2章
第30話 図書室で、あたしとしよ?
「あっ! 哲くんだ……!」
ここは学園の図書室。
季節は8月——
夏休みも半分過ぎた。
俺はLIMEでアイサに呼び出されることに。
「待たせて悪かった」
「全然大丈夫だよ! むしろ本が読めてよかった!」
アイサはカウンターの下に、さっと本を隠した。
……ギャルぽっい見た目のアイサだが、実は図書委員でもある。
意外にも真面目にやっているようで、たまに図書室の管理を任せてるらしい。
図書室には俺たち以外に、受験に向けて勉強している3年生が何人かいるくらいだ。
「何の本、読んでたの?」
「えー! 哲くんには言いたくないかも?」
「そうか」
「当ててみてよ」
俺はアイサが読んでいた本を想像する。
こんな本を言い当てるイベント、ゲームのシナリオにはなかった。
アイサがギャルだけど本が好きという設定は、ゲームにもあったが、どんな本が好きかまでは出てこなかった気がする。
「うーん……恋愛小説かな?」
「うん。恋愛小説で当たりだよ。タイトルは?」
「タイトルか……」
恋愛小説なんて、世の中に腐るほどある。
その中からアイサが好きそうな作品を当てるのは、普通に難しい。
俺が考え込んでいると、
「ふっふっふ。考えてますな。ホームズくん」
「何、そのキャラ……?」
「シャーロック・ホームズのワトソンだよ、ホームズの相棒で、親友の」
「ワトソンって、そんな喋り方なの?」
どっちかと言うと、ホームズの宿敵で悪役の、モリアーティー教授のような喋り方だと思うが……
「ヒントがほしいかね? ホームズくん」
「わかった。シャーロック・ホームズだろ? 読んでいたの」
「ふぁ?! なんでわかったのだ……?」
「誰でもすぐわかるから……」
アイサは考えていることが表情に出やすい。
本当はとても素直な女の子だ。
だけどアイドル活動では、常に感情を殺して笑顔を貼り付けている。
そんなアイサは、主人公の俊樹の前では本音を出せる……そんなキャラ設定だったと思う。
「ていうか、シャーロック・ホームズって恋愛小説じゃないじゃん」
シャーロック・ホームズは、十九世紀のイギリスで書かれた推理小説。
作者はアーサー・コナン・ドイル、というオッサン。
「真実はいつもひとつ!」で有名な漫画の、主人公の名前と同じだ。
ここらへんはたぶん、前世と一緒のはず。
「違う。シャーロック・ホームズは恋愛小説だよ」
「どこらへんが……?」
「ワトソンがホームズに片想いする話。天才探偵のホームズに、ワトソンは恋してるんだよ」
「なるほど。じゃあシャーロック・ホームズは、BL小説ってことになるね」
「まあそうだけど……ちょっと違うかもしれない」
アイサはカウンターの棚を指で撫でた。
何か考え事をしているような感じがする。
「では! タイトル当てゲームに負けた罰です! 海で桐ちゃんと何があったのか話しなさい!」
「いやいや、勝ってるんだけど?!」
「偉大なシャーロック・ホームズを『ただのBL』と言った罰です」
ただの、とは言ってないし、ゲームにも勝ったのに。
「桐ちゃんと哲くん、海に行った日から様子がおかしいもん。二人ともあたしの大事な友達だからさ、ちゃんと話してよ」
そうか。俺と桐葉の関係を心配してくれたようだ。
やっぱりアイサには優しいところがある。
「……桐葉から何か聞いてないか?」
あの海の日以来、俺は桐葉と会っていなかった。
LIMEのやりとりもしていない。
もし桐葉が女友達に相談するとしたら、その相手はアイサになる。
桐葉とは「あんなこと」があった。事前にそれをアイサが知っているか確かめておきたい。
「哲くんは頭いいね。まず桐ちゃんがあたしに相談してないか確かめるなんて」
アイサは少し挑発的な笑みを浮かべる。
「そりゃどうも……」
「安心しまえ。桐ちゃんから何も聞いてないよ」
「そうなのか」
「はい、そろそろ観念して、アイサお姉さんにすべてを話しなさい」
ニコっと優しく笑うアイサ。
アイドルだけあって笑顔がとてもかわいい。
だが、すべてを話すことは当然できない。
あんなこと、とてもアイサに話すことは無理だ。
「……言わないなら、こっちにも考えがあるよ」
アイサはふいにカウンターの椅子から立ち上がって、俺の耳元に顔を近づける。
俺の耳に、アイサの暖かい吐息がかかる。
その時、一瞬だけど俺は身体が震えた。
「このあと、図書室から人がいなくなったら……あたしと、しよっか」
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