052 解放と消滅

『シンを……、悪夢から解放してください……。』


 それは、カイリの悲しみに満ちた決断だった。

 幼馴染を……友人を殺す……

 それをカイリに決断させてしまった。

 これはカイリたちに憎まれようとも、恨まれようとも、俺がすべき決断だったはずだ……

 なにやってんだよ、まったく。

 情けないにもほどがあるな。


『カイリ……。カレン、アスカ……、すまない。シンを救えなかったことを許してほしい。』


 俺は3人への贖罪の言葉のを口にした。

 3人は、涙を浮かべるも必死で耐えていた。

 ここで泣いてはいけないと……


 スキル【レベルドレイン】!!

 

 俺は、シンの身体を乗っ取った強欲に向けてスキルを発動させた。

 効果はすぐに現れた。

 シンの身体からは、黒い靄の様なものが抜け出ていく。

 アスカがステータスを確認すると徐々にシンのレベル……生命力が減っていっていた。


[ん?!何ですかこれは⁉生命力が低下している?!どういうことです⁉プロメテウス!!これはどういうことです?!]


 突然の出来事に取り乱した強欲は、俺を睨んでいる。


[あなたですか!!今すぐやめなさい!!くそっ!!くそっ!!]


 必死になって体を動かそうとするも、まだ身体に馴染んでいなかったのか、全く反応していない様子だった。


「みんな、ごめん。カイリ……あり……が……」

「シン!!」


 シンが最後の抵抗を試みていたようだった。

 必死になって動こうともがくものの、シンの身体は言うことを聞かず、強欲へのスキルの効果が顕著に現れていいた。


[くそ!!その顔覚えました!!プロメテウス!!覚悟なさい!!]


 最後の強欲の言葉と共に、シンの身体は俺たちの前から霧散した。

 本当に消滅したのだ。

 後に残された物は、シンの装備一式だけだった。




 それにしても、レベルドレインは本当に鬼畜だった。

 シンが貯め続けたレベルを根こそぎ奪い取ったのだから……

 俺のレベルは今ので9レベル一気に上がったのだ。


 そしてさらに嫌なものを見てしまった。


ーーーーーーーーーー


基本情報


 氏名  :中村なかむら 剣斗けんと

 年齢  :35歳

 職業  :探索者F

 称号  :生命の管理者


ーーーーーーーーーー


生命の管理者:生命の殺生与奪・存在の権限を得た者に与えられる。


ーーーーーーーーーー


 何とも物騒な称号が付いたものだ。

 ただ、これは俺が背負うもので間違いないと思う。

 俺はシンを消滅させたのだから。


「じゃあ、シン達の装備を回収して帰ろう。自衛隊にも事の顛末を話さないといけないしね。」

「シン?誰ですか?」


?!?!?!?!?!?!?


 俺はその場で吐き出してしまった。

 カレンの言葉で理解してしまった。

 確かに消滅してしまったのだ。

 存在そのものが……


「ケントさん?!アスカ、回復魔法をお願い!!」

「先輩!!しっかりしてください!!」

「ケントさん!!ケントさ……」


 薄れゆく意識の中でカイリの声が聞こえた気がした。






ピチョン

ピチョン

ピチョン

ピチョン




 目を覚ますと、白い天井が目に入ってきた。

 ここは知らない場所だ。


「ケントさん!!」

「カイリ……。ここは?」


 辺りを見回すと、どうやら俺はベッドに横たわっていたようだ。

 そんな俺の横に、カイリが座っていた。

 その目には涙を溜めて、俺の手を握っていてくれた。

 どうやら心配かけてしまったようだ。


「ここは訓練施設の医療施設です。ケントさんがいきなり倒れてしまって。そしたら、私たちが第6層に向かったことを知った、自衛隊の方々がちょうど到着して、ここまで運んでくれました。」

「そっか……、ごめん。迷惑かけたね。」

「そんなことありません。あ、お医者さん呼んできますね。あと、みんなも。」


 そう言うと、ハンカチで目元を拭ってカイリは病室を出ていった。


ガラガラ


「あ、目を覚まされましたね。それにしても女性を泣かせるとは、中村さんも罪作りですね。」

「一ノ瀬さん……、冗談きついですよ。」


 カイリと入れ替わりで病室に入ってきたのは、自衛官の一ノ瀬さんだった。


「中村さんもなかなか無理をされる。『探索者型イレギュラー』の討伐は出来れば自衛隊に任せてほしかったですね。でも、ご無事で何よりです。」

「あの、ここまで運んでくれたのって……。」

「はい、私たちの部隊です。」

「そうでしたか、ありがとうございます。」

「これも我々の任務ですから、お気になさらず。ところで、いったい何があったんですか?突然倒れたと聞いていますが……。」


 俺は一ノ瀬さんに一連の出来事を説明した。

 もちろんスキルについても。


「それはまた……。中村さん、この件は私の処で一度留めます。おそらく国は中村さんを拘束する可能性が高いです。それほどまでに危険なスキルですから。その、シンと呼ばれた青年についても確認します。記憶だけなのか……、または記録もなのか。そこを調べないといけません。」

「一ノ瀬さん、今の会話でわかりました。おそらく、記憶からは抹消されています。訓練施設入り口での一件で、一ノ瀬さんはシンと会っていますから。それをわからなかった時点で、抹消は確定だと思います。」


 こいつは参ったな。

 たぶん俺は、今後ずっとマークされることになる。

 このスキルがどういうものなのか、どこまで通じるのか、それもわからないのだから。


「なるほど……わかりました。シンという青年に、私も会っているんですね。ですが、私にその記憶がない……つまりは記憶の抹消。存在の抹消だという結論。確かにその通りですね。まず、記録についてはこちらで調べます。どうか、周りには話さないでください。」


コンコンコン


「ケントさん、入りますね。」


「では、私はこれで。」


 そう言うと一ノ瀬さんは病室を後にした。


「ケントさん、今のって一ノ瀬さんですか?」


 カイリがみんなを連れて来たと同時に、一ノ瀬さんは病室を後にした。


「あぁ、カイリも会ったことあったんだっけ?」

「はい、前に一度。確か、探索者のストーカーがいて助けてもらいました。」

「そっか……」


 あの一件も、みんなの中ではすでに改ざんされているのか。

 つまり、シンを知るのは俺だけだってことか……

 何とも言えない後味の悪さがあるな。


「先輩大丈夫ですか?突然だったんでびっくりしましたよ。」

「そうね。ケントさんあまり無茶はしないでくださいね。あなたはこのパーティーのリーダーなんですから。」


 谷浦に心配されることになろうとはな……

 虹花さんには苦労かけてしまったかもしれないな。


 すると、谷浦が小声で俺に耳打ちしてきた。


「先輩……。あの時消滅させたのって……『シン』って子ですよね?」

「谷浦⁉」

「はい、その通りです。なぜか、俺は覚えています。おそらく、スキルの関係かもしれません。」


 『クリエイター』系のスキルか?!

 そうかこれは自称神の権能の一部を与えられたものだ。

 だから、このスキルホルダーはある意味摂理から独立しているのかもしれないな。


「谷浦、絶対にこの件について口を開くな。お前まで拘束される可能性がある。」

「マジっすか!?まぁ、この一件で考えればそうかもしれないっすね。」

「巻き込んで悪かった。」

「何2人で話し込んでるんですか~?」


 俺たちが小声で話していると、アスカが不思議そうな顔で覗き込んできた。


「いや、特にな。そうだ、あのあとってどうなったんだ。『探索者型イレギュラー』の装備品とか散らばってただろ?」

「はい、あれは回収して今自衛隊に確認作業してもらってます。持ち主……おそらくは死亡されているでそうが、わかれば返却する予定だそうです。」

「そうか、見つかるといいな。」

「そうですね。」


 病室にしんみりした空気が漂っていた。


 俺はきっとこの先も、この子たちに迷惑をかけるんだろうな。

 今回の件も含めて、俺と谷浦は普通の探索者としてやっていけるのか疑問になる。


 『クリエイター』系のスキル。

 『七つの大罪』系のスキル。

 『七つの美徳』系のスキル。


 分かっているだけでも物騒すぎる。

 これは可能性にしかすぎないが、おそらく『神話』系のスキルまたは称号が存在していそうだった。

 強欲が口にした【プロメテウス】という名前は、ギリシャ神話の【人に火を与えた神】だ。

 プロメテウスは、人間に〝火〟を与えることで、〝文明の進化〟を促した。

 なら、今回俺たちに与えられた〝スキル〟がこの〝火〟にあたるとしたら……それこそが〝生命の進化〟を促すトリガーとなったとしたら……

 考えるだけでも嫌になるな。

 あと、出て来た名前は【セフィロト】……と言えば生命の樹か。

 ユダヤ教のカバラでは『宇宙万物を解析する為の象徴図表』とされている。

 まさか、これも……


 いや、やめよう。

 これ以上考えても仕方がない。

 俺は一般人で、学者じゃない。

 いくら考えても憶測の域を出ることはないだろうから。


「おや、もう大丈夫そうですね。」


 カラカラカラとカートを押している看護師とともに、医官と思われる男性がやってきた。


「はい、ご迷惑おかけしました。」

「礼には及びません。それに、ここに運ばれる人の中では軽傷ってより、無傷ですからね。」


 医官の男性は、そう言いながら苦笑いをしていた。

 看護師から体温計を渡され、体温測定を行った。

 逆の腕では血圧を測っている。


「うん、大丈夫そうですね。自宅へ帰っていただいて結構ですよ。」

「ありがとうございます。」

「いえ、ではお大事に。」


 医官の男性は次の病室へと向かっていった。


「じゃあ、帰りますか先輩。」

「だな。」


 谷浦の言葉を受けて、俺たちは医療施設を後にした。


「ケントさん、おなかすきました!!」


 アスカが、いきなり大きな声でおなかすいたアピールを始めた。

 その声につられて、カイリとカレンも声を上げて、3人でおなかすいたの合唱を始めたのだ。

 思わす、俺は笑い出してしまった。

 きっと、俺の表情が暗いのを気にしていたんだと思う。

 だからあえてそうしたのだろう。


「そうだ、虹花さん。今回の探索の結果はどうなりました。」

「はい、第6層だけで一人頭15,000円強でした。第五層までの分を合わせても約2万円ですね。」


 あれ?意外と多いの?少ないの?微妙な金額だな。

 でも、日給2万って考えたら多いのか?


「ケントさん、これにはまだ『イレギュラー』討伐の報奨金が含まれていません。こちらについては後日になるそうです。金額も現在未定です。」

「虹花さん、毎回管理ありがとうございます。」


 うん、2万稼いだなら少しはいいかな。


「じゃあ、街に戻ったら何か食べに行こう。」

「「「ごちになります!!」」」


 え?まじで?!


「先輩……ごちです!!」

「ケントさん……ドンマイです。」


 5人ともにこやかに歩き出していく。

 まぁ、心配かけたしな。


 シンの事。

 スキルの事。

 これからの事。

 いろいろ考えないといけないけど、今は生き残ったことを素直に喜ぼう。




 そして俺たちは、これから起こるであろう悲劇をまだ知らなかった……

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