078 ケントの機密事項

「すみません、さすがに情報過多すぎて……」

「いや、俺の方こそいきなりこんな話をしてしまって、申し訳ない。」


 俺は、今だうずくまるタケシ君に謝意を伝える。

 その間にもモンスターが来るかもしれないと、警戒は続けているが、その警戒網には今だヒットはしていない。

 さっきのゴブリンが異常だったのかと思案するも、明確な答えは出てこなかった。


「中村さん……合流する前に神宮寺准尉からそれなりに情報はもらっていたんですが、この話は聞いていませんでした。モンスターを【生命】ととらえることすらしてませんでした。それがショックで……」


 確かに、タケシ君の言う通りだ。

 ほとんどの探索者は、モンスターの生命なんて考えてこなかったはずだ。

 政府としても、明言を避け続けているのだから。

 そのせいか、モンスターはあくまでも怪物であり、生命ではないとする風潮すらできつつあった。

 しかも、スタンピートにより家族を奪われた人々はその傾向が顕著だった。

 そして政府もまた、それを正そうとはしなかった。

 むしろ、そうなる様に誘導した節すらある。


 だけど俺は、それを好ましいとは思っていない。

 あくまでもこれは、〝生物同士の生存競争〟なのだから。

 それを知ることができるのは、【神の権能】を有する者だけのようだった。

 タケシ君は、恐らくそのことを知らされてはいないはずだ。

 そうなれば、いつかはこの話をしなくてはいけないかもしれない。

 自分の信じた自衛隊や国そのものが、この〝世界の改変大惨事〟の片棒を担いでいる事実を。

 

「まぁ、そこまで深刻にならなくてもいいよ。あくまで俺が異常なだけだから。それはそうとごめん。タケシ君の分まで経験値を貰ってしまったみたいだね。」

「それについては大丈夫です。気にしないでください。それよりもこの後どうしますか?今みたいな感じのモンスターだと、この先さすがに問題が発生してしまいますよ。確実に限界が来ます。俺も今のでSPが5割近く持っていかれましたから。」


 タケシ君は、経験値についてそれほど気にはしていないようだった。

 むしろ、これからについての方が問題だとまで言ってきた。

 うん、ちゃんと現状を把握できていて何よりだ。

 おそらく、このまま進むと確実に補給物資、というよりも回復ポーション関連が不足してしまう。

 そうなればここで命が潰えることとなるのだ。


「でもまあ、そんなに心配はいらないよ。」

「え?」


 俺の言葉にいまいち理解できないと驚きの声を上げたタケシ君。

 まあ、そりゃそうだよね。

 俺も姿消した時に【鑑定】して初めて気が付いたんだから。


「さっきのゴブリン……レッドキャップって名前なんだけど、どうやらこの階層のフロアボスだったんだよね。殺す前に鑑定したから間違いないよ。」


 タケシ君は驚きすぎて声も出ないようだった。

 ただ口をパクパクさせていた。

 人間驚きすぎるとそうなるよね。


「さてそろそろ……。お、来たね。お待ちかねのドロップアイテムだ。」


 俺が指差す方に魔石がひとつ転がっていた。

 そしてその後からまた一つアイテムが落ちていた。

 それは一組の短剣。

 そう、先ほどレッドキャップが使っていた武器だった。

 その短剣は赤々と燃え上がるような刀身をしており、熱気のようなモノを感じる。

 鞘は武骨ながらも丁寧に作りこまれた、ある意味芸術品といっても差し支えない出来栄えに見えた。


 ふらりふらりとした足取りで、タケシ君が短剣に近づいていく。

 なんだか様子がおかしい?

 って、あれ絶対魅了かなんかかかってるだろ?!


「待つんだ!!」

「え?」


 その表情は恍惚としており、明らかに魅入られている状況だった。

 俺は、慌ててタケシ君に駆け寄り軽くその頬を叩いた。

 タケシ君は一瞬ビクリとし、我に返ったようだった。

 あと少し遅ければ、タケシ君はその短剣を手にしていたはずだ。


「鑑定するからいったん離れて。」


 俺は、すぐさまその一対の短剣を鑑定した。


——————


墜堕の短刀【月華げっか日華ひばな】:その美しい見た目とは裏腹に、触れたものを魅了し、徐々に精神汚染を起こしていく。最終的には短刀の意志により殺戮を行うようになる。


——————


 俺が鑑定内容をタケシ君に告げると、顔を青くしていた。

 俺が止めなければ、タケシ君はただでは済まなかったはずだったからだ。


「でもなんで分かったんですか?鑑定する前に俺を止めましたよね?」

「それはタケシ君が異常な空気を纏っていたからだよ。あからさまに誘惑されているって感じだったからね。」


 俺はその短剣を手に取ると、少し振り回してみた。

 確かに性能としては問題ないんだけど……


「ん~。あまり俺の好みの重さと長さじゃないな。」

「なんで持っちゃってるんですか?!」


 血相を変えたタケシ君が俺に詰め寄ってきた。

 俺もそこまで驚かれるとは思わず、あまりのタケシ君の圧に根負けし、種明かしをした。


「簡単な話、俺は大して効果が無いってだけの話だよ。」


 どうやらタケシ君は俺の説明に納得がいかなかったようで、さらに詰め寄ってきた。

 どうしたものかと困ってしまった。

 俺がのらりくらりと躱していると、タケシ君は不意に我に返ったようだった。

 さすがにやり過ぎたと反省し、しきりに頭を下げていた。

 俺もそれほど怒っていたわけではないので、タケシ君の謝罪を受け入れることにした。

 まあ、はぐらかした俺が悪いんだけど。


「さすがにこれっきりにしてほしいね。」

「すみません。」


 タケシ君は、借りて来た猫の様にシュンとしてしまった。

 さすがにこのままでは戦闘に支障が出る出ては困るな。

 俺はタケシ君の下げた頭にぽかりと拳骨を軽く落とした。

 その行動の意味が分からなかったタケシ君は目に?を浮かべキョトンとしてしまった。


「じゃあこれでチャラ。いいね?」


 俺の言葉を理解したようで、もう一度頭を下げると少しすっきりした表情になっていた。

 本当に反省をしていたのだろうね。


 ボスが消えてしばらくすると、奥の方からずるずると何かが動く音が聞こえて来た。

 その音の方へ俺たちは向かって歩き始めた。

 近づくにつれて、正面から漏れ出る光に気が付いた。

 さらに近づくにつれ、その光の正体がわかった。

 どうやら先程の音は、壁の隠し扉が開く音だったようだ。


 【移動用ゲートポイント】

 正直、ダンジョン内でゲートポイントが設置されている場所なんて限られていた。

 出入り口への一方通行。

 またはさらなる転移。


 こればかりは試してみない事には判別できなかった。


「とりあえず休憩を挟んでこの先へ行ってみましょう。」

「だね。」


 タケシ君の消耗を考えると、最善策だろうな。

 タケシ君はさすがに疲れていたのか、ドカリと地面に腰を下ろした。

 さすがに俺もその行動に笑ってしまい、先ほどまでの微妙な空気感はどこかへ行ってしまった。


「そうだケントさん。ケントさんのステータス値ってどのくらいなんですか?先ほどの戦闘といい、訓練の時といい、移動速度が尋常じゃなかったですよ?俺もある程度高速移動には目が慣れてるはずでしたけど、途中から追えなくなるんですから。意味が分からないです。」


 タケシ君は先程の戦闘を振り返り、今まで疑問に思っていたことを口にした。

 まぁ、やっぱり気になるよな。


「それなんだけどね……。ん~ん。どうしたものかな。うん、おそらくこのダンジョンを攻略したときにわかると思うよ。」


 こう答えるのが精一杯だった。

 俺のステータスについてはある意味で極秘事項として扱われているらしいから。

 おそらく自衛隊内でも俺のステータスを把握しているのはごく一握りの人物。

 あまり公には出来ないんだよね。

 ごめんタケシ君。

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