000-2 前日譚 もたらされた火

『えぇ、それではこれで安全保障理事会を終了とします。』


 イヤホンからは通訳の声が聞こえてきた。

 キシワダは、今回もほとんどの議題で蚊帳の外に置かれていることに歯噛みしていた。

 日本の立場をいくら伝えたところで、常任理事国のアメリカ・中国・ロシア・イギリス・フランスの5か国のどこかしらの反対を受け、話が前に進まないのだ。


「またしても先延ばし……。いつまでこの敗戦国のレッテルが付いて回るのやら。」


 キシワダは、執務室の机の前に設置された多数のモニターに目をやる。

 いくら安保理に参加できているとは言え、非常任理事国ではほとんど意見が通らないのだ。


「くそ、あと一歩のところを……」


ガン!!


 キシワダは拳を強く握りしめて机を叩いた。

 激しく拳を打ち付けられた机は壊れることはなく、その重量もありびくともしなかった。

 それはそうだろう、高齢男性の打撃力などたかが知れているのだから。

 しかし机の上の書類は無事とは言えなかった。

 その衝撃で床に散乱し、それを見ていた秘書が慌てて書類を拾い集めていた。


「すまん。感情的になってしまったな。国のトップがこれでは先が思いやられるな。」


 疲れた表情で無理に笑顔を作るキシワダを見て、秘書の男性は心が痛くなっていた。


「先生は、立派に勤め上げているではありませんか。何を卑屈になるのです。堂々としていましょう。」

「ありがとう、青木。」


 書類を拾い集めた青木は、机に書類を戻し、キシワダに話しかけた。


「そう言えば先生。この後の昼食はいかがなさいますか?普段であれば、この後面会があるのですが、珍しく本日は予定がありません。」

「そうか……。ならば青木、一杯付き合ってくれないか。今日は少し飲みたい気分だ。」

「お付き合いいたします。」


 そう言うと青木は昼食の準備の為、執務室を立ち去ろうとした時だった。


ピロリンピロリン


 突如キシワダのスマホが鳴り始めたのだ。

 執務室にいる間は常にマナーモードのはず。

 キシワダは訝しがりながらスマホを操作した。

 しかし、何をやっても音が鳴りやむことはなかった。


『はろ~~~~~~~諸君。私は神です!!』


 スマホから聞き覚えのないが聞こえだした。

 驚いたキシワダはスマホを床に落としてしまい、慌てて拾いなおした。


「こ、これはいったい……。」

「先生!!安全保障理事会事務より連絡です。すぐにオンライン回線を開けるようにとのことです!!」

「わ、わかった。すぐにやってくれ。しかし、これはいったいなんだんだ。何が起こっているのだ。」


 急遽つなげた会議の映像に本来であれば集まっていたであろう、国連安全保障理事会会議場が映し出されていた。

 その円卓の中央に1人の人物が立っていた。

 その人物はピエロに近い服装で、白地に金の刺繍が入ったローブを羽織っていた。

 顔にはピエロの仮面をしており、表情や性別までは確認できなかった。


『あ~、あ~。聞こえますか?聞こえますか?私の言葉通じますか?』


 その人物から発せられる声は、一応聴きとることはできた。

 しかし、ノイズが混じったかのような声に、何やら不気味さを感じてしまう。


『では先に諸君にプレゼントを差し上げよう。』


 そう言うと、その人物はパチンと指を鳴らした。

 それと同時にキシワダのスマホが光り出し、光の球体に包まれていった。

 光が収まると、またいつものスマホに戻ったように見えた。


「これで私の声が聞こえたかな?」


 先程までとはうって変わって、ノイズの無いクリアな声が聞こえてきた。

 いったい何が起こったのか。

 キシワダは困惑の色を隠せないでいた。


「それじゃあ、もう一つ。」


 その人物はまた指をパチンと鳴らした。

 するとどうだろうか、キシワダの目の前に同じ様相の人物が突如として現れたのだ。

 モニターを確認すると、どうやら各参加者の目の前にも現れたようだった。

 つまりはその人物が同一人物なら16人存在しているということだ。

 これはあり得ない。

 そう思うしかなかった。


「先生、アメリカのライデン様より直接ラインでの入電です。」

「繋げ。」


 青木が小声で、ライデンからの入電を知らせた。

 その人物に悟られないように通話を開始した。


「キシワダ。これはどういうことだ。」

「わからない。としか言えない。」

「「え?」」


 キシワダとライデンは、互いに驚きを隠せなかった。

 その理由は、通訳を介していないのにもかかわらず、会話が成立したからだ。


「お、ご理解いただけたみたいですね。」


 ピエロマスクの人物は、愉快そうに体を揺らして笑っていた。

 その動き一つ一つが、より一層不気味さを醸し出している。


「先ほど皆さんに与えたのは共通スキルとして、【世界共通言語】と【インベントリ】の二つです。その恩恵であなた方は言葉の壁がなくなったのですよ。」


 有り得ない。

 有り得るはずがない。

 空想の世界ならばいざ知らず、そのような非現実的なことが起こり得るはずがない。

 そうキシワダは自分に強く言い聞かせていた。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。」


 モニター越しに参加者全員が混乱しているのが伝わってくる。

 キシワダも同じく、何が始まるのかが全く読めない。

 むしろ、目の前のこの人物はいったい何者なのかすらつかめずにいるのだ。


 その人物は一つ咳ばらいをすると、驚きの言葉を口にした。


「私はこの世界の管理者の使いです。我が主はこの世界に退屈を覚えてしまいました。したがってこの世界を再構築します。」


 意味が分からなかった。

 この世界の管理者?我が主?世界を再構築?


「何を言ってるね?意味が分からないね。ちゃんと説明してほしいね。」


 中国のワンが説明を求めて騒いでいる。

 キシワダも同じ意見だ。

 モニター越しのメンバーも同じように説明を求めると強く言っている。


「言葉のままなんですがね?世界の摂理をすべて書き換えます。つまりは、今まで通り、あなた方人間が、世界の頂点であることは無くなるということです。」

「人間が世界の頂点でなくたるとはどういうことだね?意味が分からないのだが……」


 その人物の言葉に反応したのは、ライデンだった。

 さすがはライデンというべきか。

 世界の頂点は我がアメリカだ!!とでも言いたげに不満をあらわにしていた。


「そうですね~。面倒なのではっきり言いますが、来年の今日。すべての【生物】の【進化】を開始させます。それは人だけに限らないということ。その【進化】の一端を教えてあげましょう。先ほど諸君の端末に改造を施しました。見てみればわかりますよ。」


 キシワダは慌ててスマホを確認した。

 そこには見知らぬ文字が表示されていた。


個人情報▼

インベントリ▼


 いったいこれは……


 さらにその人物は話を続けていく。


「あなた方15名が最初の対象者です。ここは世界の安全を守る者たちの集いなのでしょ?うってつけのメンバーではありませんか。というわけで、あなた方には強制的に【進化】していただきます。」


 そう言うとその人物はまたパチンと指を鳴らした。

 と、同時にキシワダは悲鳴を漏らした。

 体全体に強烈な痛みが襲ってきたのだ。

 さらには頭も割れるように痛い。


「先生!!誰か!!誰か医者を!!」


 うろたえる青木を余所に、その人物はカラカラと笑っていた。


「おつきの方々、心配には及びませんよ。もうすぐ【進化】は完了しますから。」


 次第に痛みは落ち着き、粗くなっていた呼吸も元に戻っていく。

 キシワダは若干痛みの残る体を起こし、椅子へ座りなおした。


「それではお待ちかねの確認タイムです。ほら、端末の個人情報を触ってみなさい。」

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