第26話 失ったとき
世界が止まる。
思考も止まる。
――どうしたの?
天からの声が聞こえる。何となく、天使の梯子も見える。
とても神々しいのに、何処か胸がほっとする。
天使が迎えに来てくれたのか?
ダリルが庇うように抱きしめている少年は不思議そうに顔を傾げている。
身体全身汗まみれで、少年の肩を握る手の甲まで汗が噴きだす。
ダリルは自分の身体に寄せた少年と、視界に入った自分の手を見ると、安堵の溜息を吐いた。
「……死んで、ない」
顔が汗でびしょ濡れのダリルは唇を震わせながら、何とか言葉にする。
背後から革靴を鳴らす音が聞こえる。
「すまない、どうも起爆のリモート操作がエラーを起こしている。命拾いしたね」
泣きぼくろの男はダリルから少年を引き剥がした。
まるで生きた心地がしない過呼吸のダリルは、尻餅をつけて身体の力どっと抜いた。
「ダリル!」
すぐさまサンゴはステージに駆け上がり、その場にへたり込んでいるダリルの胸に飛びついた。自分の顔を押し当てぎゅっと離さなかった。
「賭けは君の勝ちのようだね。起爆させたいときに起爆できないようでは欠陥品もいいところだ。君、このリモコン調べといて」
泣きぼくろの男は近場の黒服を呼びつけると、手に持った欠陥品らしいリモコンを手渡した。
「そいつは、欠陥品なんかじゃねえ……」
息をするのもやっとなのか、ぐらんぐらんと揺れる世界の中で、顔色の優れないダリルは、泣きぼくろの男に睨みを利かせる。
「ははは、君ならそんなことを言うと思っていたよ」
泣きぼくろの男は頬をあげてにこやかに笑う。
「でもそうだね、欠陥品の一言で全てを結論付けてしまうのも、それはそれでつまらないかもしれないね……欠陥品だからこそ、何か光るものがあるかもしれない」
泣きぼくろの男は遠くを見て、何かを考えるように顎を撫でた。
「……そいつをどうするんだ」
サンゴを抱き寄せながら、ダリルは泣きぼくろの男を睨む。
「うーん……そうだね。君が語っていた飛行船にでも乗せてみようかな。四号がどういう反応をするのか、今から楽しみだよ。確かにこの考え方は面白いかもしれない」
泣きぼくろの男はにやにやとした表情を浮かべる。そして思い出したかのように指を立てた。
「あ、三号の処置については君に任せるよ。くれぐれも大災害だけは起こさないでくれよ。いつかその情報を耳にしても、僕らは全力で知らん顔をするからね。ほら、さっさと行かないと、また銃口を向けちゃうよ?」
全く冗談に聞こえないが、きっと本人にとってはそうなのだろう。笑って男がそう話すと、ダリルとサンゴは踵を返し背を向けてホールの入り口まで歩いた。
「そうだ、ダリル君。……君とはまた何処かで会いそうな気がするよ。僕は君のことが好きになってしまったみたいだ。あ、名前をまだ言っていなかったね。僕の名前はオニロ。しっかり覚えておいてね」
「……気持ち悪りいな、お前。絶対に会わねーよ」
「そりゃあ残念だ。でも未来なんて誰にもわからないものだよ。それが人生って奴さ」
「……何言ってんだか良くわからねえな」
「あ、それと……」
オニロはダリルとの距離を詰める。ダリルは自身からサンゴを離し、構えを取る。
「やだなあ、そんなに怖い顔しないでくれよ」
オニロは恐れずそのまま歩を進め、ダリルの耳元でぼそりと何かを呟くと、身を返す。
「…………」
ダリルは表情を変えなかったが、唇を強く噛み締めていた。
にこっ、と整った目鼻立ちを二人に向けると、今度はサンゴの方に近づいた。
「……三号、いや、サンゴ……君も今まで良くがんばったね。お疲れ様」
「へ……?」
オニロの笑顔に思わず顔の緊張が解けるサンゴだったが、その言葉の真意には何か別の意味がある気がした。
「おら、いくぞ……」
「ダリルさっき何を言われたの?」
「なんでもねえ」
サンゴとダリルはそのままホールを後にした。
――オニロの元にスキンヘッドの黒服の男が近寄った。
「良かったんですか、これで」
「ああ、あの男はとても面白いよ。もうぞっくぞくしてきちゃったよ。自分の命よりも、三号や四号の為に死ぬことを選んだんだ。
まさかここまで面白い研究結果になるなんて思わなかったな。あのとき、三号の突発的な脱走を放って置いて正解だった。まさか此処まで素敵なシナリオを持ち運んでくるなんてね」
にやにやと怪しい笑みを浮かべると、オニロは欠けた仮面を外して胸に手を当てた。
血糊が裏側に大量に付いている。
「大量殺戮兵器の子供が、日々を億劫に過ごすだけの死んだような大人に希望の光を灯すなんて泣かせるじゃないか。……あ、僕の演技どうだった?」
「素晴らしかったですね。鬼気迫っていました。本当に彼をそのまま殺しそうでした」
「そんなことする訳無いじゃないか! あはは、君はとても痛そうだったけど、大丈夫かい?」
「ええ、痛かったですとも。さっきまで気絶してましたから。あ、オニロさん」
スキンヘッドの黒服はステージから離れると、手で合図をした。
オニロは大笑いしながらステージの中央に立って、床に落ちているマイクを拾った。
『ええと、会場の皆様、今回は【救世の子供達】の特殊技能審査会にご足労頂き、誠にありがとうございます。評価シートは後ほど係りのものからお渡しさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします』
オニロは盛大な拍手を浴びると、笑顔でそれを受け入れた。
そのまま、【救世の子供達】四号の少年と、スキンヘッドの黒服と共にホールを出た。
「――では、彼には本当にこのまま何も教えないので?」
「ああ、あそこまで純な気持ちを持った人間が彼女とこれからどうなるのか、行く末が気になるじゃないか。彼がどういった結末を選ぶのか、とても興味深いね」
オニロはにやっと笑みを浮かべて、軽く顎をなぞる。
「僕達もまた、人に夢を与える救世主なのだからね。彼には救われてもらわないと困る。きっとまた会うことになるよ。近い将来、絶対ね。そうしたら必ず僕の部下にするからね、彼は」
「絶対言うこと聞かなそうですね……あの感じだと」
「上司に楯突く部下じゃないと、可愛げ無いじゃないか。君も従ってるだけじゃなくて、たまには反論してくれなくちゃ、僕つまらないよ」
「すいません」
「それに、後ろから見てたけど、やっぱり素質あるよ。彼」
オニロは嬉々とした表情で、隣を歩いている少年に声をかける。
「四号、君は飛行船に乗って飛びたいのかい?」
「うん! とびたい」
「ははは、凄いな、笑っちゃうな。とても良い返事だ。四号機のAIプログラムは本当に素晴らしいな。人間そのものだ。よし、では共に飛行船に乗ろうではないか!」
「あのおにいさんにはもうあえないの?」
少年は首を傾げた。
「大丈夫さ、君はこれからまた違う人の元へ行くんだ。ふふ、次はどんな実験結果が得られるか今から楽しみだよ。あ、君、ダリル君の行く末はしっかり記録しておいてくれよ。また張り付きでよろしくー」
「わかりました」
スキンヘッドの黒服が、そう返事をした。
「よし、僕達もまだまだ始まったばかりだ! 盛り上げていこう」
「なんかオニロさんってポジティブな変態ですよね」
――自己が確立したAIが死んでしまう、ということは生身の人間が死んでしまっていることと、本質的には変わらないのかもしれない。
私達は、そういった意味では人殺しかもしれない。人の心が無いと言われても、頷くしかないだろう。
だが、日々の人生を怠惰に過ごすだけの人に。人生に楽しさを見出せなくなった人に。 そんな、生きる希望を失った大人達に、人生は素晴らしい。と、一言そう言わせられるような、出会い。
そんな輝かしい毎日の中で、共に築き上げていく信頼関係は自分達で培う生きる証だ。
【救世の子供達】から、大人達への慈愛を送ろう。
私は、この【救世の子供達計画】に誇りをもっている。
たとえ、子供達を失ったとき、彼等をより逞しい大人に変えてくれるだろう。
人間とは、何かを失って初めて強く生きるものなのだ。
――オニロ・ギヴ(満五十九歳没)
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