第7話 ねえ、ダリル
「なんだよ、着いてきたのかよ」
自宅の前でダリルは、サンゴを振り返った。
サンゴは真っ直ぐ、ダリルの瞳を見つめた。
「わたしに、いきるりゆうをおしえてほしい……」
「そんなん俺が知るかよ……勝手にしろ」
乱暴にそう返事をすると、扉を開けて家に入って行った。
サンゴは少し頬が上がると、足踏みをいつもより高く上げ、ダリルの背中を追う。
サンゴは、ふと、自分の背面に温かなものを感じた。
振り返ってみると、眩しい光が差し込んでいることに気がついた。
何層にも重なる暖色。夕色の空の光を。
「また、ゆうがた……」
その光は真っ直ぐ見つめていることが出来なかった。
でも、夕色に照らされる真鍮色に輝く街並みは皆とても綺麗で、その見たことも無い光景にサンゴは心を躍らせた。
以前までだったら、この景色を見ることも無く生涯を終えていたのかも知れないのだ。それは嫌だ、とサンゴは思った。
こんなに美しく、心が躍る風景が目前にあるのに、これを知らずに命を終えるなんて、それは罰ではないのか。こんなにも素敵な舞台が用意されているのに、これを見ないのは人間として生きていると言って良いのだろうか。
サンゴにはまだ分からない。生きている理由が。
だが、自分の意思で何かがしたい、という感情を次第に不思議だと、感じなくなっていた。
サンゴの青い瞳を、夕焼色の光はより一層輝かせていた。
「おいこら、なんで入ってこねーんだよ」
ダリルはサンゴが入ってくるの待っていたらしく、少し顔をいじけさせて、表に出てきた。
「ねえ、ダリル」
「お、なんだよ、初めて名前呼んだな」
初めて自分の名前を呼んでくれたことが嬉しかったのか、ダリルは口元を緩めながらサンゴの元へと近寄る。
「ゆうがた、きれい」
「そうか? 晴れの日はいつもこうだぜ」
だらしなく伸びたままの無精ひげを撫でて、腰ベルトから煙草の箱を取り出す。
「……でも、きれい」
「……そうかもな」
取り出した煙草の箱を捨てると、ダリルは腕を組み夕焼けを眺めた。
夕焼け色に照らされて、二人の影は伸びていった。
* * *
翌日、家の外からなにやら声がした。聞き覚えのある、老人の声である。
「じーさんだ」
小さな窓からひょっこっと顔を出し、目をぱちくりさせるサンゴ。
ダヴィットが階段の下からこちらに声をかける。
「おお、サンゴか、ダリルは居るか? 因みにわしはダヴィットだ」
「ダヴィット」
「そうじゃ、ダリルを呼んでくれ」
「いる。でも、ねてる」
「本当にしょうもない奴だ」
ダヴィットは溜息を吐きながら、階段を上がってくる。そのまま家に上がると、ダリルも寝ぼけながら身体を起こした。
「じーさん? なんだこんな朝早くから」
寝癖頭を爆発させ、片目を擦りながら大あくびをするダリル。
「こんなことだろうと思っていた」
ダヴィットは家の中を見渡すと、呆れるのを通り越してダリルの頭を叩いた。
「んぉ、痛ってーな、何ふんだよ」
まだ夢を見ている最中なのか、呂律の回らない口でその場にへたり込む。
「掃除用具を持ってきた。これから大掃除をはじめる」
「おおそうじ?」
サンゴはダリルの隣で首を傾げる。
「そうだ、お主らの始めての共同作業じゃな」
「きょーどーさぎょー」
サンゴは復唱すると、ダヴィットの持ってきた掃除用具に触れる。
「じょ、冗談じゃないぜ、俺はこの散らかり具合が気に入ってるって言うのに」
「正気か貴様、こんな衛生的にも生活しづらそうな所に小さな子供を置いておけるか。わしも手伝うから三人でやるぞ」
ダヴィットはそう宣言すると、四方八方に散らかるガラクタ、雑誌、ごみというごみを見境無く捨て始めた。
「待ってくれ、話せば分かる、こいつらには散らかっている理由があるんだ」
「そんなものは無い」
ダリルをばっさり切り捨てると、ダヴィットは自分の仕事を淡々と進めた。
「おい本当にやめろよ! あーそれは、大切なものなんだ! あーそれも! まじかよ……じーさん、そいつまでっ……! あぁ~」
ダリルは、顔色を悪くさせながら、床に落ちている自分の作品達に手を伸ばすと、涙声でそれらの名前を読み上げるのだった。
ダリルは、目を死んだ魚のようにして、黙々と自分の作品達を捨て始めた。
サンゴもダヴィットに指示を貰うと、掃除の手伝いをした。
三人で埃舞うごみ部屋を掃除している最中、サンゴが何か発見したらしく、ダリルとダヴィットを呼びつけた。
「なんか、うごいてる」
「おいおい、何だよこりゃ……」
「んむ……嫌な予感がするな」
三人がそう思ったのもつかの間、サンゴが興味本位で突いてみると、その黒いうごめく塊は大量分裂し部屋に拡散した。奴が大量に集結していた塊であるということは言うまでも無いだろう。
奴等は部屋中をカサカサと動き回る。ダリルとダヴィットは顔を青白く染めると、野太い悲鳴を上げて、狭い部屋の中を飛び回った。
「……ふふ」
サンゴはそれを見て少し笑った。何故笑ったのか、良くは分からなかった。でも、とても良い気分だったのだ。
騒動が一通り終わると、サンゴはダヴィットに掃除の仕方を教わった。
それは、子供である自分にも出来ることだった。
ダヴィットは高い背を丸めサンゴと目線を合わせた。
「サンゴ、あいつは大人じゃがまだ子供だ。だから足りない部分は誰かが補わなければいけない。お前が出来るところはお前がやるんだ。ダリルが料理をしてくれたら、お前は掃除をしてあげよう。お互いの足りない部分を補いながら、協力して生きていく。それが共に暮らすということなのだ。分かるか?」
「ともに……くらす。いきる」
「そうだ」
「それ、なんか、いい。きょうりょくする」
「そうだ、お互いを守れる存在になれるようにな」
「まもる」
守るという言葉をサンゴはいまいち理解出来なかったが、きっとそれはとても大切なことだということを、長い年月を渡り歩いてきたであろうダヴィットの白い眼光の奥から、しっかりと感じ取った。
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