第23話真剣のような精神


 法的に移植された腕を奪い返す手立てはない。


 蒸気自動車の後部座席で年老いたエルフのエリックは爪を噛んでいた。


 ホテルでのドリスタンとの会合で、エリックは工房〃派閥〃の脱退を告げ、ロビーで工房〃派閥〃の貴族たちに、脱退勧誘の手紙を出し、大きくドリスタンの力は削いだが、あの黄金に輝く師の右腕のインパクトの前では、焼け石に水、小さな嫌がらせに過ぎない。


 車窓から見える北都の旧市街の街並みは冬に入り灰色で、雪がチラつき出してい

た。


 エリックはまだ北都にとどまっている。


 理由は二つ、一つはエリックが憲兵隊を率いている町での魔法による連続殺人事件の被害者が出ていないことであり、もう一つは、〃工房〃がある北都からドリスタンは動いておらず、師の残した黄金に輝く右腕が北都から動いていないからだ。


 エリックは考える。


 今おきている事件について。


 一つは魔法による前代未聞の連続殺人事件だ。


 魔法は使うと魔法痕が残り、魔法痕の形は魔法を発した魔法使用者により固有で、すぐに魔法を発した使用者が分かってしまう。


 戦争でもなければ、魔法で人は殺すバカはない。ナイフで殺したほうが捕まるリスクが少ない。


 それなのに、この連続殺人犯はべったりと魔法痕を残し、四人もの人を殺し、師の妹のティナを襲い、まだ捕まっていない。


 早急に犯人を捕まえなければいけない。



 二つ目は師スウザントの残した遺産を巡る問題だ。


 スウザントは右腕の移植手術と養い子であるオーガの親子の後見と引き換えに、ドリスタンと言う凡庸な魔法使いに派閥と財産の一部の継承を認めていた。


 この凡庸な魔法使いドリスタンは、暴走し、派閥をかき乱し、師の言いつけを守らず、最後にはスウザントがオーガのために残した魔力の塊のような右腕を自らに移植すると言う愚行に出た。


 この背信者は潰さねばならない。


 それが弟子としての当り前の仕事だからだ。



 三つ目は、とても厄介な仕事だ。



「もうつきます」


 運転している虎獣人のトラビスが声をかけ、エリックは噛んでいた爪を口からはなし、イラついた目で前を向く。


 車は森の中にある白亜の館の前で止まる。


 車から降りたエリックは館に入り、館に入っていく。後ろからトラビスが付き従う。


 執事に案内されるまま二階にある館の主、前子爵の書斎の前に立ち、執事がドアを開けると中に入る。


 書斎のソファーには師ドリスタンの妹であり前子爵夫人であるティナが座り、両脇のメイド服を着た大柄な女のオーガと小奇麗な黒いシャツとスラックスを着て、髪を切りそろえられた、やせ細った年若いオーガの男に挟まれている。


「いらっしゃいエリック兄さま」


 ティナは座ったまま優雅に扇子を広げ、口元を隠し、皮肉たっぷりな笑みを隠す。


 眉間に皺を寄せながらソファーに座るエリック。


「さて、イバちゃん、このエルフが人買いで間違いないわね」


 年若いオーガの男はじっとエリックを見て、コクリと頷いた。


「エリック兄さま? この二人にどのような弁解がありますか? さあ、さあさあさあさあ!」


 楽しそうなティナの声をききながら、エリックはまずじっと大柄な女オーガを見る。迸るような魔力、師スウザントの全盛期に匹敵する、いやそれ以上の魔力量で、だからこそ、もったいない。


 このみるから頭が悪そうな女では、簡単な魔法すら使えないだろう。


 本当に神は気まぐれだと思う。エリックは神を信じたことはないが。


 そして視線を移し、年若い男のエルフを見る。


 エルフかヒューマンの血が濃いのか、線が細く、あまりに華奢だ。顔の形もエルフとオーガの良い特徴だけを受け継ぎ、母同様美しく、いや母よりエルフのエリックには美しく感じる。これはエリックの主観だけかもしれないが。そしてこのオーガからは魔力は感じない。生きていればどんなものでも魔力を持っているものだ、しかしこのオーガは死体のように魔力を発していなかった。


 そして膝の上に置かれている右肩から生えている左手のこう。


 爪は丸みを帯び薄そうで、艶やかな桜色をしている。


 女の手の甲で、エルフの手の甲だ。


 ティナの話しでは師スウザントの左腕らしい。


 美しいその左手の甲をじっと見てしまう。まるでそこに師が存在するような気がして、エリックは目が離せなかった。


「それでは謝罪をいただきましょうか!」



 三つ目の仕事はオーガの親子に対する謝罪だ。



 エリックはゆっくりと頭を下げる。


「すまなかったな」


 エリックがそう言うと、オーガの親子は目を逸らし、何もしゃべらない。


「イバちゃん、何か言ってやりなさいよ!!」


 幼少期から姉の弟子であるエリック知っているティナは、気安くけしかけるが、イバと母は平民でも最底辺の貧民街上がり、貴族に歯向かえば死が待っていることを知っていいるので、口を固くつぐんでいる。


 エリックは年若いオーガが、何もない空中をチラチラと見ていることに気がついた。よく観察していると、コクリと、ものすごく小さく、きっとエリック以外が気がついていない頷きをした。


 そして、今まで逸らしていた視線を、エリックに向ける。


 年若いオーガの頬は引きつり、小さく痙攣している。だがその眼から見える精神は、貧弱な肉体とは違い、煌めく真剣のように鋭く、強靭だった。


「ワシはどうなってもいい、だから、おかあは殺さないでください」


 年若いオーガは頭も下げず、視線もずらさず、真っ直ぐエリックに向かいそう言った。


 真剣のような精神で。


 エリックはこのオーガに、師の右腕が継承されたなら、納得はできないが、怒りは浮かばなかったろうと思った。


「分かった。約束しよう」


 紙やすりのようなしゃがれた声で、そう答え、エリックはソファーから立ち上がる。もう話すことはない。自分はこのオーガとした約束は絶対に守るだろう。なのでこの先話すことは何も存在しない。


 エリックは部屋を出る時、ふと年若いオーガが見ていた空間に目をやる。


 なぜかそこには、昔感じた師スウザントのやさしさと温かさを感じた。


 錯覚だろうが、また師に会えたような気がして、少し心がふわっと浮つくような感覚がした。


 書斎を出て、車に乗り込み、旧市街を出る。


 後部座席に座ったエリックは、軽く弾むような心に、戸惑いと楽しさと、師を失った悲しみを溢れさせていた。


 あのオーガとこの先関わっていくのも、面白いかもしれないと、考え始めていた。


「頭をおさげになる必要がありましたか?」


 運転席から、虎獣人のトラビスが声をかける。


 エリックは車窓から外の淡く降る雪を見ながら、


「さあな」


 と、気のない返事を一つした。







◇◇◇◇








 ティナに連れ戻されたイバと母は、エリックとの和解の席に連れ出され、緊張と恐怖でぐったりしていた。


 二人は館の離れを客間として用意され、そのベッドで大の字になり寝ころんでいた。


「こわかったー」


 母はうつ伏せのままそう言葉を漏らし、イバは返事すらできない放心状態で薄っすら目を開け、目の前で母によくやった! がんばった! えらい! と励ましの声援を送るスウザントの霊体を見ていた。


 このまま眠っていしまいそうだ、イバは薄れつつある意識の中でそう考えていると、目に映る母はもう寝ているようで、スースーと寝息がきこえてくる。


 このまま寝てしまおうと目を閉じていくぼやけた視界の端に、異常な断片が映った。


 右腕。


 金色に輝く、魔力の塊。


 その腕が、天井からうつ伏せに寝入った母に向かい手を広げて落下する瞬間だった。


「おかあ!!」


 イバは跳ね起き、天井から落ちてくる右腕を両の左腕で払いのける。


「なになになになに!?」


 母も跳ね起き、イバを抱きしめ壁にへばりつく。



 イバは母に腰を抱かれながら、跳ね飛ばした右腕を探す。



 離れの寝室の出入り口、ドア前に鎌首を擡げさせたような格好で右腕がイバ達に向かい手のひらを大きく開いていいた。

 

 

 

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