くるみと天沢

月都七綺

第1話

「どうやら、椎名しいなのことが好きらしい」


 美術の時間。二人一組で向かい合って、互いの輪郭を描く。ポロリと落としそうになった鉛筆をキャッチして、思考停止した。

 告白された。今、意中の人物である天沢あまさわかおるに、好きと言われた。

 一度深呼吸をして、待て待てと心を落ち着かせる。


「なによ、その予想助動詞は」


 変に取り乱すことなく、いつも通りに。

 鉛筆の芯を滑らせながら、キャンバス越しにチラリと顔を盗み見る。

 ああ、今日も美しい。なんて見惚れていたら、メガネの奥に見える三白眼さんぱくがんが、むいっと上がって。


「一年の正木まさきが」


 ポツリと落とされた名前。少しフリーズして、頭の中を探してみるけど見つからない。


「……え、だれ?」


 あぶない。早とちりで、恥をかくところだった。

 というか、先に言いなさいよ。期待はしていなかったけど、紛らわしい伝え方をしないでほしい。


正木まさきかいり。告白同好会の一人だ。人数が足りず、今月で廃部が決まっている」

「なにその意味不明な部」

「好きなものに愛を注ぎ、それが人ならば愛の告白をしまくる、という部らしい」

「ただのヤバい集団じゃん」


 こわっ、と私は両腕をさする。

 天沢が言うには、同好会最後の思い出に、その正木という人が私に付き合ってほしいのだとか。

 いやいや、おかしいよ。絶対におかしい。

 髪を黒く塗り潰して、木枠へ鉛筆を置いた。


「どれからツッコんでいいか分かんないけど、そもそもなんで天沢に頼むのよ」

「正木曰く、恥ずかしい。だそうだ」


 淡々と答えながら、手を動かしている。人の気持ちも知らないで。


「……天沢は、それでいいの? 私が、男子と二人で会っても」

「なにか俺に害でもあるのか?」


 意味深な含みを持たせたつもりだった。

 止めてほしいとは言わない。ただ、少しくらいヤキモチ妬いてくれたっていいじゃない。


「聞いた私がバカだった。……いいよ、行ってやる! その人とデートしてくるから。ほんとにしちゃうからね!」


 勢いよく立ち上がったら、キャンバスがパタンと倒れた。それでも顔色ひとつ変えない天沢に、心が折れそうだ。


「で、どれが正木くんなの?」


 一年の教室の前をさりげなく歩き、行き交う人を目で追う。貴重な昼休みを支出しているのだから、なにかしら情報を得たい。


「あの後ろにたむろしている真ん中の奴だ」


 茶色の髪をした背の高い子。黒いジャージをすらっと着こなし、キラキラした笑顔が一際目立っている。

 見るからに、モテるオーラがプンプン漂っていた。


「めっちゃ女子に囲まれてる。チャラ男確定じゃん。たしかに顔はいいけど」


 まあ、天沢の次にね。心の中でつぶやきながら、たらりと冷や汗が流れてくる。

 あんなイケメンが、私を好きだなんて裏があるとしか思えない。彼は、なにを企んでいるのか。


「……椎名は、ああゆうのが好みなんじゃないのか?」


 ゴクリと喉を鳴らした直後、追い討ちをかけるようなセリフを吐き捨てる。これぞ、空気の読めない秀才イケメン・天沢薫だ。

 ずっと、片想いをしてきた。相手にされていないと分かっていても、アピールはしてきたつもり。

 騒がしい陽キャグループの私と、学級委員をやるような天沢ではタイプが正反対だけど。

 あきらめず視界に入っていたら、いつかは伝わるって、思っていた。


「天沢って、ほんと勉強以外はポンコツだよね」

「なんだと?」


 下がってきた眼鏡を上げて、天沢が難しい顔をする。鈍感なのは今に始まったことじゃないから、気にしても仕方ないけど。


「あれー? 天沢先輩と、椎名先輩⁉︎」

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