山での初仕事①
……と、勢い込んでスタートしたはいいものの、あたしは暇を持て余していた。
電話番ということは、電話が鳴らない限り仕事がないのである。その事実を悟って愕然とする。
――そっかぁ。どこの課も常に電話が鳴ってるわけじゃないんだよなぁ。
国民健康保険課にいたころは、電話が鳴っている状態がデフォルトだったし、窓口に来られる市民の方も多かった。
繁忙期には順番待ちのカードを配って対応していたし、就業時間中は市民の方の対応に追われて事務仕事は手つかず。事務処理はすべて残業なんてこともザラだったのだ。
そんな環境で新卒からずっと過ごしてきたあたしにとって、電話も鳴らず、できる事務仕事もないという現状は、ちょっとした苦行である。
欠伸交じりによくわからない書物を繰っている先輩に、あたしはちらりと視線を向けた。声をかけたら威嚇される未来はわかっている。わかっていても、教育係である以上、まずこの人に頼らざるを得ないのだ。
「せ、先輩」
「あ?」
予想範囲内の反応である。野良猫。これは野良猫。言い聞かせ、あたしは笑顔を浮かべた。
「あの、なにか、あたしにできる仕事ってありますか?」
「あー……」
無意味な威嚇が返ってくると身構えていたのだが、先輩は静かに天井を仰いだ。
まさかの考えてくれているらしい。
「ねぇな」
「ない、んですか」
期待しながら待つこと、数秒。身も蓋もない返事に、期待した分だけ肩が落ちる。
「ここは基本的に相談ありきだからね」
ほほえましそうにやりとりを見守っていた七海さんが、そっと口添えをしてくれた。その七海さんも、なにやらよくわからないファイルに目を通されている。過去の事例集とかだろうか。
「あの、ここって、その、たとえば、どんな相談が多いんですか?」
「うーん、そうだね。一概には言えないけれど」
「うちに回って来るのなんざ、厄介ごとに決まってるだろ」
ぼそりと聞こえた不吉な台詞に、あたしは右斜め前方を見て、右を見て、右斜め前方を見た。諦めた顔で七海さんが眦を下げる。
「まぁ、よろず相談課だからねぇ」
だから、いろんな相談があるよねと言わんばかりだった。「厄介ごとばかり」との恐ろしすぎる発言は、全スルー。
「直近の事例で言えば、……そうだな。昨日も真晴くんは要請があったから、外に出てたよね」
「あぁ」
新人の不安を取り除いてやろうという気遣いなんて皆無の、うんざりとした相槌。嫌な予感はしたものの、あたしは興味が勝って問いかけた。
「どんな要請だったんですか?」
あたしを一瞥した先輩が、手元の本を繰る。そして、本に目を落としたまま呟いた。
「神社の掃除」
「は?」
「だから、掃除だっつってるだろ。あのばばぁが、やれ最近は誰も掃除をしないだのなんのってうるせぇから」
「え、あの、そういうのって、宮司さんとかご町内の方のお仕事じゃ」
呆れ顔の先輩と目が合ったはずなのに、なにも返事はない。
なに言ってんだ、てめぇ、くらいのことは思われていそうだったので、へらりと笑う。
「あの、すみません。そういうのもあたしたちの仕事なんですね」
「神主さんが常駐されている大きな神社ばかりでもないし、残念ながら地域から忘れ去られてしまったような社もあるからね」
「はぁ……」
神社の荒れ具合が気になったご老人が、役所に苦情を述べた、ということなのだろうか。
そうして、それが「よろず相談」としてうちに回ってきたと。
「なるほど」
なにがなるほどなのかは自分でも謎だったわけだが、とかくあたしは頷いた。かかってくる電話の内容は万千番と覚悟したほうがよさそうだ。
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