第5話 親友キャラがヒロインの弁当を食べる
「哲彦くん……! ちょっと来て!」
昼休みのチャイムが鳴るのと同時に、桐葉が俺のところへ飛んできた。
そして来るなりいきなり俺の腕を掴んで引っ張る。
突然の行動に俺は少し驚く。
「どこ行くの?」
「どこって……? ランチに決まってるじゃん」
「ランチか」
「ほら……また俊樹のことで相談があるの……」
教室の視線が一気に俺と桐葉に集まる。
「もしかしてあの二人って……」とヒソヒソ噂する声が聞こえてくる。
桐葉は何をしても人の注目を集めるのだ。
もっと自分の影響力を考えて行動してほしい……
「わかった。行こう」
「ありがとう! 屋上で食べよ!」
俺は桐葉に腕を引かれながら、屋上へ向かった。
★
眩しい夏の日差しが屋上に注いでいる。
雲ひとつない青い空は、まるで某清涼飲料水のCMみたいだ。
俺たちはわずかにある日陰に座る。
(こういうシーンもあったな……)
俊樹と桐葉が屋上でお弁当を食べるシーン。
幼馴染ヒロインが作ったお弁当を食べる——ラブコメでお決まりの展開。
もろちんお弁当を食べるられるのは、主人公だけだ。
それがエロゲの世界。
しかし、なぜか——
「哲彦くん、お弁当食べてくれない?」
「えっ? 俺が食べていいの?」
「うん。哲彦くんのために作ってきたの」
(おいおいおい! なんでそうなる?!)
桐葉のお弁当を食べるのは主人公の俊樹だ。
なんで親友キャラの俺がヒロインのお弁当を食べる?
マジでどうしてこうなった……
「桐葉、お弁当作るなら俊樹のために作らないと」
「俊樹には付き合ったら作るよ。でも、今は哲彦くんのために作りたい」
「どうして……?」
「いつも相談に乗ってくれてるお礼。あと、哲彦くんにずっとあたしの味方でいてほしいから」
相談に乗ってるお礼は嬉しいが、なんだか俊樹の立場を奪ってるような気がして罪悪感がある。
ヒロインのお弁当とはやっぱり特別なものだろう。
もちろん推しの作ったお弁当はめっちゃくちゃ食べたいが……
「だから哲彦くん、食べて?」
「でもなあ……」
「……それとも、あたしの作ったお弁当はイヤ?」
「そんなことないよ」
「ありがとう! ほら、あーんして」
桐葉は卵焼きを箸で摘んで、俺の口元へ持って行く。
(「あーん」はさすがに無理だな……)
「ごめん、自分で食べるよ」
「あ……ごめんなさい。あたし、変なことしちゃって」
顔を赤くしてうつむく桐葉。
ヒロインに食べさせてもらうのは、主人公だけだ。
俺はあくまで親友キャラ。俊樹の周りにいる脇役にすぎない。
もちろん推しの「あーん」はすごくほしいが……!
俺は自分で箸を取って、卵焼きを食べる。
(これはうまい……っ!)
口の中でふわっとした卵がとろける。ほどよく塩味も効いていてガチでおいしい。
「どうかな? おいしい……?」
「うん。すごくうまいよ」
「よかった〜〜っ! 頑張って作ったから、ほら、これも食べて!」
桐葉がきんぴらごぼうを箸で指す。
「いただくよ。……うん。これもうまいよ」
「嬉しい。あ、そうだ! あたしが俊樹と付き合うまで、哲彦くん味見役してよ」
「味見役か……」
推しのお弁当を、これから毎日食べられる……!
OKしない人間がこの世にいるだろうか。
「いいよ。俺でよければ」
「明日も気合い入れて作るね」
「そんな頑張りすぎなくてもいいけど、楽しみにしてる」
本当なら桐葉のお弁当を食べられるのは俊樹だけ。
俺が食べていいのかわからないが、これから毎日の生きる糧になるのは確実だ。
「それで相談って?」
「期末テストの打ち上げのこと」
「やっぱりそのことか」
「今日、アイサちゃんの家でやるでしょ。きっとアイサちゃんは何か準備してる。それで哲彦くんにお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「うん。アイサちゃんが何を企んでいるか、哲彦くんに探ってほしいんだ」
要するに桐葉のお願いは、俺にスパイになってほしいということ。
アイサと話をして、今日の打ち上げのことを聞き出すことになる。
「ごめんね。イヤだよね?」
「イヤじゃない。やるよ。アイサと話してみる」
「ありがとう! さすが哲彦くん!」
「その代わり、明日のお弁当は期待してるよ」
「うん! 楽しみにしてて!」
ぱあっと明るく笑う桐葉。
推しの笑顔ほど栄養になる物はない。
どんなお弁当よりもおいしい。
「ただ時間がないな……」
「そうだよね。本当にごめん」
「いや、大丈夫だよ。なんとかするから」
打ち上げは今日の放課後だ。
今はもう昼休み。あと少しで午後の授業が始まる。
五時間目と六時間目の間の休み時間。
たったの十分間しかない。
この短い時間で、アイサから情報を聞き出さなければならない。
「打ち上げのことだけじゃなくて、俊樹のこともいろいろ聞いてくるよ」
「本当?! そしたらすっごく助かるよ!」
予想以上に桐葉が喜んでくれた。
俺は親友キャラとして、推しの桐葉と俊樹の恋愛を応援する。
俺は喜んでこのスパイ任務を遂行しよう。
恋愛は情報戦だ。
情報の精度が生死を分けると言っていい。
時にはスパイを使ったり情報操作もしないと勝てない。汚い手も戦略のうちだ——
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