第12話イバは手紙を読む
イバがなぜスウザントの孫になったのか? イバの母であるユーイーがスウザントの養子になったからである。
ユーイーは何も分かっておらず、「イバよかったねー!」と両手を上げて喜んでいた。
ベッドに横になって、口をぽっかり開け、意識があるのかないのか分からないスウザント。
よく分からないけれど、いいことのような気がするだけで大喜びしている母。
ニコニコと母とイバのことを見ている小柄なエルフの女性ドリスタン。
ドリスタンの後ろに控える背の高いエルフの女性は無表情で、じっとスウザントの右腕に巻かれている真っ黒い包帯を見ている。
「それでは、施術に入りましょうか」
ドリスタンが笑顔のままで、そう言った。
「施術?」
イバがきき返すと、
「あれ? 師から、きいてないですか?」
と、人指し指を顎に当て、驚いた顔をする。
「師から、手紙をもらってませんか?」
ドリスタンに言われ、自分と母に向けた手紙の存在を思い出し、戸棚から二通の手紙を持ってくる。
自分に向けた手紙の封を切り、広げる。
『親愛なるイバへ
イバ、あなたはとても素晴らしい人です。
私は長い人生の中で、最期にあなたと出会えたこと、幸運です。
あなたはいつも、何もいらない、母の幸せだけあればいいと言いますが、
それは違う。
あなたは、母と共に幸せになるべきです。
人は幸せを求め、生きる生き物です。
それが他者から見て、汚く、矛盾しているように見えても。
必ず人は、幸せを求めて生きています。
それはあなたも変わらない。
だから、幸せを求めることを、あきらめないでください。
私も人生の最期に、私の幸せを求めたいと思います。
まずあなたと、ユーイーを身内にします。
ユーイーを私の養い子として登録することにしました。
私の財産の管理は、妹の夫である前ビルトレイ子爵と、
工房管理をしているドリスタンが行っています。
ユーイーとイバの生活はその二人が責任をもって、面倒を見てくれます。
二人の生活の安寧が、死にゆく私の心の安寧になります。
次に、あなたに私の右腕を移植します。
こんな枯れ木のようなおばあちゃんの腕では申し訳ないけど、
許してね。
あなたは右腕を得ることにより、魔法が使えるようになる。
私はそう確信しています。
あなたは私より、大きな足跡をこの世界に残す魔法使いになる。
その傍らに、私の右腕があることが、本当に幸せです。
イバ、私はずっと、あなたと共にあります。
心も、技術も、そして肉体的にも。
イバ、別れは偽りで、別れはありません。
私とあなたは、あなたの命尽きるまで、共にあります。
親愛なるイバ、さようなら。
親愛なるイバ、別れはありません。
これからの二人で歩む人生を、楽しみましょう』
さほど長くない手紙の文字は、手の震えと筆圧のなさで弱々しく崩れていて、達筆であったスウザントの見る影もなかった。
でもその手紙の中に、イバがいた。
イバのことをじっと見て、認めている目があった。
オーガで、右腕がなく、力がなく、生きている価値なき自分を、スウザントはじっと見ていてくれた。
涙は出ない、きっと前世と今世で使い果たしたのだろう。
涙は出ない、枯れはてて。
涙は出ないが、イバは前に進み出て、左手でスウザントの左手を握る。
枯れ木のように水分を失った少し冷たい手は、それでも生きていて、とても大切なものに感じた。
イバは母以外に、世界の中で、大切なものを見つけた。
気がついた瞬間だった。
スウザントが寝ているベッドの横にテーブルが運ばれ、その上にイバが寝かされる。白衣を着てマスクをつけたドリスタンと背の高いエルフの女がベッドとテーブルの間に立ち、母は酒をへべれけに飲まされ暖炉の前で寝転がされていた。母にこれから起こることを理解できないだろうし、ショックで何かしでかしてもいけないので。
イバは白濁した何かを椀一杯飲まされ、精神が白濁している。
「それでは、まず、師の腕を見てみましょう」
スウザントの右腕を覆っている黒い包帯をドリスタンと背の高いエルフが外していく。
黒い包帯の下から出てくるのは、みずみずしい、美しい右腕だった。
「まあ」
ドリスタンは、師の右腕に秘められた魔力の大きさに驚いて声を上げた。
魔力をここまで右腕に込めなければ、スウザントはもっと長く生きられただろう。
体の全ての養分を右手にため込んだために、他の部分が急激に枯れていた。
背の高い女が、
「もったいない」
と、精神が白濁し、薄目をあけているイバを見て、そうつぶやいた。
「ふふ」
ドリスタンは楽しそうに笑った。
ドリスタンは慎重に、だが正確に師であるスウザントの右腕にメスを入れていく。
肩関節離断、肩甲骨につく上腕二頭筋長頭を慎重に剥がし、肩関節周囲につく腱板を慎重に剥がしていく。
スウザントの右腕以外から、命が抜けていくのが分かる。
師から命が抜け、右腕に注ぎ込まれていくのが分かる。
師そのものになった右腕を、恭しく掲げ、しっとりと濡れた皮袋の中に肘をたたみ入れる。
「終わりました」
ドリスタンが笑みを浮かべ、そう言うと、
「移植はどうするのです?」
と、背の高いエルフの女がドリスタンにきく。
「こんな宝物、オーガにはもったいないでしょ」
笑みを浮かべたまま、半目をあけてテーブルに横になっているイバを見下ろし、少
し考え、
「殺しましょう」
と、ドリスタンが言った。
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