第28話 夢のハイウェイ

 平和な日々はあっという間に過ぎ去っていく。

 丁度、あの二人の小さな旅から一ヶ月ほど経ったときのことだった。


 サンゴは朝食の食器を、キッチンで洗っていた。

 ひょこっと、目の前に付いている窓から、ダリルが顔をだした。


「おい、サンゴこっち来てみろよ!」


 顔と服を汗と油で汚してダリルは、とても嬉しそうな表情で、皿を洗っているサンゴに語りかける。


「お皿洗うまで待って」

「そんなん後でだ緊急だ! ほら、早く早く」


 そう急かすと、ダリルは窓から顔を引っ込めて鉄の階段を急いで下りて行った。


 サンゴは、皿を洗い終わると、可愛らしい自前の小さなピンクのエプロンを外し、にやにやと笑みを浮かべた。


「もう……子供みたい」


 ダリルの方が子供で、サンゴの方が大人だと、周囲からしょっちゅう言われることがある。サンゴも自分でたまにそう思うことがあるが、ダリルは紛れもなく大人だ。


 それは、きっとサンゴが誰よりも知っている。彼女は頬を染めると、先に行ってしまったダリルを追いかけラボまでやってきた。


 そこにはダリルが長年かけて製作していた、赤い車があった。アームライトの光を反射して、煌びやかに光っている。


 所々がぜんまいねじや蒸気が抜ける為のパイプで出来ており、今まで彼が製作してきたジャンク品の中でもとてもセンスが良いとサンゴは思った。


 顔を緩ませると、サンゴは車に頬を擦り付けた。


「出来たの!?」


 顔を車から外すと、思い切り喜んだ顔で驚くサンゴ。

 ダリルは自慢げに親指を立てて、白い歯を見せた。


「あったりめーだろ、俺を誰だと思ってんだ」

「じゃあ乗せてよ! どらいぶいこっ!」


「いいか? 何度も言ってきたがな。俺の夢は絶世の美女をこいつに乗せて……」

「ふうーん、ここに未来の美女がいるのになあ」


「けっ、十年後に出直してこいや」

「いいから乗せろー!」


 サンゴは屈託のない笑顔で、車に乗り込む。


「どらいぶっ! どらいぶっ!」

「ったく……しょうがねえ奴だな」


 助手席ではしゃぐ、わがままで生意気な可愛い相棒を見て、ダリルは思う。


 ……やっと夢を叶えることができた。


 助手席に座るのは絶世の美女とはちょっと違うけれど、彼は念願の夢だったドライブへようやく行くことができる。



――絶世の美少女を乗せて。



          *      *      *



 ――大きな晴天の青空の下、心地よい日差しを浴びながら、鳥達の囀りを聞く。

 白い雲は、風に急かされ急がしそうに姿を変えている。


 車のエンジン音が元気良く唸っている。蒸気が抜ける音もする。

 壮大な荒野の上に敷かれた人っ子一人居ないハイウェイを、一台の車が直進していた。


 サンゴは、運転中のダリルに「何処に行くの?」と聞いてみるが、「ドライブに行き先なんてないのさ」と調子よく言うだけで、答えてはくれなかった。


 再び空を見上げる。自分はとても大きな世界で生きてきたのだと、隣のダリルの機嫌良さそうな鼻歌を聴きながら、少女は生きていることを実感し、目を閉じた。


 ここ最近、急に瞼が重くなって、眠たくなることがある。

 一日の睡眠時間が、いつもより長かったりする。


 今、この環境は、気持ちよく睡眠に入る為の条件をいくつも満たしていた。


 暖かい日差しと、心安らかになる風、鳥たちの話し声。……しかし、ダリルの鼻声は含まれない。


 サンゴは風に髪を弄ばればがら、瞼を閉じて眠たそうにダリルに話しかける。


「ダリル……生きているって、とても良いね」


「あたりまえだろうが。まだ見ぬ美女が予約済みだってのに、お前は俺のマイカーに一番最初にのった奴だぞ。世界一幸せな奴だ」


 サンゴはくすくすと笑うと、顔を横に向けて、ダリルの整った横顔を見つめた。


「わたしだって、きっと大きくなるもん。きっとお胸が大きくて、お腹がへっこんでる、ナイスバディな素敵な大人の女の人」


「なんかお前が言った通り頭の中でそのまま成長させたら、すげえ化け物になったぞ」

「知らないよそんなのっ」


 サンゴは頬を膨らませると、ふううと口内の空気を周りの風に紛れ込ませていく。


「そしたら……ダリルはわたしと結婚してくれる?」


 前を向いていたダリルは驚き、助手席のサンゴに顔を向ける。


「またお前は……そんな言葉を何処で覚えてきたんだ」

「あら、わたしって、デイゼルの男の子達からはモテるんだよ、モテモテだよ」


 悪戯に笑みを見せると、サンゴはけらけら笑った。


「ばーか、お前っ……そーなる頃には俺はただのおっさんだ。そーいう台詞はな、もっとちゃんとした奴の為に取っとけ」

「ふふふ。絶対言うと思った」


 手元に口を当てて、彼女はダリルをからかう。


「ねえ……ダリル、わたし……生きている理由……やっと分かったよ」


 ダリルは黙っていた。出会ったばかりの頃、彼女の口から自分の意思で初めて出した言葉の答えをサンゴは言うつもりだ。


「わたしはきっと、ダリルに会うために生きてきたんだ。ダリルと一緒に生きていく為に。ダリルと一緒に暮らして、仕事をして、ときにはケンカもしちゃうけど、夜は焦げた卵焼きを二人で一緒に食べて。わたし……とても生きていた。今までで、一番生きていたんだ」


「そいつは、どーも」


 表情を押し隠して、ダリルはどもった。


「ダリルが毎晩わたしの為に、何かの勉強をしていたのも知ってる。ダリルは素直じゃないけど、とっても優しい人だよ」


「そんなこと……してない」


 ダリルは、サンゴが人間兵器であることが分かってから、毎晩寝ずに爆弾についての専門書と医学書を読み込んだ。


 人間の心臓に取り付けられた爆弾の解除法について、独学で勉強し解除が出来ないか模索していた。


 様々な仮説を立て、きっと世の中の誰もがやったこともないだろう手法で挑戦し続けた。サンゴが寝静まった後も、四号と呼ばれていた少年にしたように、胸を開けて爆弾を解除をしようとしていたのだ。



「ダリル……」



 サンゴは、とろっとした瞳の焦点を、ダリルの潤んだ瞳へと合わせる。



「大好きだよ……」



 サンゴはダリルに穏やかな笑顔でそう言うと、すぅっと安らかな眠りに入った。

 ダリルは右手を伸ばし、可憐な少女の柔らかな髪を撫でた。



「おやすみ」



 耳を赤くさせて、幼子を寝かしつけるように、そう言った。

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