第9話 消えたメンバーの真相

「どうしたの、それ」

「気にしない、気にしない。はい、まずこれ。頭に当てて、他にいたいところはこっちを貼る」

「ありがとう」


 本来は冷やしておでこに巻くタイプの保冷剤をタオルに巻いて、後頭部にそっと当てる。

 ひんやりといい心地がして、思った以上に大きなたんこぶができていたのだとわかり、玲はびっくりした。


「こっちは明日の御飯と飲み物。これ飲んだら寝込んでいるときとか、水分補給に楽だから」


 1リットル程度の大きさのペットボトルが数本、冷蔵庫に入れられる。あんなに買ったから重そうに見えたのか、と玲は重いものをもたせたことに心で詫びた。

 ほかにも沙也加はつぎつぎとビニール袋から食品を取り出す。


「これはおかゆ。温めるからちょっと待ってね。明日は、おかゆのレトルトで味違いのもの買ってきたから、これで我慢してね。いま給料日前なんだ」

「え、ええ。うん、ありがとう」


 給料日とは何のことだろう、と玲はまた首をかしげる。

 沙也加はレンジのなかにパックごとレトルトのおかゆを入れたらいいのだと教えてくれた。


「ほら、ここに温める時間書いてるから。一分はわかるよね、玲?」

「時計の見方ならだいじょうぶ」


 壁掛け時計を指さして、「二十一時十五分」と玲は返事をする。

 正解、と沙也加が褒めてくれる。

 彼女の方は冷凍庫から冷凍食品を取り出して、餃子とかスパゲティを用意しながら、顔面から疲れが消えない玲をテーブルに座らせて動くな、という。

 玲はこのくらいの疲れはスカッドの任務で慣れている、と言いたかったが沙也加の優しさに甘えることにした。


「はい、できあがり! スパゲッティポマドーロ、茄子の揚げびたし、餃子と――玲にはたっぷりの鶏そぼろ入りおかゆを御進呈! さあ、召し上がれ」

「ありがとう、沙也加! でも……真っ白だよこれ。ほとんとお米だけ?」

「体調が悪いときは、それがいいの! ボクはたくさん好きなものを食べるけど……餃子、美味しい! 明日、バイトがないからできる贅沢!」

「あ、ずるいー! 私だって食べれるよー」

「玲はまだだめ。明日いちにち、おとなしくしてから事務所に挨拶に行かないと。一日あれば体力回復するでしょ?」

「オートリテがあれば、たぶん」

「核のは使わせないからねー」

「はいはい、ならこっちもらうんだから!」

「あー! 駄目、茄子はだめ! ボクのお気に入りなのー!」

「もうもらっちゃいましたー残念―」

「くうううっ、ボクの茄子の揚げびたしがあっ」


 うううっ、と沙也加が嘘泣きをしてみせる。

 腕に顔をうずめたあと、ふてくされて顔を上げたら目じりがうっすらと濡れているから、本当に泣いていたのかもしれない。


「泣いてると無くなるよ?」

「うわああっ! 二個も食べないでよ!」

「だって、これなら消化にいいし。美味しいよ」

「玲のばかあっ……半分になっちゃったよ」


 とほほ、と餃子を口に運び沙也加は、いつのまに食したのかレンジで温めるタイプのパック御飯の空き容器をゴミ箱に入れ、新しいのをセットしてチンと鳴らした。

 もくもくとおかゆを食べていた玲は、沙也加の飲みかけたコップに口を付ける。

 中身はまたしても炭酸飲料だった。おかゆとの絶妙な組み合わせのあじわいに、玲はうっと言葉に詰まってしまう。


「ほらみろ、ボクの茄子を食べた罰が当たったんだ」

「なにいってるのよ。美味しい物を独り占めしようとした沙也加にこそ、罰が当たるに決まってるじゃない」

「うっ。そんなこといわないでよ。こうして誰かと食事するなんて久しぶりなんだから」

「あ‥‥‥ごめん」

「いいけどね。玲が目覚めてくれたから、まずは一歩進んだ感じかな」

「ね、沙也加。そのことなんだけど……みんなは?」

「みんな?」


 問われて沙也加はうーむ、と難しい顔をする。

 どんな返事をしようかと思案してから「出て行っちゃった」と、ポツリと寂し気に呟く。


「は? 出て行った……えええ?」と驚いている玲が映り込む窓ガラスの向こうには、ぽつりぽつりと白い雪がいつの間にか振り出した小雨に混じり出していた。


「うん、出て行った。あの時、玲が倒れたとき。エリカやボクと、他のみんなは別々にいたんだ」

「うん、うん、それで!」


 玲はおかゆを食べるスプーンを指揮棒のようにして、沙也加に詰め寄る。

 沙也加は玲を病院に送り、そのままアニーとしての自分と、憑依先の恋水沙也加の意識の混濁がようやく溶けてほどかれ、ひとつなぎになってここに集まる予定だった、と思い返すように部屋の天井を見た。


「リリーナ、アミル、エルダフィーネの三人はもっと早く記憶の融合を済ませていて、すでにこの部屋に戻っていた」

「うん、うん」

「そこの写真をみんな見ていたよ」

「写真……?」


 沙也加が指さした先にあるのは、アンジュバールの五人がライブ後に衣装のままファンと撮ったものだった。

 真ん中にエリカの憑依した玲、隣にリリーナが憑依した詠琉、その隣がアミルが憑依した秋帆。右側にエルダフィーネが憑依した朱夏。そして、アニーが憑依した沙也加がいる。


 憑依体が保持している記憶と融合し、同調できたメンバーは懐かしさを感じるのだろう。しかし、玲はエリカとしての記憶のみで愛川玲の記憶を感じることは、いまはまだない。


「玲が目覚めないとアイドル活動ができない。それ以前に、あの時のこと覚えてる?」

「どの瞬間のこといってるの、沙也加」

「決まってるじゃん! オルスからこっちにみんなで転移してきたときのことだよ! 覚えてないの?」

「それは――」


 個別のカブセルに入って専用の装置で肉体と精神をオートリテにほぼ近い状態にし、地球へと転移してきたのことだ。

 もちろん、エリカにその記憶はあった。玲に転移して目覚めたいまでも忘れていない。


「攻撃を受けた。秘密裏にしかも軍設備の最重要警戒区域で行われていたのに、やってきた連中がいた。みんな、あと少しで精神体すら失うところだったんだ」

「じゃあ、長官は? オルスのみんなは?」

「だから! ……向こうと連絡が取れていたら別行動なんてしないよ」

「そんな――私の……せい?」

「玲のせいじゃない! 意識不明のままで寝たきりの玲のそばに、覚醒したボクらがいたら敵に見つかりやすい。それだけだよ。だって、天眼に似た装置は敵だって装備してる」

「うん……」


 オルスから地球へと特殊スカッドを送り込み、地球にばらまかれているエヴォルの回収を阻止したい誰かがいるのだ。

 それはとてつもない脅威で寝ている状態の玲を守りながら潜伏するためには、少数精鋭が良い、そう考えたのだろう。


「リリーナ……詠琉の計画?」

「みんなで決めたんだよ。アンジュバールで一番すぐれた守護結界を張れるのはボクだ。それにボクはエリカの相棒だよ。見捨てていけるはずないだろ……」

「ごめん、ごめんね、アニー。いいえ、沙也加。ありがとう、守ってくれて、本当にありがとう。私、きたよ、ちゃんとこっちにこれたよ」

「うん、うん。待ってたんだよ、もし目覚めなかったらってずっと怖かった」

「よく頑張ったよね。本当にありがとう沙也加」

「もっと愛でろ! ばか玲!」

「ごめんってば、愛でる……? ああ、こうね」


 抱きしめ頭を撫でると沙也加は「そうそう」としたり顔になる。

 彼女の生来の甘え癖は、転移した程度では変わりそうになかった。

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