⑥「サルーム王国の日々」
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サルーム王国では古くから精霊信仰が根付いている。
精霊が万物に宿るとされ、人々は彼らに畏敬の念を抱きつつ共存してきた。
ちなみに隣国ホラズム王国では一神教が広まっており、このためサルーム王国とは宗教的・文化的な違いが原因で、国交はあるもののしばしば緊張関係が生じている。
とまれ、こういった国の気風も相まって、サルーム王国の人々はよそ者に対して寛容な面がある。
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「こっちの生活にはもう慣れた?」
その日の夜、質素な食卓を囲みながらクラウディアがリオンに尋ねた。
「慣れるもなにも、僕はサルームの方がどちらかといえば過ごしやすいかな。ここの人はみんな親切だからっていうのが大きいのかもしれないけど」
「リオンは友達がいなかったもんね」
「クラウ、それは君もじゃないか」
二人は軽口を叩きながら談笑している。
二人がサルームで暮らし始めてすでに数か月が過ぎていた。
リオンは街の建築業に携わるようになり、毎日忙しく働いている。
建築の仕事は体力だけでなく、緻密な計算や設計の理解が求められる。幸い、リオンは学園や王族の教育で培った高い教養を持ち、数字にも強いため、職場では重宝されていた。
一方、クラウディアは商会に雇われ、商取引に従事している。ダグラスから商家の娘としての最低限の教育を受けてきたことが幸いしたのだろう。
サルーム王国では、よそ者や流れ者であっても職に就けるよう、職業斡旋の政策が広く行き渡っている。これも二人にとっては幸運だった。
「シーン、ごはんはもう食べたでしょ?」
二人が話していると、クラウディアの脚に猫がまとわりついてくる。
シーンと名付けられたその猫は、闇夜のように黒い毛色の雌猫だ。
この猫は、二人に斡旋された住居の「先住民」で、本来ならば追い出されるはずだったが、クラウディアの提案によりこうして飼われることになった。
リオンはシーンに構っているクラウディアを見て、自分たちは本当に幸運だったと心の底から思った。
──まさか住まいまで世話してくれるなんてな
サルーム王国は人の出入りが多い。そして、人が一所に住まうためには住居が必要だ。しかし、しっかり管理しないと国の至る所に使われていない住居ができてしまうという問題もある。
サルーム王国はその点をうまく管理しており、他国からの移住者にこうして使われていない住居を手配することもしている。
もちろん、よそ者なら誰でも無差別に世話を焼くわけではない。最低限の信用が必要だが、そこはクラウディアの母であるスィーラの名前が役に立った。
スィーラを知っている者がいたのだ。
「そういえば裏の……」
リオンがふと思い出した様に口を開いた。
「あ、うん。ジャハムさんに聞いてみたけど、やっぱり立ち入りはできないんだって。精霊の森?……っていう特別な土地らしくって」
「そうか、だったら仕方ないね。あれだけの森なら、きっと実りも豊かだろうから食卓も少し豪華になるかなとおもったんだけれど。畑を作ってもよさそうだし」
ジャハムとは 近所に住んでいる人形細工師の老人だ。
本人曰く70を 過ぎているということだが、 とてもそんな風には見えない活力に満ちた男性だった。
木工細工師としてサルーム王国ではそれなりに名が知られており、 二人も何かにつけて世話になっている。
ともあれ、凡そ出来すぎな程あらゆる幸運に恵まれた二人は、今のところ幸せに暮らせていた。
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