第11話 サレ女な奥さんを幸せの粉でハッピーに!②

「まあ……簡単っすよ。俺には人をハッピーにする力があるんで」


 俺はハッピーパウダーが入った瓶の蓋を開けて、粉をひと摘みした。

 ジルベットさんは不審そうに俺の動きを見ていた。


「人をハッピーにする力……?」

「そっす。まあ、ちょっと見ててくださいよ」


 俺は爺さんにやった時と同じように、ハッピーパウダーをジルベットさんの紅茶の中にさらさらっと入れて、ティースプーンで混ぜていく。


「どうぞ、飲んで下さい」

「飲むんですか? 味が変わるんでしょうか」


 ジルベットさんはティーカップを持って、紅茶を口に含んだ。

 やはり、異世界の住人は警戒心がない。

 一般的に睡眠薬とかが出回っているわけでもないので、粉に警戒心がないのだ。

 もしかすると、王族とか貴族になると毒などがあるから警戒されてしまうかもしれないが、一般人レベルなら普通に飲ませることはできそうだ。

 そして、一度飲んでしまえば、もうこっちのものである。


「別に味は特に変わっては……あら?」


 飲んですぐに、ジルベットさんの様子が変わっていく。

 どこか生気が出て、顔色が一気によくなった。


「どうしてでしょう? 何だか、暗い気持ちだったのが嘘みたいで、幸せな気持ちになりました」

「それがハッピーっす」


 俺はどや顔で言ってやった。

 ハッピーという言葉が一般的でないなら、どんどん広げていかないと。

 粉で人々をハッピーにするのが俺の目的なのだから!


「そんで、ジルベットさん。そのハッピーな気持ちなんですが、多分三〇分とか一時間くらいで切れちゃうんですよ。ずっとその効果が続くわけではないんで」

「そうなんですか……一時的なものなんですね」


 すぐに、しゅんと肩を落とす。

 今の幸せな気持ちがずっと続かないことを残念に思っているようだ。

 よし、これなら爺さんと同じ形でどうにかなりそうだ。


「それで……それだと忍びないんで、このひと瓶丸々ジルベットさんに差し上げます。これだけあれば、暫く楽しめるっしょ?」

「え!? いいんですか!?」


 ジルベットさんの顔が、ぱっと輝く。

 よし、釣れた。

 こうなれば取引は楽勝だ。


「もちろんっす。でもこの粉、すっごい稀少なんすよね。なかなか取れるもんでもないし……この分量をあげるとなると、それ相応のものを貰わないといけないかなって」

「ですよね……でも私、旦那からは生活費くらいしかもらってなくて、お金はそんなに持ってないんです」


 だろうな。さっきまでの口ぶりだと、高給取りの旦那に養ってもらっているからこそ、浮気に対して何も口出しできない感じだった。


「わかってますよぉ。まさか、ジルベットさんから生活費撒き上げようってわけじゃないんで、そこは安心して下さい」

「じゃあ、どうすれば……?」

「旦那に復讐したくないっすか? ジルベットさんを裏切った旦那さんに、痛い目合わせてやりましょうよ」

「それは、したいのは山々ですけど」


 ジルベットさんが、よくわからないといった様子で眉を顰める。

 そこで、俺は部屋に飾られた高そうな装飾品をちらりと見やる。


「旦那さんが大事にしてるものとか集めてるもの、俺に譲ってくれません? 奥さん騙してそんな酷いことしてる野郎のものなんて、大事にしてやる必要ないっすよね」

「まあ……! それは確かに、名案です! ちょっと持ってきますね!」


 ジルベットさんの顔色がこれでもかというくらい輝いて、早速旦那の私室らしき場所に入っていった。

 さっき、俺との不貞行為をどこか期待していたのは、男と寝たい云々ではなく、旦那に復讐してやりたい気持ちからくるものだ。

 ならば、旦那が大事にしているものを売っぱらうことでも十分その復讐心は満たせるはず。それと引き換えに自分が幸せになれるのだから、喜んで差し出すと思ったのだ。

 狙いは違わず、彼女は俺の意図通りの動きを見せた。

 うん、なんてハッピーな世界なんだ! 我ながら天才過ぎる。

 ジルベットさんは両手に色々抱えて、居間に戻ってきた。


「この壺とか、あとはこのアクセサリー類は、王都でも稀少で高価なものだと言っていました」

「いいっすねー! 確かに、どれも高価そうだ」

「あそこに掛けてある絵も高価だって言ってました。あれも持っていきますか?」

「いいんですかぁ~? 俺、全然遠慮しないっすよ?」


 壺、絵画、アクセサリーは俺から見ても高価そうなものだ。

 高給取りの旦那が高価なものだと言うのだから、きっとお高いものなのだろう。


「ええ、全然私には必要ないものなので、差し上げます」

「あざーっす! もし旦那が帰ってきた時になんか責められたら、浮気のこと言ってやればいいっすよ。そしたら黙ると思うんで」

「そうしますね! それで、そのハッピーな粉は……」

「ええ。その瓶まるごと、差し上げますよ!」


 俺がぐいっと瓶を彼女の方に差し出すと、ジルベットさんはまるで宝石を見つめるかのようにうっとりとのようにハッピーパウダーを見つめた。


「ひと摘み紅茶に入れて、あとはじっくりと味わいながら飲んで下さい。あと、もしあれならジルベットさんも仕事した方がいいっすよ。なくなったらまたこの粉売りますし」

「そうですね……そうします! ありがとうございます、クレハさん!」


 すっかり元気になって、おまけに勤労意欲にも目覚めたジルベットさん。

 人を立ち直らせて、しかも感謝までされてしまうんて。

 俺、本当に良い仕事してるなぁ。

 人をハッピーにできるお仕事最高!

 そんな達成感とジルベットさんからの報酬を持って、俺は早速これらのものを買い取ってくれそうな商店へと向かったのだった。

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