第41話 完全撃破の黄昏の撃矛(トワイライト・スピアー)
ヴィクトリアチャームの朝食に出勤すると、俊太郎は七時ごろに入店してきた。
まだネットの大掃除をしていたのか、眠たそうな顔をしてあくびをしている。
昨夜、よく寝た玲と沙也加とは対照的に、疲れが限界に達しているようだった。
「昨日はどうも、いらっしゃいませ」
今日からオーダーを取り始めた玲は、カウンターに座った俊太郎にお冷やをもって、注文に伺う。
「うーん、ありがとう、玲ちゃん。モーニングプレートAでお願いするよ。コーヒーはブラックで」
「ブラック? いつもはアメリカンじゃ?」
「今朝はブラックの気分なんだよ。めちゃくちゃ濃いブラックコーヒーで頼むよ!」
「とても濃いコーヒーと……かしこまりました」
玲はドリンク担当の沙也加に注文を伝える。
ホールで接客や配膳をするとよく料理をひっくり返すので、ドリンクを作る係に任命されたのだった。
「きたんだ? なかなかいい度胸してるじゃん、神大さん」
「こなかったらそれはそれで、仕留めるだけよ」
「そういう時の玲って冷酷でとってもいいよね、ゾクゾクするよ。はい、ブラックコーヒー。豆の量を倍にすることは難しいから、ドリップの粉を増やしたよ。満足してくれるといいんだけど」
「ありがとう。伝えるわ」
玲は厨房からでてきた料理とともに、注文の品を提供する。
「濃いらしいですよ」
神大は一口、すすってから「にがっ」と舌を出した。
「濃すぎるだろ……あいつ、わざとだな」
カウンター席のむこうにドリンクバーがある。
近い距離で沙也加はいたずらが成功したときのような悪い顔をしていた。
「こないかと思っていました」
「やめようかなとも思ったよ」
「……え?」
「でも、スポンサーになるって約束したからな。いったん引き受けたんだ、適当なところで逃げ出すのはやりたくない。そっちこそ、どうして俺を助けてくれたんだ?」
いきなりの質問に、玲はとまどってしまった。
スカッドの使命だから、一般市民だから、自分たちの戦いにまきこんでしまったから。いろんな理由が頭のなかに浮かんでは消えていく。
だが、妥当と思われるものはひとつしかなかった。
「エヴォルに襲われた人たちを助けるのが仕事だから。あと――長くアンジュバールのファンをしてくれているってのも、個人的に」
「なんだよ、使命って。そのエヴォルってあの怪物だろ? アマノダイトといい、詳しく教えてくれるよな?」
「また、あとで。今は仕事中なので」
「アイドルに人助けに、メイドのバイトか……。まあ、ファンとしては玲ちゃんのメイド姿が見れて冥利につきるけどね」
「あ、あんまり見ないで――沙也加なら見ていいです」
沙也加、と言われて俊太郎は一瞬だけバーカウンタ―の奥を見るが、すぐに興味なさげに視線を戻した。
「あいつは駄目だ。コーヒーで裏切りやがった。しばらく相手してやらん」
ふんっと鼻を鳴らして腕組みした俊太郎は、玲を見上げて言った。そうですね、とうなずきながら玲は業務に戻ろうとする。
「今夜、連絡する。いいかな?」
「ええ、いいですよ。配信が終わってからなら」
「わかった」
俊太郎はハムエッグのハムをもしゃもしゃと食べながら親指をかるく立てた。ノートパソコンを立ち上げてなにかを打ち込み始める。
「なんだって?」
「神大さん、沙也加がコーヒーを濃くしたから裏切りだって。しばらく口をきかないそうよ。あと、今夜、配信のあとに話があるって」
「あいつ……とうとう玲だけに的を絞り始めたか――。玲はボクが守る!」
「はいはい、ありがとう。それよりドリンクの注文たまってるわよ?」
「ああ、わすれてたっ。すぐやるよ!」
「早くしないとまた緑川さんに怒られるよー」
沙也加はたまった伝票の上から順に処理をしていく。
すこしして、玲のお盆にはコーヒーやアイスクリーム、紅茶などが載せられた。
モーニングが終わる十一時になっても、俊太郎が手を止める気配はなかった。
沙也加とともに十六時まで働いた玲は、地下鉄の駅でスマホを手に、SNSなどを見ていた。
おもに検索するのは、自分たちのあられもないコラ画像が出回ってないかどうか。俊太郎は大掃除をしたと言ったが彼の言葉に玲は半信半疑だった。
たまたま見つけた画像をスマホに保存しておいたのだが――。
「あれえ? ないよ」
「なにが無いの? 店に忘れ物でもした? 取りに戻る?」
「ちがうの。保存しておいた怪しい画像が消えてるの」
「ええ? 間違って消去したんじゃないの?」
そんなことない、と玲はスマホをかざしてみせる。
クラウドにもあげていて、スマホ単体だけでなくネット上のクラウドからも削除されていると、玲は不満を漏らした。
「……どこにもない。まあ、気に入らない画像だったから消えたっていいんだけど」
「それって――神大さんが言っていたAIを使って、個人の端末からも画像を消したって話に合致するね」
「でも、そんなこと可能なのかな? だって、バイト中はロッカーのなかに入っていたんだよ? 家にいるときだって触ってない」
「これは――今夜、会議で聞きだすべきだな」
うーむ、とむずかしい顔をして沙也加は腕組みをしていた。
帰宅してはじまったのは、今夜の配信に関しての企画づくりだ。
玲があれもいい、これもいいと提案するなかで、沙也加はなぜか余裕な顔をしていた。
「なんで案を出さないの?」
「ふふん、実はいい素材があるんだ」
「いい素材―? また怪しげなものじゃないでしょうね?」
「いやいや、そんなに怪しくはないよ」
そう言うと、沙也加は部屋の隅にある一番高い棚の上を、ごそごそとやりはじめた。出てきたのは一台のスマホだった。
「……どういうこと?」
「昨日、玲がお風呂の用意している間に設置したんだ。仁菜がもしエヴォルに変化した場合、どういうふうに変わっていくのかを知りたくて」
「ああ、なるほど。そういえば、オルスの軍でも、憑依された人がエヴォルになる瞬間を集めた資料はとてもすくなかったものね。貴重な資料になると思うわ」
「だけど仁菜はとくに変化なかったから、今回は、無駄になったわけだけど」
「でもいい観点じゃないかしら。そういうところに気がきく沙也加って素敵よ」
褒められて沙也加はまんざらでもない様子だ。
照れたら右耳をさする癖がいまも出ている。
玲はその画像がどんな素材になるのだろう、と考えてはっと思いいたった。
「でしょう? ボクのアイデアはいつも冴えているから」
「ねえ、待って。お風呂の用意している間って、もしかして服抜いだところとか髪乾かしているところとか、仁菜の記憶を操作しているところとか、朝のあれ……とか。全部、映ってるってこと?」
「うーん、いあーまあ。そうだね。ついさっきまで動画と音声が収録されているよ」
と沙也加はスマホのファイルを操作して、帰宅した玲と沙也加の動画を見せてくれる。音声はばっちり、さらに画像も鮮明でよく撮れていた。
朝のはこのへんかなーと今朝にさかのぼってみると、沙也加の膝上で玲と二人で近い距離になっているところも、高い角度からばっちりと撮れている。
「これだめ!」
玲は頬を真っ赤に染めて、沙也加の手からスマホを奪おうとした。
すると沙也加は『万能の盾 bouclier universel(ブークリエ・ユニヴェルセル)』を発動して、スマホを覆い保護してしまう。
「これはボクが許可するまで絶対に解けない」
「そんなこと知ってるわよ! 沙也加、消しなさい! ……さもないと」
「さもないと?」
「黄昏の撃矛(トワイライト・スピアー)で完全撃破する!」
玲は本気だ。装甲を顕現することなく、その両手の間には黄金の槍が誕生しつつあった。
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