〇ブロッサムロード国立504号室 出雲華也

季節外れの転校生。

そんなキャッチコピーが今の私にお似合いだ。


「出雲華也です。よろしくお願いします」


教壇に立つと、私はぺこりと頭を下げる。

パチパチと拍手が起こった。

……よかった。転校先のみんなは、わりとノリがいいみたい。


朝のHRが終わると、さっそく同じクラスの子たちが

私に近づいてきた。


「出雲さんって、身長高いね! すらっとしててモデルさんみた~い!」

「そんなことないよ。167cmって、ただデカい女じゃない?」

「ううん、そんなことない、カッコいいよ!」

「『Strings』のカナトとカナムが163cmだから~、それよりも大きいのかぁ」

「でもふたりはちいさくてもかわいいよね~!」


……『Strings』。カナト、カナム。


そのワードに、私はつい眉間にしわを寄せた。


私は基本、嫌いなものや苦手なものなんてない。

だけど『Strings』だけは別だ。

『Strings』は、カナトとカナムという双子のアイドルユニット。

そして、私が世界で一番嫌いなやつらでもある。

あの双子のことを思い出すだけで、はらわたが煮えくり返り

ふたりの藁人形を五寸釘で打ち付けたくなる衝動に駆られる。

それぐらいあいつらが大っ嫌いだ。


「す、『Strings』のどこがいいのかなぁ?」


私はひきつった笑顔でクラスの女の子にたずねる。


「そうだなぁ、ダンスがうまいところとか~……あと、カナトのラップもかっこいいし!」

「カナムも歌うまいよ~?」


そりゃあそうだ。

彼らの兄は有名芸能事務所リローズレコード社長。

小さい頃からふたりもその事務所に所属して、

芸能活動をしている。


ラップとダンス。ふたりの強みはそこだ。

双子ならではのシンクロ率で、ぴったり息の合ったダンスとハーモニー。


私が所属していたダンススタジオでは、『生まれながらのチート』と

呼ばれていた。


「それに比べてうちのクラスの双子と言えば……」


女の子たちが後ろの席へ目をやる。

そこにはネクラそうな黒縁メガネコンビがいた。

髪も長めで、ぼそぼそふたりで話している。

見た目はまったく同じ。

身長も、メガネも、髪型も。

すごく芋臭い。


「あいつらも双子なんだよ。普通だったら別々のクラスになるんだろうけど……

どうやらクラス分けでトラブルがあったみたいで、

偶然同じクラスになったの。私たちは『モグラーズ』って呼んでる」


モグラ……。

確かにそんなイメージだ。

ネクラそうだし、もさもさしてるし、

きらきらひかるあのクソアイドルたちとは大違い。

ま、私としてはこういう地味な双子の方が好感持てるけどね。


しばらく話をしていると、チャイムが鳴った。

授業が始まる。


――私がStringsを嫌いになった理由は、至極真っ当なものだ。


小さい頃からずっと、私はダンスを続けていた。

芝居の勉強も。

将来は女優……そんなことを考えたこともあった。

その夢があの『デビルズ』のせいで粉々にされたんだ。


中学2年のとき、私はあるミュージカルに出演することが決まっていた。

ダンスのうまさをかわれての抜擢。

私は当然嬉しくて、まさに天にも昇る気分だった。

その共演者がStringsとしてデビューしたばかりの

カナトとカナムだった。


ミュージカルは双子が主演の物語。

そのふたりが取りあう女の子の役を私がつとめていた。

イケメン双子が取りあう女の子。

Stringsファンはたったそれだけの理由で私を攻撃してきた。

舞台が終わってstringsの出待ちをしていた女性ファンは、

私を徹底的にいたぶった。

私が楽屋から出てきただけで盛大な『やめろ』コール。

それだけでは飽き足らず、千秋楽近くになると生卵まで投げつけられた。

正直、私がなんでここまでされたのか理解できなかった。

だって、仕事じゃないか。

私はもちろんだけど、双子だってそうだ。

私を取りあっているというのは、ミュージカル……物語の中での話。

現実に取りあっているわけではない。

なのに、その現実と虚構との区別がつかない悪しきファンが

私を襲った。


当然だが、双子所属のリロードレコーズもそういった手荒な真似をする

ファンに警告文を出した。

それでも私は千秋楽まで双子のファンからの嫌がらせを受けていたのである。

そんな状況にも関わらず、双子は

「ごっめ~ん、うちのファンが少し暴れちゃってさ」

「でも、それほど華也ちゃんに妬いてるってことで!

許してあげて?」

な~んてへらへらしながら謝ってきた。


これであのデビルズを嫌いにならないわけがない。


中学3年だった私は、受験を隠れ蓑に一時芸能界から姿を消した。

高校も、東京ではなく埼玉県の進学校に進むことになった。

だが、運命っていうのはどうやらあるらしい。

以前所属していたプロダクションの社長が、どうしても私に

復帰してほしいと頭を下げてきたのだ。

どういう理由かはわからない。

だが、元から芸能界への憧れが強かった両親が

私を東京へと無理やり追いやった。


……私は芸能界に未練なんかないのに。


「……はぁ」


この学校もStringsに侵食されているのか……。


私は憂鬱な気分になり、女の子たちから誘われたお昼を遠慮し、

体育館裏でひとりお弁当を食べていた。


だって、せっかくゆっくりできるはずの昼休みに、

Stringsの話ばかり聞きたくない。

あいつらがいなけば、私も今頃はちゃんとした女優に……。


「1、2、3、4、ターン、ターン、キメッ!!」

「え~、今の微妙に揃ってなかったよ~?」


ん?

なに、今の声。

奥の方から聞こえてきたよね。

誰かダンスの練習してる?


私は今までの性質上気になって、つい体育館裏の奥の方へと

向かう。

そこから見えたのは……。


「ダーメだって、カナム。今のはオレに揃えて!」

「いーや、カナト。お前が僕に合わせろ!」


私は自分の耳を疑った。

カナト……カナム!?

いや、あのふたりがここにいるわけないじゃない。


そっと壁際から声が聴こえる方へ目をやる。


そこにいたのは、クラスで『モグラーズ』と呼ばれていたふたりだった。


「1、2、3、4、ターン、ターン」

「いや、ここは一拍置いて……」


ちょっと待って。

落ち着け、私。


彼らはクラスで地味・ネクラと呼ばれてるモグラどもだ。

そのふたりがこんなキレキレな踊りを?

こんなレベルのダンスができるのは、まさにstringsくらい……。


「あっ! カナム、華也ちゃんだ!」

「マジで!? ヤバイぞ、確保!!」

「うそっ!?」


私はお弁当箱を置いて逃げようとした。

だが、見事モグラーズにのしかかられ

簡単に確保されてしまった。


「なんで……」

「なんでも何も、僕らの秘密を知られちゃったからね。しかも同業者に」

「同業者……?」


私が首を傾げると、モグラーズはメガネを取って前髪をかきあげた。


「オレたちの顔、忘れた?」

「あのときのミュージカル、一緒に演った仲なのに?」


嘘でしょ……?

モグラーズと呼ばれ、クラスの女子からはダサい双子扱いされていた

ふたりがあの……。


「デビルズ!?」

「あはは、その呼び名。華也ちゃんらしいや。正式名称は『Strings』ね」

「でもひどいよな、オレらを悪魔だなんてさ」


ふたりに腕を引かれ、私は間に座らせられる。

……冗談じゃない!

なんで私はデビルズと同じクラスに所属してるの!?


「あっは、驚いてる!」

「そりゃそうでしょ!」


ふたりは勝手に会話をしている。

一体どういうことなの?


「そもそも華也ちゃんは知らないんだよね? 僕らが君を呼び戻したってことも☆」

「嘘っ!?」

「嘘じゃないって、ホント、ホント」


どっちがどっちだかわからない双子は、私に迫ってくる。


「ねぇ、ダンス本当にやめちゃったの~? オレたちマジで困るんですけど!」

「そうそう、華也ちゃんのダンスがないと、今度のステージもヤバイっていうか!」


何言ってるの?

何言っちゃってるの!?

私がダンス? 


「私、ダンスはやめたの! アンタたちのせいで、すっかり舞台はトラウマよ!」


私は大声で同じ顔のふたりに文句を言う。

こいつら、忘れてるの?

自分のファンが私にしでかしてくれたことをっ!


「華也ちゃ~ん、もったいなくね? 腕も足も長くて、ダンスもうまいしさ」

「そうだよ、僕たちのファンがやったことは覚えてるけど、それはそれ、これはこれ」


奏都が私の肩を叩く。

ちょっと待て。

それはそれ、これはこれ!?


「あんたたちはわかんないでしょうね! 私の気持ちなんて!」

「うん、わかんない」


こいつらっ……!

ふたりしてうなずきやがった!


私は頭が痛くなってきて、ともかく冷静になるように心がける。


「……わかんなくても、察してくれない? あんたたちのファンに、

『もう舞台に立つな!』って言われたんだよ?」

「でもさ、それ言ったの、僕らのファンとはいえ素人じゃん。

僕たちは華也ちゃんの才能、かってるけど」


……何を今更。

私がふたりを無視してお弁当に手をやると、それを取り上げられた。


「なにするのよ!」

「だってオレらの話、聞いてくれないんだもん」


話を聞くもなにもない。

私はダンスをやめた。

もう舞台にも立っていない。

それなのに、どんな話を聞けっていうのよ!


私が拳を震わせていると、のんびりした口調のモグラが

勝手に話しだした。


「今度僕らさ、アリーナでライブするんだよね」

「……だから?」

「そこでダンスをしてくれる女の子、超絶ぼしゅーちゅー!」

「それで?」


モグラふたりは顔を見合わせる。

だから何度も言っただろうが。

私はダンスを辞めているし、舞台にも立っていない。

ダンスをしてくれる人募集中、なんて言っても

どうしようもない。


とりあえずお弁当を取り返すと、私はお昼に戻る。

双子はこそこそと、私から見えるところで聞こえるように内緒話を始める。


「奏夢、どーする? 華也ちゃんやる気0だよ!?」

「奏都、どーしようもないじゃん! 華也ちゃんでお願いするって

みんなに言っちゃったし!」


みんなに言ったって何をよ……。

お昼ご飯に集中したくても、嫌でもふたりの声が聴こえる。

細かいところまではよくわかんないけど、

どうやらふたりはもうすぐアリーナでのライブを控えているらしい。

その中で、ふたりが女の子を取りあうダンスがあるらしいんだけど……

ダンスをする女の子が見つからなくて困っているようだ。


それで私が昔所属していた事務所へ連絡。

更に親へも連絡が来て、私はまた都内の学校へ転校。

しかもStringsのいる高校に。


どうして? なんで今更なのよ。

私よりも踊れる女子なんて、いくらでもいるでしょ?

それこそ私が言うのも癪だけど、今を時めくStringsの相手役だ。

わざわざ芸能界を去った私に声をかけるより、

今人気の女性ダンサーがいる事務所にお願いした方が

いいに決まってる。

相手なんて選び放題じゃない。

それなのに、なんで私よ!!


「……そういうわ・け・で! 華也ちゃ~ん」

「私は何も聞こえませんでした」

「嘘だ、オレたちしっかり聞こえるボリュームで話してたもん!」


こいつら……っ!! わざとかよっ!


「ともかく私はもうダンスはしない。あんたたちのステージも知ったこっちゃない」

「……ならさ、こういうのはどう?」

「え?」


カナムとカナトがふたりで私に提案する。


「オレたちのステージを手伝ってくれたら……

地殺のライブチケとかその他もろもろ、優遇してあげる」

「え!?」


私は思わず耳をピンとさせた。

地殺……地獄の殺人鬼の翔太。私は彼の大ファンなのだ。

なんでふたりがこのことを知っているのかはわからないけど、

……まぁ、気づいても当然なのかもしれない。

私の部屋には地殺のポスターがべたべた貼られているし、

親がそのことを事務所に話して、そこからふたりにつながった……と考えられる。


地殺のチケットゲットはもちろん、もしかしたら翔太に直に会えるかも……!?

それだったらたった1回だし、出てあげても悪くは……。


「ちょっと奏都! 華也ちゃんぐらついてるよ!」

「マジかよ……。現役アイドルのオレたちが近くにいるのに、よりによって翔太!?」

「翔太はアンタたちふたりみたいにチャラチャラしてなさそうだし?

がっつりドラム叩いてるところがカッコイイのよ」

「ふーん……」


ふたりは冷たい視線を私に送る。

私はその目に、はっとした。


「やっぱりダメ。いくら翔太に会えても、ダンスは辞めたの。

そういうことだから」


私はお弁当を全部平らげると、教室へと戻る。


「どうする? 奏都」

「力技でいくしかねーっしょ!」


ふたりがそんな話をしていることなんて、

まったく気づかないで、私は午後の授業もまったりと聞いていた。

それが私の油断につながったんだ――。



「おはよー……」

「おっはよ~っ!」

「おはー!!」

「………」


翌日。

朝の挨拶で、クラスが固まった。

私は何気なくみんなに挨拶したのだが、飛び出してきたのが

瀬田兄弟……デビルズだった。


「あのモグラーズが?」

「なんで出雲さんに……」


クラスではそんな声が聞こえる。

転校して来てたった1日。

なのにどういうわけか、クラスのネクラ双子と呼ばれる人間たちに

めっちゃ好かれている……。

ふたりは私に抱きついてくる。

この状況はめちゃくちゃ目立つっ!


「ちょっとふたりとも! 離れてよっ! めっちゃ目立つでしょ!」


私が小声でふたりに注意するが、

にやりとした笑みを返される。


「え~? やだね」

「華也ちゃんが僕たちと踊ってくれなきゃ、ずっと離れない」


クソツインズどもっ……!


このあともモグラーズ……正体stringsはずーっと私に

まとわりついてきた。

移動教室も、お昼も、掃除もその他も……。


女子トイレに逃げて、外へ出たらようやくまけたようだ。


「はぁ、もうなんなの!?」

「お、出雲~、ちょうどよかった。ノート配っておいてくれ」

「え!?」


やっとモグラたちから逃げきれたと思ったのに、

今度は先生からノートをどっさり預かる。


最悪な日だ……。


仕方なく重いノートをどっさり持って歩いていると、

急に軽くなる。


「か~やちゃん! 女の子ひとりでこの量はムリっしょ!」

「そーそ、僕たちも手伝ってあげるから」


モグラッ!?

せっかく逃げたと思ったのに……。


私の両サイドを、モグラが挟む。

でも、いつもみたいな私をからかうようなことは言わない。


「華也ちゃん、オレたち無理言ってるのわかってるけどさ、

それでもキミがいいんだよね」

「キミが舞台に立たなくなって、色んな女優やアイドルと絡んだけど……

やっぱキミだけなんだよ。僕たちのヒロインは」


胸にぐっとくる言葉。

本当は私だって、舞台から姿を消したくなかった。

だけど怖かったから……。

みんなに見られるのが。

批判されるのが。

理由なく嫌われるのが。


「……少し手伝ったからって、すぐに気持ちは変わらないから」


「わーかってるって!」

「ほら、残りのノートもちょうだい? 僕らがあとは片しておくから」

「あ、ありがと……」


途端に腕が軽くなる。

ふたりは私からノートを取ると、各生徒の席に配っていく。

助けられちゃったな……。


「だ、だからって、情にほだされたりしないんだから!!」


私はひとり、首を左右に振る。

それをクラスメイトたちが不審げに眺めていた。



「華也ちゃん!」

「お昼一緒に食べよ~!」

「………」


それから数日。

すっかりモグラーズは私にべったりとくっついていて、

クラスメイトからもすでに『3人で1つ』みたいな扱いになっていた。


「はぁ……なんでこんな風になっちゃのよ」

「それは~、華也ちゃんが組んでくれないから?」

「奏夢は無茶言い過ぎ。なんでものんびりした口調で言えばいいと思ってるなら、

それ違うから」

「そうそう!」

「奏都はなんでも強引すぎなのっ! 押しに弱いと踏んだら、トコトン弱みに付け込むんだから……」

「………」

「……? どうかした?」


私が一通り文句を言うと、珍しくふたりは黙った。

そして……。


「やっぱ、オレたちのヒロインは華也ちゃんしかいないよ」

「うん、華也ちゃん以外に僕たちは相手してほしくない」


「え……? な、何? 突然」


私が不審な顔をすると、ふたりはにやりと笑った。


「さて、なんででしょう?」


そうしてふたりは、私に1枚のメモ用紙を渡した。



「『リローズレコード13階、ダンスルーム』……」


こんな紙を渡されても、私は行くつもりはなかった。

でも……それは本心じゃない。

やっぱり気になってしまうんだ。

自分でも嫌になるけど……私はダンスにまだ未練があるらしい。

それが自分でも悔しくなるほど。


入口の守衛さんには入館証明書を見せた。

メモと一緒に渡されていたのだ。


館内で少し迷って、何とか13階まで行くエレベーターを発見。

ダンスルームがある場所まで、制服のままで移動する。


「1、2、3、4」

「5、6、7、8!」


そこでは奏夢と奏都がダンスの練習をしていた。

学校のときの格好とは大違い。

あの伊達メガネを取り、髪をピンで留めている。

ダンスのキレは相変らず。


そして、彼らが懸念していたというか探している女の子の役は、

ダンスの男性コーチが代わりにやっていた。


「違うっ!!」


音楽が止まると、コーチはふたりに罵声を浴びせる。


「なんでだ? ふたりは好きな女の子を取りあってる……そういうフリだ。

ふたりにはその気持ちがこもっていない!」


「そりゃそっスよ! だって、先生男だし?」

「うん、それに僕たちの相手は決まってるし……ね」

「だが、そのダンサーにはYESと言われてないんだろう?」


奏夢と奏都は押し黙る。


「……今日はここで一度休憩だ。ふたりとも、復習しておくように!」


コーチが出て行くと、ふたりは汗まみれで

タオルをかぶった。


……マジで情けない。

ミュージカルで一緒に仕事したときのふたりは、

こんなじゃなかった。

あのときのキレがない。

気持ちがついて行っていないというか、思いが足りてない。

……私は、こんなやつらと舞台に立っていたの?

最低だ。

私が一緒に立っていたのは、自信過剰すぎるほどの天才アイドルズだ。


「……ったく、バカじゃないの?」


「華也ちゃんっ!」


ふたりの声が重なる。

私は頭を抱えながら、カバンを置いてブレザーを脱いだ。


「一回だけ……一回だけ、付き合ってあげる。

アンタたちがあまりにもひどいから」

「え!? 本当!? いいの? 華也ちゃん!」


喜んだのは奏夢。

まるで犬がしっぽをぶんぶん振り回すように

私の腕をつかんで振り回す。


「でも、フリは大丈夫!?」

「1回見ればわかるわ」

「さっすが! 天才ダンサー!」


天才はアンタたちだっての、奏都。

さっきのフリだって、コーチとの絡みがなければ

かなりキレてたのに。


「ちょっと待ってて、ふたりとも!

踊る前にドリンク買ってくるから!」


「奏夢は変なところで気を利かすのね。相変わらずだわ」


お財布を持った奏夢は、フロアにある自販機へと行ってしまった。


「……で? 今までなんで相手がいなかったのよ。

アンタたちのレベルに合った人間ならたくさんいるでしょ?」


私が奏都にたずねると、彼は真剣な瞳で私の腕を取った。


「気づかないの? 俺たちが華也ちゃんじゃダメだって理由。

3人で出た、あのミュージカル……。

あの仕事がなかったら、オレたちは華也ちゃんに固執なんてしなかった」


「はぁ?」


「……っと! 奏都! そこまでっ!!」

「ちっ……奏夢、帰ってくるの早いって」

「うるさい! ……奏都が華也ちゃんに話したんなら、僕にだって時間、くれるよね?」

「わかったよ……ちょっとトイレ行ってくる」

「はぁ……」


奏夢は大げさにため息をつく。

一体ふたりは何の話をしているんだ?


「あの……奏夢?」

「僕らにとって、華也ちゃんは特別な人なんだよ。

華也ちゃんは僕たちのせいで舞台去った。

でも僕らは、華也ちゃんがいなければアイドルなんて辞めてたかもね」


「どういうこと……?」


「もういいだろ、奏夢! ダンス、始めるぞ!」

「了解、奏都。こっから先は、個人戦だからね?」


ふたりはバチバチと火花を散らす。

ダンスのテーマは『ひとりの女の子を取りあう双子』。

それと全く同じ空気が流れているような気がする。

音楽が流れ始める。

私はふたりの手を取り、最後にふたりを突き放した。


「……これで満足?」

「なわけないじゃん! 本番もこれでお願いねっ!」

「えっ!?」


一回だけ合わせたつもりだったのに、本気で舞台に立てっていうの!?

私たちのダンスをいつの間にか見ていたコーチが、

強くうなずく。

そんなつもり、全然なかったんですけどっ!!


「あれ? 兄貴じゃん」

「カ~ナタ~!」


え? カナタさんって……。

リロレコ社長で、双子のお兄さん!?


「いいじゃない、ふたりとも。今の踊り。

今まで見てきた中で、一番だ。……君は出雲華也さんだよね」

「は、はい……」

「んで、オレらの大事な子!」

「どう? かわいいでしょ! 僕らの見つけたシンデレラ!」

「うんうん、ふたりにぴったりだよ」


ちょっと待って。

『大事な子』? 『シンデレラ』?

なにそれ……!?


「私はちょっと合わせてみただけで……」

「本番もよろしく頼むね!」


……さすが双子のお兄さん。

人の話なんて聞いちゃいない。


こうして私は、双子のアリーナツアーのダンサーとして

レッスンを受ける羽目になってしまったんだ。

……まぁ、お給料も出るし、地殺と同じビルにいるから

きっと翔太と顔も合わせることができると思うし、

それを考えるとお得だとは思うけど。


学校では相変わらず3人一組でいるような状態だ。

私が他のみんなと絡もうとするのを、双子が邪魔する

ものだから、

結局そうなってしまった。



そして本番当日――。

アリーナの舞台袖では、たくさんのダンサーたちが待機していた。

基本的にStringsは男性ユニットだから、ダンサーも男の子たちばかりだ。


そんな中、赤いドレスを着た私は目立っていた。

……緊張する。

私が出てきただけで、また罵詈雑言を投げつけられないか。

楽屋の裏で生卵を投げつけられないか――。


「なに心配してるの。大丈夫だよ、オレたちが華也ちゃんを守るから」

「え……」


衣装を変えている奏都に、軽くキスされる。


「ちょ、奏都!?」

「じゃ、行ってきまーす!!」


な、何考えてるのよ……! あのバカっ!!

それでも顔が赤くなってしまうのがわかる。


次に舞台袖に現れたのは奏夢だ。

背中にワイヤーをつけるため、一度引っこんできたのだ。


「……華也ちゃん、緊張してる? 

なんだかドキドキしているみたいだけど、気のせい?」

「それは……」


奏都にキスされたからだなんて、絶対に言えない。

それでも奏夢は遠慮なく私の頬に手を添えると、

そっと唇を奪った。


「え!?」

「これで緊張、解けたかな? じゃ、またステージでね!」


どういうことなの!?

なんで私はふたりからキスなんてされないといけないの!?


「もう……あの双子は意味がわかんないんだからっ!」


ふたりのダンスが終わって、今度は私の番。

今までの怖さはない。

あのふたりのやること以上に怖いことなんてない。

あいつらのファンだろうがなんだろうが、

私には関係ない。

全員相手になってやる!


Stringsの歌は、ひとりの女の子をふたりで取りあう曲。

私はその取りあわれる女の子役。

だけど……奏都の肩を突き飛ばし、奏夢を蹴り飛ばすと

落ちていた赤と白のバラの花束を床にたたきつけて

それを踏みにじった。


――もう怖いものなんてない。

ふたりのファンに憎まれてもいい。

これが私の仕事なんだから。


私はステージから客席に一番近い場所まで

行くと、丁寧にひざまずいてお辞儀をした。


すると、ドレスを着ているのにも関わらず

女の子たちの黄色い声援が聞こえた――。


「……やっぱり華也ちゃんには勝てないよね」

「うん、だけどそれだから燃えるんだよね」

「でも、奏都には負けないからね?」

「オレだって奏夢になんか負けねぇよ!」


『ふたりの見分けがつくの、

奏多兄貴以外に華也ちゃんしかいないから――』。


そんな理由で今の時代、くらっと来るわけがない。

私はステージが終わった後、のんびりとドリンクを飲みながら

このあとどう双子と接すればいいのか、

少しだけ悩んでいた――。

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