第18話 オートリテの復活
「あー疲れたーもう無理! メイドってなんって大変なんだろ! もう無理ぃー! 玲―!」
夕方、ヴィクトリアチャームの仕事を終えて帰宅した沙也加は、玄関でスニーカーを脱ぐとそのまま、フローリングの床に倒れこんでしまった。
「はいはい、おかえりなさい。どうしたの、何があったの? 怪我でもした?」
朝、外を散策しにいったままの格好で部屋奥から現れた玲は、沙也加の腕をつかむと、全身をひょい、と肩に担ぎあげてしまった。
「へ? いや、怪我はしてない――ちょっとおおお!」
そのままリビングへと移動し、長椅子に沙也加をぽいっと捨てると玲はキッチンに移動してしまう。
「え、ねえ、玲? どういうこと?」
「そういうこと。オートリテが充満したから、もうこれくらいはできるわ」
「まじか! 復活早くない!?」
「沙也加が面倒見てくれたお陰かもね。そこでおとなしくしていてね。晩御飯、まだ炊けてないから」
「え、そんなことまでしてくれているの! さすが玲! ボクには玲が足りない!」
「なによ、私が足りないって? どういうこと?」
キッチンで包丁をつかい、何かをトントンと切る音がする。
昨日目覚めたばかりなのに、もうそこまで順応したのか、と驚く沙也加は成分が足りない、とよくわからないことを口にした。
「玲の味が足りないの」
「私の味? 食べてみる? 美味しくないと思うけど?」
「そういう意味じゃなくて! こっちの世界じゃ愛する人の愛情がなんだか不足している時に、そういって抱きしめてもらって、満足するの!」
「私、沙也加の恋人じゃないんだけどなー」
玲は長椅子にだらしなくのけぞる沙也加に、テーブルの上を片付けるように指示を出す。
沙也加は対エヴォル戦における防御能力や回復能力においてはスカッド随一の実力を誇るが、いかんせん、女子力が低い。
玲が目覚める二週間の間、お菓子やジュースをたくさん買い込み、ほぼそれだけで食事をしていたような発言をしていて、玲はちょっと驚いていたのだった。
「えー、なに作ってくれてるの?」
「お米と葱があったから、昨日の冷凍餃子とか冷凍肉を使って、簡単な中華風スープを作ってみたの」
「え、なにその適応力」
沙也加がお菓子とマンガや雑誌で山積みにしていたテーブルの上はきちんと片付けられ、汚れも綺麗に拭き取られていた。
いま上にあるのは玲が地球の勉強用にと利用していたタブレットと、数冊のファッション雑誌。玲はT―TUBEの動画を見て、今作っている料理を思いついたようだった。
「持って行くからこれ敷いて」
「はいはいー。お皿も貰うよ」
「うん、ありがとう」
鍋敷き代わりの布巾に、取り皿とお茶碗、コップなどが並んでいく。真ん中にこぶりの鍋が置かれて、蓋を開けるとふわふわと白い湯気の下から溶き卵でとじた中華風スープが現れた。
「おおー! すごい、ちゃんとした料理だ……」
「なに言ってるの? オルスでもちゃんと私は作っていたわよ」
「さすがボクの嫁! このまま結婚したいくらい!」
長椅子の隣に座った玲をぎゅむっと抱きしめて沙也加は叫ぶ。
「ちょっと、料理がこぼれるー」
「うーん、これ、この柔らかな感触がボクには最高なんだ! これこそ仕事を終えた最大の醍醐味、素晴らしいご褒美だよ、玲!」
「あ、あのね。はいはい、ほらもう離れなさいってば」
「もっとボクを愛でろ、玲! 今日は本当に最悪だったんだから」
「あのねー。御飯。もう……仕方ないわね。なにがあったの?」
玲味はこうして吸収されているのだろうかと、不思議なことを考えながら玲は甘えん坊の沙也加の頭を撫でてやった。
玲をきつく抱きしめたまま沙也加はうりうりと胸に頬を摺りよせてくる。
これが同性で親友だからまだいいが、もし好きになった異性がこんなことを要求してきたらどうなるんだろう、と玲は心でため息を漏らした。
「あのね、職場で厳しい社員さんがいるんだ。もうそこまで指摘しないで、って泣きたくなるくらい厳しいの」
はあ、と大きくため息を吐く沙也加。
余程、緑川の指摘が嫌だったのか、その目尻には微かに涙が浮かんで見えた。
玲はアルバイトとやらが、任務を遂行するために必要だと理解しているから、ちょっと厳しいことを言ってしまう。
「でも任務なんだから仕方ないじゃない。仕事で泣き言いう沙也加は珍しいわね」
「いや、単なる愚痴だから……それに、ここはオルスじゃない。殺し合いはしなくていい」
「まあ、そうだけど。でもエヴォル回収はしないといけないわ」
「そうだね……。ボク、もうこのまま任務から離れて玲と二人で暮らしたい」
「沙也加……」
相棒の我慢の限界がきていのだと、付き合いが長い玲にはよく分かった。オルスでスカッドに所属していたころは、誰よりも任務に対して忠実で達成することに意欲を掲げていたのが沙也加だった。
その彼女がこれほど落ち込んでいるのはどうしてだろう?
玲には戻れない故郷、離散したメンバー、目覚めなかった自分、孤独の二週間という時間が、沙也加の心を確実に削っていったことが手に取るように理解できる。
こつん、と沙也加のおでこに自分のおでこを当てて「大丈夫、もう私がいるから」と玲は優しくささやく。
そうしたら満足したのか沙也加は玲の腕から抜け出して、鍋の蓋を開けた。
玲はいままでの言動とのギャップに唖然としてしまう。
「うん――お腹空いた。さ、ごはんだ!」
「ってええ? さっきまでのはなんだったのよ!」
「いや、なんかしんみりとしてみてもいいかなーと。あ、任務から離れるとかはないから安心して」
「なによそれ。私の心配を返しなさいよ、沙也加ったら、もう――」
「わーい溶き卵だ。ボク、これ大好きーなんだよね。こっちで目覚めてコンビニで固形スープ買ってから病みつきになって」
「心配して損した」
お玉で煮込んだ餃子の形が崩れないように気を付けながら、沙也加が玲と自分の分をついでくれている間に、玲は御飯をお茶碗によそいで、冷蔵庫にあったお茶のペットボトルを開ける。
「いただきます」
と二人で手を合わせて唱和すると、もうオルス人ではなく地球人になったかのような感覚を覚えた。
「まあ、とにかくだ。ボクは今日、残業も含めて十時間労働を、初めて体験した」
玲はそれはすごいわねーと言いながら、昨夜、沙也加がコンビニで購入したままになっていたサラダのパックを開け、皿に盛りつけてドレッシングをかけていた。
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