「へェ」
「で、それが……か、神谷の所為って事になってて……」
「神谷?」
「ヒメカ、家で怪我したの。家の階段から落ちたのに、神谷に突き落とされたって言い張ってるらしくて」
「ふーん?」
「それを……見てた。あたしヒメカになってた」
「で?」
「………で、って?」
「見たんだろ」
「…………」
「お前、俺にウソ吐くなよ?」
「…………」
怖い。
キング怖い。
聞きたい事があるのはあたしの方なのに、キングが怖すぎてこれじゃ―――
「言えよ。何を見た?」
「か……神谷だった」
―――言うしかない。
階段の上で振り返った時。
そこにいたのは、確かに神谷だった。
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