第23話 ごめんなさい

 自分が、普通の人間だった……? サンゴは信じられなかった。自分は最初から大量殺戮兵器だと思っていたのだ。


「なんで、そんなことを……」


 ダリルも動揺を隠せないのか、サンゴの表情に、言葉を詰まらせた。

 仮面の男は、虚空を見たままずっと固まっているサンゴを指差した。


「良い質問だね。では何故、生きた人間を兵器にする必要があったか。理由は簡単だ。だって君、三号のことをちょっと知識の遅れた普通の子供だと思って疑わなかっただろう? 小さい子供の外見をしていれば、そいつが大量殺戮兵器だなんてまず疑わないさ。


 それどころか、か弱い生物を守りたい。助けてあげたいという気持ちになるのが人間の本能というものだ。たとえ荒っぽい戦場とはいえ、敵だろうと多少は躊躇う筈さ。むしろ戦場の天使として笑顔で両手を広げる兵隊もいるかもしれないね。そういった深層心理にも僕は研究を注いでいる。


 【救世の子供達】となるドナー達に関しては、物心の付かない赤ん坊の内に施設に入れるから、知識や言語も最低限のことしか与えていない。そもそも、自分達の存在意義についても希薄だっただろう。君はどうだった? 三号」


 固まった蝋人形のようなサンゴに回答を求めるが、彼女は決して口を開かない。瞬きもしなかった。


「お前……本当に人間か?」


 ダリルが目の前の仮面の男にそう質問する。


「人間だよ。とても人間らしい人間だと、僕は思っているよ」


 表情を仮面の下に隠し、にこりと笑うと仮面の男は喋り続ける。


 ダリルは、もう頭が痛くなってきてしまった。


「君、今何でそんなに惨いことが出来るんだ、とかそんなこと考えたんでしょう。うん、いいよ、じゃあ説明しようか。


 例えば、その三号が、何処かの貧しい紛争地帯で起爆することで、たくさんの人間が死ぬだろう。だが、反対にそれで助かる人達や、食べていける人が大勢存在するという事実を忘れちゃいけない。たった一つの命で、沢山の命が助かるのならば、その名の通り、救世主として名高いばかりじゃないか。三号、君はそんな使命を背負った救世主、【救世の子供達】なんだよ。君が死ぬことで結果的に世界中の人の命が救われることになるんだ」


 自己満足とも思える大演説を終えると、満足したような顔で、シャンデリアの光を全身に受けた。


 ホール内に盛大な拍手が響く。一体こいつ等は何に向けて拍手をしているのか、ダリルには分からなかった。頭痛も酷くなってくる。


「やめろお前ら! 何拍手なんかしてるんだ」


 ダリルが乱暴に腕を振ると、観客席の声援は静かに無くなっていった。


「――因みに、三号の起爆条件は、さっき言ったように、心臓が止まることだ。寿命も、こちらでしっかり十年と、設定させてもらっている。……三号、お前、今いくつだ?」


 にやりと仮面の下からでも分かる程、露骨に不快な表情を見せてきた。


「てめえ! そんなことが信じられるか!」


 口調に怒気が混じり、眉を顰めて睨みを利かせると、ダリルは勢い良く身体を傾け、左手で仮面の男の胸倉を掴んだ。


 そのまま右手で拳を振り下ろす――だが、ダリルは右手首を強く掴まれ、そのまま背面に右腕を捻られ固定されてしまう。背後にいたスキンヘッドの黒服の男の仕業だった。


「これ以上手を出すようなら、折る」

「ぐっ……」


 みしっとダリルの右腕が悲鳴を上げる。もの凄い握力でダリルの腕を掴み、力の入らない体勢へと持っていかれてしまう。


 完全に不意をつかれ、一本取られた挙句、このままでは本当に腕を折られてしまう。


「ダリル!」


 少し離れた位置から、サンゴは心配そうにダリルの名前を呼んだ。


「大丈夫だ、黙ってろ」


 ダリルは苦い表情で、こめかみから汗を流す。

 男はそんな一部始終を冷静な顔で見届けると、構わず喋り続けた。


「三号、因みに僕も君の実の親ではない。最低限の言語や教育を施したのは僕だが、血縁関係にはない。実親は、心臓が弱く短命な君を僕達にドナー提供することで、それ相応の報酬を得ると国外へ逃げて行ったよ」


 サンゴは、仮面の男の言葉で、初めて自分がこの男の本当の娘ではなかったことを知った。

 また、自身が大量殺戮兵器だということしか知らないサンゴだったが、【救世の子供達計画】の全貌をはじめて耳にした。


 つまり、自分は最初はどこにでも居る普通の子供だったということだ。


 衝撃的すぎて、さっきから考えが纏まらないサンゴだったが、彼女にとってそれよりも根っこの部分で、考えるべきことが頭の中に芽生え始めた。


 では本当の親とは何故、国外に行ってしまったのか。

 何故会いに来てくれないのか。


 とても悲しく思うと同時に、形容し難い孤独感に襲われる。


 今までの時間は一体なんだったのか。白い部屋で過ごした、夢も希望も無い、永遠のように長く、とても退屈だったあの時間は一体なんだったのだろうか。


 昔ならば別にそれで良かった。でも今では、それが如何に無駄な時間だったのか、身に染みて理解することができる。


 もっと沢山の夢を、サンゴは見ることが出来たのだ。


 大自然の中を自分の足で立ち、青い空を瞳いっぱいに映して、鳥の鳴く声を耳で聞いて、頬を擽る風を感じて、胸いっぱいに自然の香りを堪能したら、暖かい地面に身を預けるのだ。横にはきっと、しかめっ面のダリルが居て、サンゴとくだらないことで喧嘩をしている。でも、直ぐに二人は笑い合うのだ。


 そんな光景を夢で終わらせないことも出来たのに……。


 サンゴはダリルと出会う前の生きてきた軌跡をなぞった。しかし、何も浮かび上がってこない。辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、腹の立つことも、誰かと一緒に話をした思い出さえも、本当に何一つ、これっぽっちも浮かび上がらないのだ。


 こんなに虚しいことってあるだろうか。


 普通の子供として生きていれば、こうはならなかったのだろうか。当たり前の愛情を親から注がれ、あの蒸気機関車の中で仲良く対話する親子のような関係に、なれたのだろうか。


 だが、実の親に売られ、【救世の子供達】として生きることとなった以上、もう望めない儚い夢である。


 何故自分だけがそんな使命を背負わされ、世界の為に死ななくてはいけないのか。

 やりたいことは沢山ある。何故それをやってはいけないのか。


 もっと普通の生き方がしたかった……。


 ダリルは今までの事実を聞いて、どう思っただろうか。彼女にとってそれだけが気がかりだった。今のサンゴにとってはダリルの存在だけが、自分の自我とこの世界とを繋いでいる一筋の希望だった。


 黒服の男に右腕を押さえ込まれながら、強張らせた顔でダリルが彼女を見つめた。

 ダリルの口から出る言葉が怖い。とても、とても怖い。サンゴは怯えた。


「サンゴ……今までの話は本当なのか」


 ダリルは、腕の痛みを耐えながら、問う。

 サンゴは人間兵兵器で、周囲の人間を巻き込み死滅させてしまうという話だ。


 そしたら、彼女は死んでしまうのか? たったの十歳で? こんなに小さいのに。人間としてまだろくな生き方も出来ていないだろう。ダリルはサンゴのことを思うと、とても胸が苦しくなった。


 先程は信じられないと反発したダリルだったが、サンゴの表情と、周囲の人間達の数に翻弄され、あながち嘘とも思えなくなっていた。


 ダリルは納得がいかない表情で、サンゴの震える肩をただ黙って見ていた。


「……ごめんなさい、黙ってて。本当にごめんなさい」


 サンゴはただ、青い瞳から大粒の涙を溢れさせて、涙声でそう言った。

 きっとこの表情になるまでの数秒間は、彼女の中で幾千の葛藤が行われたのだろう。


 揺れ動く雑念や、数々の想いが彼女を苦しめた筈だ。


 ダリルとの生活や、出会う前の日々の間に、もしかしたら理不尽な運命を呪ったり、他人を妬んだりしたかもしれない。そんな感情を詰め込んだ生きた証が、サンゴの瞳から涙と一緒に流れ落ちていった。

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