第17話 必ず、俺と一緒だ

「どうして、こんなことするの?」


 人気の無い暗い倉庫の中、放り捨てられている廃材と一緒にサンゴの身体は縄で縛られたいた。


「この火傷見てみろ」


 男は腰を落とし、地面に寝転んで身動きが取れないサンゴに自分の腕を見せた。


 肌の一部分が黒く変色していて、皮が所どころ乱暴に破けている。見ているだけで、とても痛々しい。


 三ヶ月程前に、ダリルとの戦闘で負った傷だった。


「俺はあいつの、楯突こうとする姿勢が子供の頃から気に食わなかった。思えばジャンク品子供大会でもそうだった……」


「でた、ダゼラさんの昔話。これが始まると本人の活躍シーンが語られるまで話し続けるからなあ……話面白くないし」


 手下の太った男が愚痴をこぼす。ダゼラはとても器が小さい男だった。


「こら君、ダゼラさんの悪口はわたしが許さないぞ (あのときの話はお腹を抱えて笑ったなあ)」


 細身の男が、太った男を叱る。この二人はかつてダゼラに憧れ、弟子入りを果たしたのだが、それぞれダゼラの違う面に憧れているのだった。


「うるせーなお前は、ダゼラさんは何と言ってもあの不細工な顔が良いんだろうが、異論は認めん」

「黙りたまえ! ダゼラさんはあの古臭くてテンプレな所が最高に面白いんだ、彼こそ真のコメディアンだ」

「お、おい…………おれは不細工でもコメディアンでも……ないぞ」


 ダゼラは弟子二人が突如始めた言い合いに入り込めず、気まずそうにうろうろしていた。


「変な人たち……」


 サンゴも呆れ顔で、その光景を見ているのだった。



「――今時復讐かよ、だっせーな、ダゼラ」

「ダリル!」


 サンゴが倉庫にやってきたダリルの名を叫ぶ。


「よう、ようやく来たか、ダリル」


 ダゼラは待ちくたびれた顔で、嫌らしい笑みを浮かべた。


「訳の分からない手紙寄こしやがって、首を洗って待っていろって書いてあったのに何で呼びつけてんだよ」


「ふん……そんなことはどっちでもいいんだ」

「ただ使いたかっただけだな……だっせ」

「まあ、でも実際ださいよな、人質取ってるし、集団だし。さすが不細工」

「そんなことはない! (ようやく来たか、とか古すぎて面白いですダゼラさん)」


 手下二人は、ダゼラの晴れ舞台をおしゃべりで邪魔する。


 ダゼラが手下二人を睨むと、二人はぴしっと姿勢を整え、忠実な犬のように口を閉じた。

「ちゃんと手ぶらで来たんだろうな?」

「ああ、気が済むまでやったらどうだ、怒りんぼのダゼラちゃん」


 ダリルは手を広げて、何も持っていないことを証明する。腰に巻いていたベルトも、バックパックも全て外して来ているようだ。


「何確認してんだろうな、まじ不細工の鏡だわ」

「失礼な! あれで慎重なお方なのだ! (きっと反撃されることを恐れているんだ! あんな顔でなんて臆病者なんだ! 面白い人だなあ)」


 再びダゼラが手下二人を睨みつけるが、手下は輝かしい尊敬の眼差しをダゼラに向けていた。


「よし、んじゃあ、おっぱじめるとするか……」

「不細工かよ……」

「ぶふっ、おっぱじめましょう! (だめだこれは面白い)」


 ダゼラが、古臭い台詞と共に腕を上げると、手下の二人も半分笑いながら、それに続いた。

 対象を囲んだ三人は、ダリルを早速、袋叩きにした。


 抵抗することなく、至る所を、ただ殴り続けられるダリル。


「ダリル……! なんでやり返さないの」

「ごっは、へ、……お前は大人しくしてろ」

「ダリル!」


 鈍い音と、口から飛び出る赤い血を見て、サンゴは平然では居られなかった。


「やめてよ……やめてよ!」


 頭の中が真っ白になる。胸の中がむかむかして、感情が爆発する。


 彼女の柔らかい頬を、一筋の光が伝った。その青い瞳から流れたものは人生で初めての、涙という液体だった。


「なに、これ……」


 サンゴは自分の視界を歪めている正体について、まだ何も知らない。

 何しろ初めて瞳から流れた温かい液体である。


 その正体を確かめるよりも、目の前で痛めつけられているダリルに涙声を荒げた。


「なんでやっつけちゃわないの! ダリルはこんな人達に負けないのに!」


 それは、今まで見てきたどんなサンゴよりも、感情がむき出しになっていた。

 泣き喚く彼女の姿を、ダリルはうつ伏せに倒れながら横目に見ると、にやっと笑った。


「お前な、こんな奴らの前で、涙なんか見せてんじゃねえよ」

「ダリル……」


 重たくなった身体を起こすと、口元の血を拭い、サンゴに向けて言った。


「涙ってのは、嬉しいときに流すもんだぜ。覚えとけよ」


 普段見せない、優しい笑みを浮かべると、ダリルはそう言った。

 サンゴは、歪む視界の中でその微笑みに目を奪われた。


 やはりダリルは、自分にとって大切な存在だ。生きるという理由を実感させてくれた、ただ一人の人間だ。


 たくさんのことを教えてくれた。もしかしたら本人にはそんな気が無いのかもしれない。

 それでもサンゴにとっては、とても特別で大切な人だった。


 傷付けられているのをただ黙って見ているなんて、そんなことは出来なかった。

 ダリルに目を向けると、彼はわざとらしく口元を三度動かした。何かをサンゴに伝えているようだった。


「す」「ぱ」「な」


 彼の口の動きを確認すると、サンゴは小さく頷いた。


 自身の状態を今一度確認する。紐はきつく縛られているが、身体を捻らせることは出来そうだった。


 手首も動かすことが出来る。腰のベルトまで手が届く。指先でスパナに触れることが出来た。これはいつしかダリルから旅の前に護身用として持たされていたものだった。


 後は、ダリルにこれをどう渡せばいいのか。

 考えるのに、そう時間はかからなかった。


「ねえ、変な顔のおじさん」

「変な……顔のおじさんだあ?」


 ダゼラが、顔の表情を変形させた。


「不細工な所が良いのに、あの娘は分かってねえ」

「不細工を馬鹿にしてるのか尊敬しているのか、君はどっちなんだ(顔の変形具合は確かに面白いが)」


 細身の男が太った男にそう話すと、「尊敬してんだよ、不細工って最高の褒め言葉じゃないか」と、最高の笑みで親指を立てたのだった。


「お前、人質で子供だからって、何もされないとでも思ってるのか?」


 ダゼラが静かに、地面に転がって身動きの出来ないサンゴに向かう。

 サンゴは、ダゼラが地を踏む音をしっかりと聞く。


 一定のペースで歩いているのを確認する。

 もう少しだけ近く……もう少し――サンゴは、その瞬間を見逃さなかった。


 身体を僅かに捩り、手首を器用に動かすと、手元に持つ小さなスパナを脛へと力いっぱい叩き付けた。


「うあああ!」


 そのままスパナを思い切り投げつける。

 その矛先はコンマ数秒前から既にこちらに走り始めている、ダリルの足元。


 ダリルはサンゴに親指を立てると、高く飛び上がりそのままダゼラの背を蹴り飛ばした。


 足元にからんと転がった小さなスパナを拾い上げると、ダリルを後ろから追ってきた、やる気の無い手下二人の頭にスパナを叩き込む。


「ぶさっ」

「あはっ」


 太った手下と細身の手下の二人は簡単に地面へ崩れ、残るは倉庫の角へと吹っ飛ばされた、ダゼラだけとなった。


「よお、ダゼラ」

「げっ……」


 ダゼラが身体を起こすと、肩をスパナでとんとん叩きながら、不機嫌そうな表情で見下ろしてくるダリルが居た。


「わ、悪かった! 何でも言うことを聞く! すいませんでしたあああ! ひいい」

「……知ってるか、涙ってのは、鼻水小便撒き散らしながら流すもんだぜ。いひひ」


 泣き叫ぶダゼラと共に、気持ちの良い金属と人骨がぶつかる音が倉庫内いっぱいに鳴り響いた。


 辺りには気絶する男三名と、ぼろぼろのダリル、紐で縛られたサンゴだけが残った。

 ダリルは腰を落とすと、床で縛られて寝転んでいるサンゴにの縄を何も言わず解いた。


 涙と鼻水で顔をぐじゅぐじゅにしたサンゴ。


「ひっく、ダリルぅ……」


 サンゴは嗚咽を上げて縋るようにダリルの名前を呼ぶと、胸にしがみ付いてきた。


「……ったく、ひでえ顔だな」


 まさかサンゴがここまで感情を表に出すとは、と思いつつ少し照れ笑いを浮かべ、ダリルはサンゴの身体を優しく抱いた。


「怖かった、怖かったよぉ……」

「サンゴ、悪かったな、来るの遅くなっちまったな、何もされてないか?」


「何もされてないよ、大丈夫。それより……ごめんなさい、喧嘩しちゃってごめんなさいっ」

「今更何謝ってんだお前は、そんなことより、お前は独りで何処かに行こうとするな。必ず、俺と一緒だ。分かったか?」

「ぅ、うん……ひっく」


 お互いのぬくもりを感じながら、サンゴが落ち着くまで、ダリルはか弱いその身体をずっと抱きしめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る