その、状況②
誰もその言い訳を信用しなかった。
もちろん、あたしも。
「なら、そのもう1人の人格、今ここで出してみなよ」
誰かが発したそんな言葉に、その子が何も出来なかったからだ。
「そういうの何て言うか知ってる?中2病って言うんだって」
誰かの言ったセリフに当時まさしく中2だったクラスはドッと沸いた。
言われた本人だけが、笑わなかった。
翌日からその子は学校に来なくなり、Xの本アカも裏アカも削除された。
数ヵ月後には、担任から「転校する事になった」と話があった。
「そんな都合の良い話ある?困ったときには“自分じゃないです、別の人格です”ってさぁ、なら何でもやりたい放題じゃん。ウソつくにしてももうちょっとマシなウソつけば良いのに」
まぁ、その言い分はわかる。
それで通用するなら、さぞ生きる事が楽になるに違いない。
だけど。
実際、こんな風に狼狽する神谷を見てたら、決してそうじゃない事も理解出来る。
むしろ楽どころか苦悩でしかなさそうだ。
今となっては、あの子の言葉がホントだったのかウソだったのかなんてわからないけど、もしもあの時。
誰か1人でも、あの子に違う言葉を掛けてたなら何かが変わってたのかも……なんて思うのは傲慢なんだろうか。
それがあたしだったなら、今でもあの子と友達でいられたんじゃないだろうか……なんて考えるのは能天気な上に無責任なんだろうか―――
「―――中2病全開かよコイツ、とか思ってんじゃねェだろうな」
「え!?」
過去の時代へと思い馳せてるあたしを、神谷の声が現在へと引き戻す。
気付けば神谷はカレーを見事に完食してて、残ってるのは小皿にトマト2切れだけだった。
「だって俺、おかしいだろ。お前はもう知ってんだろ」
「………まぁ、」
ね。
確かに知ってるけど。
「言い訳するつもりはねェけど、俺何した?」
「…………」
「自分がヤらかした責任は取る。俺、お前に何した?」
「ダメ」
咄嗟に出たあたしの「ダメ」に、神谷は「あ?」と眉を寄せる。
凄んで来る神谷はやっぱり神谷で、その顔はやっぱり整ってるけど。
やっぱり笑ってる方が断然素敵だと思う。
だからこそ、簡単に“責任”なんて言葉を出す神谷を心配してしまう。
こんな調子でコーキのやった事に責任取ってたら、イケメン目当ての女子にアッサリ騙されちゃうんじゃないだろうか。
「まだトマトが残ってるもん」
「…………」
「ちゃんと神谷がそれ食べたら言う」
「…………」
「あたしが神谷に何されたのか、ちゃんと言う」
「………わかった」
摘んだトマトを束の間眺めた神谷は、意を決したように口の中へと放り込んだ。
そして、ほとんど噛む事もなく飲み込んだ。
ホントにトマトが好きじゃないらしい。
同じ身体を共有してても、コーキとは食の好みが違うらしい。
残るトマトは、あと1つ。
そのたった1つですら食べる事を躊躇してる神谷に、あたしは問う。
「ねぇ。昨日、何であたしを呼び止めたの?」
「…………」
一瞬あたしへと視線を上げた神谷は、でも何も言わないまま小皿に残ったトマトを見つめる。
マジでこれも食わなきゃいけねェのかよ、とでも言ってるような神谷に、あたしは尚も問い掛ける。
「“やっぱり”って昨日言ったよね?あれってどういう意味?」
「あれ……は……」
別に汚れてるワケでもないのに左手で口元を拭った神谷は、明後日の方向へ視線を向けながらも小さな声で答えてくれた。
「……夢かと思った」
「え、夢?」
「お前とここでメシ食ってる夢見た。何でお前なんだよって思った」
「…………」
「メシだけじゃねェ。何かお前に色々言われた。注意だかアドバイスだか知らねェけどムカつく事」
「そ……っ」
それは!
夢だと思ってて欲しい!
むしろ夢であって欲しい!
「でも、夢じゃなかったんだろ」
「…………」
「アレ。夢じゃなかったんだろ」
「お……オムライス?」
「あぁ」
「…………」
「夢なのかリアルなのかわからなかった。でも昨日、お前があんな事言うから、夢じゃないってわかった」
「…………」
“今日はちゃんとご飯食べた?”
なるほど。
あの“やっぱり”は、“夢じゃなかったのか”と続くワケだ。
何か相手があたしでごめんなさい、って感じだけど。
どうせ夢のような話なら、そんな女子は絶世の美女であって欲しいって感じなんだろうけど。
「もうわかってるだろうけど、俺は俺だけど俺じゃねェ。俺の中には、俺の知らない何かがいる」
「…………」
「でもそれは何の言い訳にもならねェってわかってる。そんなの俺の勝手な都合だしな」
「…………」
「だから責任は取る。俺はお前に何したんだ」
言いながら神谷は、最後のトマトを口にした。
タイムアップ。
時間切れ。
たとえばここで「あたしの処女膜破ったんだから責任取ってよ!」って言ったとして、神谷はどんな責任を取ってくれるんだろう。
絶対ヤバいでしょ。
イケメンのクセに迂闊すぎるでしょ。
「うん、された事はされたんだけど別に大した事じゃない。だから気にしないで」
あぁ、秘密を知ったのがあたしで感謝して欲しい。
良かったね、責任取って付き合ってよ!とか言う女じゃなくて。
「いや、でも……」
「ホントだから。神谷が責任取らなきゃならないような事は何もされてない。でも1つだけ言うなら……」
「……何」
「ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ?」
そもそも神谷がご飯さえちゃんと食べてくれれば、あたしはコーキに呼び止められる事もない。
「…………」
無言の神谷は、いかにも“余計なお世話だ”と言わんばかりの表情で視線を逸らす。
でも次の瞬間には、小さく息を吐きながら立ち上がった。
なら話は終わりだ、帰れという雰囲気が見事に伝わって来て、あたしはそそくさと玄関へと向かった。
「じゃ、あたし帰るね」
「あぁ」
「カレーまだ結構残ってるからちゃんと食べてね」
「…………」
「じゃまた来週。学校でね」
「おい」
既に玄関のドアを開けかけてたあたしは、その声に振り返る。
壁に左肩を付けて凭れ掛かるように立った神谷は、ヤケに冷めた目であたしを見つめた。
「お前、とにかくもう俺には関わるな。絶対ここへも来るな」
それは学校に居る時のままの神谷で、思わずあたしも微かに頷いちゃったけど。
でもさ。
そんな事言われてもさ……。
「セーラ待ってた!腹減ったんだ、ご飯作って!」
………ね。
声掛けて来るのは、そっちなんですけどー。
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