第3話 リヒテルの行方

「そろそろ出てきたらどうだよ沢村教官。」


 リヒテルの声に反応したように、リヒテルの影がグニャリと歪んでいく。

 そこからニュルリとでも擬音が聞こえてきそうなほど滑らかに、一人の男性が姿を現した。

 歳は50代後半のように見え、オールバックの白髪頭が特徴的だ。

 釣り目の細面で、いかにも上役だとでもいう感じの年配者だった。

 体の線は細く、力では確実にリヒテルには敵わないだろう。

 しかしリヒテルの額には汗が流れている。

 それほどまでに力量さがあるのだ。


「リヒテル君。なかなか見事な戦いぶりでしたね。これなら問題無しに狩猟免許証ハンターランクのランク5に推挙できるでしょうね。」

「何余裕ぶっこいてんですか?俺危うく死にかけたんだけどよぉ~。」


 沢村はリヒテルに対して、何ら問題無いとでも言いたげに評価を下していた。

 そんな態度の沢村に対して、憤りを顕わにしているリヒテルだった。


「いやいや、リヒテル君なら突破出来ると信じていましたよ。それに大型機械魔デモニクスだといってもまだまだ小型。これに勝てないようではランク5は到底推挙出来ませんでしたよ。」


 ビシッと決まったスーツ姿の沢村は、付いてもいない埃を払うしぐさでスーツを直していた。

 その姿は全くやる気を見せておらず、完全にリヒテルにやらせる気が満々だったように見える。

 しかし、沢村の腰には2振りの日本刀が下げられていた。


 沢村が下げている日本刀は造れる者が限られており、伝説的武具となっていた。

 昔の呼び名は〝日本〟……、現在は〝中立国 ジャポニシア〟と呼ばれている。

 ジャポニシアは四方を海で囲まれており、世界の国々の協定により不可侵となっていた。

 狩猟者連合協同組合ハンターギルドやその他ギルドを始め、世界の名だたる組織がここに集約されている。

 ジャポニシアには古くから残る技術と現代の新しい技術両方を保存するという役目を担っている。


 沢村は現役時代、その二振りの日本刀をもって大型機械魔デモニクスを屠り続けた伝説の狩猟者ハンターだ。

 今でも沢村の弟子と呼ばれる日本刀使いブレイバーが、狩猟者ハンターとして活躍している。

 魔砲使いガンナーだけが最強の狩猟者ハンターではないのだ。


「わかったよ沢村教官。で、俺たちの小隊はランク5か?それとも俺個人でランク5か?」

「おそらくだけど、リヒテル君がランク5になるでしょうね。他のメンバーについては追試となるでしょう。今回は完全に観測班の落ち度ですからね。」


 それを聞いたリヒテルは安堵の表情を浮かべた。

 ランク3以上の狩猟免許証ハンターランクの更新は、年に2回しかない。

 しかも落ちると、またランク更新の為の実績集めをしなくてはならなくなる。

 今回の件で落ちた場合、ランク4の機械魔デモニクス討伐を規定数こなさなくてはならなくなるからだ。

 それが追試が出来るということは、その規定数をこなさなくても済むということになるのだ。


 リヒテルは懐に仕舞っていた煙草を取り出し、沢村に勧めた。

 沢村も一服するのに良い頃合いだと、煙草を受け取った。


 二人で煙草を燻らし、ゆったりとした時間が流れていく。

 ここは今だランク5の立入禁止区域デッドエリアだというのに。




 しばらくすると、遠くから機械の動く音が聞こえて来た。

 しかしその音は機械魔デモニクスとは違い、軋んだ機械の音ではなかった。

 滑らかに整備された、きれいな旋律だ。


「お、やっと来ましたね。お待ちかねの回収部隊ですよ。」


 そう言って立ち上がった沢村は、吸っていた煙草を足元に落とし、踏み消した。

 リヒテルもまた同じように立ち上がり煙草を消した。

 ただし、きちんと携帯灰皿に入れて。

 リヒテルは沢村が踏み消した煙草の吸い殻も丁寧に回収し、自身の携帯灰皿へ入れていた。

 こういった事から、実はリヒテルは口では憎まれ口を言う割にとても律儀な人間だと周囲では噂となっている。

 当の本人は完全に否定をしている訳だが。

 回収部隊は全部で5台編成だった。

 そしてその全ては機械魔デモニクスと同じ多脚型を採用していた。

 このような不整地な場所ではタイヤや無限軌道では走破し辛く、結果として多脚型の選択となったのだ。


「リヒテル隊長!!」


 遠くからスレンダーな女性が猛ダッシュで駆け寄ってきた。

 良く見るとレイラだ。

 リヒテルは柄にもなく受け止めようと腕を広げ、胸に飛び込んで来いとアピールしている。

 レイラもそれに気が付き勢いよく飛び掛かった。


ゴクワシャン!!


 それは見事な高高度打ち下ろし型ドロップキック。


 レイラは全力で上空にジャンプすると、そのまま両足を揃えてリヒテルに飛び込んだのだ。

 ドロップキックを喰らったリヒテルは、もんどりうって後方へ吹き飛ばされる。

 しかもその後方には運悪く機械魔デモニクスの亡骸。

 機械魔デモニクスは機械の塊。

 つまりは超硬度な金属体なのだ。


 激しい衝突音と共に、リヒテルのうめき声が聞こえてくる。

 その光景を目の当たりにした沢村な、レイラにもランク5を与えてもいいのではと内心考えていたとかいないとか。


「いてぇ~じゃねぇ~か!!なにすんだよレイラ!!」

「なにすんだよじゃない!!人がどれだけ心配したか……。この……馬鹿たいちょう……」


 もんどり打って倒れたリヒテルは、頭をさすりながら体を起こしていく。

 胸の蹴られた痛みは大したことは無かったが、後頭部が機械魔デモニクスに強打してしまい、軽く血が出ていた。

 レイラは倒れたリヒテルに近付くと、その胸の中に飛び込み咽び泣いた。

 止めど無く溢れる涙を押さえようとはせず、リヒテルの無事を心底喜んでいた。

 これ以上怒れなくなったリヒテルは、そっとレイラの頭を撫でつける。

 それは年の近い妹をあやすように、優しく優しく……、レイラが落ち着くまで続けられた。


「レイラ、そろそろそれくらいにしてくれない?回収作業の邪魔よ。」


 リヒテルの胸の中で泣きじゃくるレイラに対し、冷たい視線を送る一人の女性。

 むしろ邪魔過ぎて、今にも蹴り飛ばしそうな勢いで睨みつけている。

 ただ、その目は本人も物凄く気にしているたれ目で、化粧で何とか誤魔化している努力の跡が見受けられた。

 金髪を後ろに束ね、バインダーを片手に青の作業服を身に纏った女性は、いまだに動こうとしないレイラに業を煮やし、首根っこを捕まえて吊り上げた。


「痛いじゃない!!何すんのよ筋肉馬鹿!!」


 レイラはぞんざいな扱いに激怒し、その女性に向かって暴言を浴びせた。

 女性の目には怒りの色が見え、こめかみには血管が浮き出て来ていた。

 今にもレイラを機械魔デモニクス目掛けて分投げそうになるところを、リヒテルはどうにか止めることに成功する。


「落ち着けリズ。」

「まったく……。あまりレイラを甘やかさないでくださいね?」


 どうもリズは、レイラに対して何か対抗意識を持っているようにも見える。

 会う度に何かにつけて二人はぶつかり合っているのだ。

 今は確実にレイラが押され気味になっている。

 首根っこを掴まれて吊り下げられているレイラは手足をばたばたさせているものの、一向に降ろしてもらえなさそうであった。


「そろそろ勘弁してやってくれ。リズも解体作業を始めるんだろ?」

「わかっています。レイラ、お願いだから邪魔だけはしないでね?」


 地面に降ろしてもらえたレイラは、今にもハンカチを噛み締めて「ムキ~~~!!」っと始めそうに見えた。

 それを見たリヒテルは苦笑いの笑顔を浮かべていた。


(心配していたのはレイラだけではないんですけどね……)


 リヒテルに聞こえないくらいの小声でリズは呟いていた。


「それじゃ私は作業に移ります。レイラ、向こうの回収部隊の手伝いをお願い。ただでさえ人手不足なんだからさっさと作業を終わらせるわよ!!」

「私に命令するな!!」


 そう言うとリズは機械魔デモニクスの亡骸に近づいていき、解体作業を始めていく。

 さすがに15mもある躯体をそのまま運ぶわけにもいかず、悪路走行用多脚型輸送車5台に分けて運ぶ手はずとなっていた。

 そのためにもこの場所で出来るだけ分解していくそうだ。


「レイラ、俺は一足先にゲートの詰所に戻るから、何かあったら連絡してくれ。」

「リヒテル!!今度通信切ったら怒るからね!!


 レイラに帰還する旨を伝えたリヒテルは一人、ゲートに向かって移動を始めた。

 沢村に至っては、厄介ごとに巻き込まれない為に回収部隊の責任者に話をしに行っていた。

 リヒテルは沢村にも帰還する旨を伝えてゲートへと向かっていった。




「何だ?ここって霧が出るんだな?」


 リヒテルは帰還中に深い霧に覆われた場所を通過していた。

 そしてその後、リヒテルとの通信が途絶えてしまったのだ……

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