オーバー・デスティニー 〜限界オタクな悪役令嬢は、推しのために暴走する〜
卯崎瑛珠@初書籍発売中
前編
「侯爵令嬢ディアンドラ・ゴティエ! 魔族と結託した罪で! 極刑を
王宮で開かれた夜会という煌びやかな場で、叫んでいるのは我が王国の第一王子である、フロリアン殿下だ。その左腕に豊かな胸を押し付けてうるうるしているのは、ピンクブロンドの男爵令嬢アニー。
――魔族って……隣国の国民のことなのだろうけれど。実際は魔石の豊富な土地に住む『魔法民族』だ。
「殿下、わたくしにはそのような覚えはございません」
「黙れディアンドラ! 証拠はあるのだ!」
「そんなっ……あれっ!?」
婚約者であったフロリアンからの無慈悲な通告で、ショックのあまり物理的に魂が抜けたディアンドラの体に、ちょうど死んだ私の魂がひゅいっと入り込んでしまったらしい。
そんな私は、元日本人の会社員。連日の残業で疲れてフラフラ歩いてたら、居眠りトラックに
昔から「引きが強い」って言われてただけはある。商店街のガラガラも、試合の対戦相手決めも、掃除当番も。みんなから「代わりに引いて!」て頼まれることが多かった。
なんて冷静に考えている内に、あれよあれよと牢屋に入れられてしまった。なんだと!?
貴族令嬢を王子の一存で投獄できるものなの? 司法は機能してないわけ? ザルだね? あ、ファンタジーの世界ならありなのか……そういえば隣国との戦争が起こりそうになってて、周囲はぴりぴりムードなのよね。
――え、待って。さっき私のことディアンドラって呼んだ? その名前……まさか……あの、悪役令嬢の!?
私の記憶が正しければ、ディアンドラとは悪役として国を追われた令嬢がヒロインになる『オーバー・デスティニー』の、主人公だ。ひらひらなミニスカートにニーハイブーツを身に着け、赤髪に青い目の気の強そうな顔をしている、美少女(自分で言う)。だけど、実は繊細な性格というギャップに人気があった。
横には常に、隣国である魔法皇国の皇太子がバディとして寄り添っている。この王国へは『鉱山の採掘をやめよ』と再三警告していたものの、聞き入れられることはなく。山を壊されたと怒った地竜が暴れ、魔法皇国にも危機が訪れ――ふたりで退治するっていう話。
いやすごい。何がすごいって、思い出した私だよ!
好きな声優さんがアニメ化した『オバデ』の皇太子に抜擢されて、読み始めた原作が面白くてどっぷりハマって。放送開始を楽しみに待っていたのに! という未練でこの世界に来たってこと? さすが私、引きが強い。
「フロリアン……おまえってやつは」
第一王子フロリアンの婚約者であったディアンドラは、男爵令嬢アニーの策略で国を追い出されてしまう。
失意のうちに彷徨うディアンドラは、実は『人間最強の魔力を持つ』人物で、隣国の皇太子に見初められるのである。
正直、男爵令嬢のオッパイごときで陥落する王子の国になんて、居たくもない。
なんでディアンドラがフロリアンを好きだったのか疑問でならないけれど、箱入り娘だし、王子と結婚せよと言い聞かされて育ったらまあそうかな、である。
前世の私は、初めから一貫して『魔法皇国の皇太子バチスト』推しだ。声優さんもさることながら、見た目も生き方も性格も好みどストライクなので、はっきり言ってバチストの限界オタクだ。家の中にはポスターやぬい、アクスタなどのグッズが溢れかえって――え、待って。私死んだってことは、あれをお母さんに片付けさせたの? やっべそれ、本気で泣けるじゃん! ごめんねお母さん!
ごほん、まあそれはもう仕方がない。
一刻も早くリアル・バチスト様を拝みたい!!(本音)
それからの私は、煩悩大全開で、体の奥底に眠る魔力を無理やり呼び覚ました。原作でのディアンドラ覚醒はもっと後だけれど、別にいいよね。
☠️
「バチスト様!」
「!?」
隣国の皇太子は、自ら小隊を編成して率い、国境で調査活動をしていた。原作で彼のあらゆる情報を把握しきっている私は、魔力を駆使して身体強化をし(ディアンドラの能力を一生懸命想像したらできた)、文字通り飛んで走ってここまでやってきた。
濃い紫の長髪を後ろで結んだ、長身に分厚い体躯を誇る魔法皇国の皇太子は、青いスタンドカラージャケットの上に真っ黒なマントを羽織り、森の中を歩いていた。当然のことながら生きて、動いている。
私の呼びかけに驚いて振り返った、少しだけ尖った耳には紫水晶のピアスが揺れ、闇夜のような漆黒の瞳が私を見据える。それから、腰に下げられた煌びやかな鞘に収まっている曲刀の柄へと、手を伸ばした。
「……何者だ」
その声を聞いた瞬間、私は腰砕けになった。低くて滑らかで、下腹に響く色っぽい声。予想通り? いや、予想以上すぎる。存在だけで、尊い。
「んはああぁかぁっこいいいぃ」
どしゃりと目の前で両手両膝を地面に突く、ドレス姿(しかもだいぶ汚い)の女性を見下ろし、ひたすら困惑しているのが雰囲気だけで分かる。
自分でもだいぶイタイと分かってはいるが、止められない。情緒爆発、鼻血寸前、昇天必至。だめだだめだ、はやく冷静になれ私。推しのため、推しのため。
推しの! ため!
ずるるるるずびびびび、と盛大に鼻をすすってから、かろうじて言う。
「突然の無礼を、お許しください。わたくし、ディアンドラ・ゴティエと申します」
「っ! ……ゴティエ侯爵家のか」
「はい」
我が家を知ってくれているのも、織り込み済である。
鉱山の利権はわが家が持っていたが、王家に無理やり取り上げられた。収入減がなくなった家は立ちいかなくなり、当たり前に没落していく。
ディアンドラは、ゴティエを魔法皇国で匿うことを条件に、その魔力を惜しみなく皇太子へ捧げる。厳しい戦いの中でふたりはお互いを大切に思いあうようになり、やがて結ばれるのだ。
「殿下のご尽力も届かず、王国の
「その言、信じるに値する証左はあるか」
ふぎいいいい! 声が! 良い!
「? ディアンドラ嬢? 具合でも悪いか」
はっと顔を上げる。
ぎょわああああ! 顔が! 良い! 顔面国宝!
「ディアンドラ嬢?」
「に、逃げてまいったため、証左など持ち合わせてはおりません……ただ」
「ただ?」
「あなた様に! わが身一生の忠誠を誓います!! 今すぐにでも! 服従の腕輪を!!」
バッと勢いよく、両手を捧げるように差し出す。
叫んだ声が、森中に轟き渡り、やまびこを返す。
――わをーわをーわをー……
「……」
絶句されるのも無理はない。
服従の腕輪は、魔法皇国が犯罪人に課すアイテムで、移住したばかりのゴティエ家全員が装備した記憶があった。制約に抗うと体中に電流のようなものが走って苦しむという装飾品で、さすが魔法皇国の技術である。
「……ふは」
しばらくの沈黙の後、バチスト様がくしゃりと笑った。
その笑顔で、私の心臓には恋の矢が何本もズドドドドとぶっ刺さる。即死寸前である。
「なかなか愉快なご令嬢だな」
「あああその笑顔だけで、生きられます!」
「笑顔で? 不思議な能力だ」
クスクス笑いながら、バチスト様は私の目の前に片膝を突き手を差し出した。
推しが! 近い! てててて手ぇっ!
「罠だとしても、構わん。受け入れよう。我らには情報が必要だからな」
「罠だなんてっ! でもありがとうございます幸せです大好きです」
「っくくく。そのように熱烈に言われたのは、初めてだ」
魔法剣の使い手で非常に強いのはもちろんのこと、一国を単身で滅ぼせるほどの魔力量を誇り、見た目も怖そうなバチスト様に――心を許せるような親しい人間はいない。
孤独を抱えた彼に共感したのもまた、ディアンドラだけだ。
そういえば、物語の中では笑顔は皆無だったはずだと思い出す。それを私は今、笑わせている。なんだろう、胸が苦しい。これ、なんていう感情?
「ううううぅ」
ついに涙腺が決壊してしまい、気絶した。――大変申し訳ございませんでした。
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