実行②
あたしと神谷が肩を並べて校門をくぐった瞬間。
校庭内の空気が止まった気がした。
そこにいるみんなが同時に息を飲んだのが、手に取るようにわかってしまった。
それはもう、アッパレな感じで。
アッパレとしか言いようがないほどに、あたしと神谷は学校中からの注目を浴びていた。
でもまぁ……それはある程度、想定内だ。
こうなる事はわかってた。
伏し目がちにさり気なく周囲を窺ってみれば、あたしと神谷に文字通り“釘付け”になった生徒たちの視線が突き刺さる。
想定内だったとはいえ、正直身が竦む。
でも、そんな時間は長くは続かなかった。
チッと小さく舌打ちした神谷が、挑むかのような目で周囲を見渡すと、まるで魔法が解けたかのように一斉に校内の時間が動き出す。
鶴の一声……じゃなくて、ケルベロスの一睨みってとこだろうか。
白々しいほどぎこちなく動き出した空気の中、あたしと神谷は校舎へと向かった。
もちろん、視線は廊下でも同じだった。
でもあたしの隣にいる獰猛なケルベロスの威嚇に気付くと、その視線はまるで見てはいけないモノを見たかのように、あからさまに逸らされる。
だからあたしは、誰1人として声を掛けられる事もなく教室へとたどり着く事が出来た。
視線の集中砲火は教室内にまで及んでたけど、だからって今更逃げるワケにもいかない。
あたしは出来るだけ普段通りの顔を装いながら席に着いた。
一息ついて何気なく教室内へと視線を向けると、遠巻きにあたしを眺める女子の集団。
その中にいるサキが“何で!?どうしたの!!”と口パクするのが見えたけど。
次の瞬間、サキはハッとしたように口元を押さえてクルリと背中を向けてしまった。
……見なくてもわかる。
きっと隣の“ケルベロス神谷”が睨みをきかせてるに違いない。
教室内は明らかに空気が張り詰めてたけど、無理もないと思う。
意味もわからず、こんな調子でずっと威嚇されたんじゃクラスメートたちもたまったもんじゃないだろう。
でも微かに女子の「やっべ、やっぱかっけーじゃん」なんて浮かれた小声が聞こえて来るところを見ると、たとえ睨まれても神谷の顔は万能ツールなのに違いない。
そのうち何事もなかったかのように授業は始まったけど、その日神谷がいつもみたいに眠る事はなかった。
かといって、真面目に授業を受けてたワケでもない。
神谷はこの前みたいに頬杖をついて、ずっと窓の外を眺めてた。
何を眺めてるのかはわかんなかったけど、とにかく何時間目になっても眠るつもりはないようだった。
ずっと窓の外を眺めてた。
それは休み時間になっても同じで、眠らない神谷とあたしは隣同士でポツンとしてた。
ポツンとなるのはいつもの事だけど、チラチラと感じる視線の所為なのか、いつも以上にポツンな気分だった。
窓の外を眺め続ける神谷に一抹の不安がよぎるけど、それは仕方ないと思う。
だってこの前こんな風に窓の外を眺めてた後、何故か神谷はコーキになってた。
もし今、神谷がお腹空かせてたらコーキになっちゃうかもしれない。
しかも、そんな神谷が心配なのは確かだったけど、実は問題なのはここからだ。
もうすぐ昼休みが来る。
昼食の時間が始まる。
今のところはケルベロス神谷のおかげで事なきを得てるけど、昼休みが始まるとそうはいかない。
いつものメンバーと一緒にお弁当を食べる事は避けられたとしても、問題なのは……そう。
スマホだ。
断言出来る。
昼休みが始まると同時に、あたしのスマホはLINE通知によって絶え間なく震え始める、と。
残念な事に、あたしはクラスの女子ほとんどが参加してるLINEグループに入ってたりする。
進んで入ったワケじゃなくて半ば無理矢理だったけど、それでもヒマな時なんかはちょくちょく会話に参加してそれなりに楽しくやってた。
―――ただ。
女子ってホントに難しい。
たとえばこれが「実はさ……あたし神谷と付き合う事になったんだよね……」という自ら暴露風味なヤツなら、「マジで!?ちょっとちょっとどういうきっかけ!?」だの「ウソでしょ!?なんであんな性格悪いヤツと!!」みたいな流れも期待出来たけど。
こんな風にみんなに知られてしまった後じゃ、「何あの子。何でウチらに黙ってたの」と、まるで裏切り者みたいな扱いになる。
だから段階を踏みたかったのに。
そうなりたくなかったからこそ、寝る間を惜しんで考えてたのに。
あぁもう何だか胃が痛い……と黒板の上にある時計に目を遣ると、丁度そのタイミングで4時間目終了のチャイムが鳴った。
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