第13話 足がほしい売人
ハバリアの中を歩いていると、色々な人が驚いた様子でじろじろ見てきた。
何でだ?と思って試しに話しかけてみると、どうやら俺の変わりように驚いているらしかった。
迫害対象であったはずのこの銀髪の青年が、いきなり綺麗な身なりになって町中を闊歩しているのだから、まあそれも当然か。
頭ぶつけて記憶喪失になったから何も覚えてないよ、これからはクレハとして接してくれ、と伝えると、どこかほっとした様子で皆承諾してくれた。
ジルベットさんもそうだったが、もしかすると町の人々の中には、この青年を森の奥で住まわせることになった経緯について罪悪感を抱いている人が結構いるのかもしれない。
まあ、身よりもなく能力もない人間──知識がなくその価値がわかっていないだけだったのだが──だったのだから、それも仕方ない。少なくとも、今の俺にはこの青年がどんな風に虐げられたかの記憶は残っていないのだから、皆ノーサイドだ。仲良くやって、皆に幸せの粉を配っていけばいい。
「とは言え、この粉も無限じゃないからなぁ」
俺は服と一緒に新調したバッグをちらりと見て、溜め息を吐く。
ジルベットさんの御蔭で当分の生活には困らなくなったが、俺の商売道具は消耗品だ。原材料がなければ、ハッピーパウダーもドーピングパウダーも生成することはできない。
ハッピーパウダーの原材料・ハッピーフラワーは俺が住んでいた森の奥地でしか見掛けていなかったし、ドーピングパウダーの基となった鉱石もあの森の近くの洞窟にある。
原材料を採取しに行くにしても、結構距離があるのだ。徒歩だと片道で一日くらいは掛かってしまう。毎回えっちらおっちら歩いて行くのも結構怠いものがあった。
「足が必要だよなぁ。馬でも買うか?」
馬があればもっと早く行き来できるんだけど、どれくらいで買えるものなんだろうか?
適当に歩いている人にどこで馬が買えるのかと訊いてみたら、ハバリアの市場の一角に『
早速馬市へと向かってみると、市場の一角に木製の柵で囲まれた広場があった。
覗いてみると、様々な種類の馬が繋がれており、買い手と売り手が熱心に交渉を続けていた。
馬はそれぞれ美しく手入れされ、立派な鞍や飾り紐が付けられていた。大きな体躯を誇る重種馬から、俊敏な足取りを見せる軽種馬まで、用途に応じた様々な種類の馬が揃っている。馬達は健康そうで、光沢のある毛並みが太陽の光を受けて輝いている。
ある一角では、若い農夫が力強い農耕馬を引いており、その馬の背中には頑丈な荷鞍が装着されていた。「この馬なら一日に畑を三つも耕せるよ!」と農夫は自信満々にアピールしている。
売り手達は自分の馬の特徴を熱心に説明していた。ある老馬商人は、「この馬は山道でも疲れ知らずだ。どんな険しい道でも安全に運んでくれる」と、誇らしげに自慢している。
一方で、買い手たちは馬の健康状態や足取りを注意深く観察し、実際に触れたり、短い距離を走らせたりして馬の性能を確かめているようだ。
「おっ。普通に馬って売ってるんじゃん。相場はどれくらいなんだろうな?」
暇そうにしている馬商人を見つけて、色々訊いてみた。
馬は用途によって値段が異なるらしく、農耕馬、移動用の速駆け馬、戦闘用の軍用馬、貴族向けの名馬などに大別されるようだ。そこに年齢や血統も加わって、値段は上下する。価格はピンキリだ。
もちろん、馬だけでなく馬具や餌代も掛かる。
買うなら移動用の馬なので、一応価格を訊いてみたところ……案の定、結構なお値段だった。ふつーに高い。
まあ、馬だけなら買えるっちゃ買える。ただ、ここに馬具代や維持費も加わってくるとなると、結構痛かった。
まだこの町の生活は始まったばかりだし、これから何が起こるのかわからない。もしものことを考えると、いきなり残金ゼロになるような買い物をするのはリスクが高い気がした。
「どうすっかなぁ……お?」
悩んでいると、馬市の近くの看板に視線を奪われた。
その看板には、『グリフォン馬車サービス、御者急募!』と書いてある。
馬車サービス? 何だそれ。
「あの馬車サービスって何なの?」
俺は続いて馬商人に尋ねてみた。
「馬車サービス? ああ、あれは客を馬車に乗せて目的地まで運ぶ仕事だよ」
商人が教えてくれた。
主な仕事内容は、客を探す、目的地まで客を送り届ける、売り上げを店に渡す、といったもの。要するに、タクシーみたいなものだ。
異世界にもタクシーってあるんだなぁ……などと考えていたが、そこでふと思い至る。
馬をわざわざ買わなくても、ここで働いていれば足が手に入るんじゃないないか?
しかも、色々な人間と話せるし、ハッピーパウダーの買い手も探せる。仕事をしているふりをして森まで行けば、原材料の採取もできる。
あれ、これ俺のためにあるような職じゃね?
「よし、決めた! 俺、ここで働こ!」
異世界生活を始めてはや数日、俺はそんな決意を持って、グリフォン馬車サービスの扉を叩いたのだった。
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