第1話 孤児院育ちの可哀想なエイミー

-1-


 あー。 誰でもいいから、私をどこか遠くへ連れて行ってくれないかしら。


 私。エイミー。孤児院のみなしごの貧しい、可哀想な女の子。

 すんごいチビすけなんで、年下のガキにもいじめられて泣かされたりしちゃう。

 孤児院の先生達だって、みんなエイミーのこと嫌いなの……。


 私の隣のベットに寝てるメアリーみたいな、根性曲がりくねって根性悪でも、外観は金髪、碧眼、巻き毛の天使みたいな女の子が好きなんだ。

 エイミーみたいな、茶髪、茶眼、くせっ毛の内気な、そのくせドンクサくって失敗ばかりしてる子なんて、目にかけてくれないどころか”諸悪の根源”とばかりに、先生達の格好の怒りの吐け口。


 ここ数年、怒られなかった日なんて、片手の指で足りちゃう。

 パパ、ママ。どうしてエイミーのこと捨てちゃったのかな。

 育てられなくても、名前とか住所くらい書き残しておいてくれたら、どんなに辛くても耐え抜いて、大きくなったら会いに行くのに。


 泣き虫のジミーだって、痩せっぽちのマリーナだって。みんなみんな、両親がちゃんと生きてて、クリスマスプレゼントとか毎年貰ってるんだよ?

 なんで、エイミーだけパパもママもいないの?

 ひょっとしたら……パパ、ママ、もうこの世にいないのかな?

 なんだか、涙が出て来ちゃうよ。


 お空には白いプチムーン。

 コバルトブルーの夜空に、ちかちか瞬くお星さまたち。

 もうみんな寝ている時間。


 今夜は、あんまり淋しくなったんで。

 こっそり寝室を抜け出してきたんだ。

 お遊戯室の大きな窓の下で、メアリーに取り上げられた、ちょっぴり手垢でよごれた、お気に入りのシャム猫のぬいぐるみを、ぎゅうっと強く抱きしめる。


「トム、今夜は私だけのトムだね」

 トムという名の、お気に入りのシャム猫のぬいぐるみは、月影の下、コクンとうなずく。


 そのまま、ずーっと夜空を見上げていたの。本当にキレイだったから。

 パパ、ママのことなんか考えながら……。


-2-


 その時!な、なんとっ!!


 鳶色のほうき星が、しゅーっと音を立てて目の前に現れたの!


 し・か・も

 その大きさが半端じゃない、窓一面が、そのほうき星さんで、信じられないかもしれないけど、そ・の・ま・ま・ほうきの形してんの!


 ぴかーっ☆と鮮烈な光りを浴びて、思わず目をまん丸、ドングリおめめにしたまま、声も出さずにその場に立ちすくんじゃった。

 その時、ほんの一瞬しか見えなかったんだけど、確かに見たの。

 ほうき星の背後に黒いシルエット、若い長身、細身の男性の切り絵のような姿。

 しなやかな身のこなしで、あっという間に視界から消えた。

 はっと我に返ったのは、トントンと肩を叩く小さな手に気付いて。

 ぎょっとして振り向くと、先刻まで腕に抱いてたぬいぐるみの猫のトムが、くりくりっと緑の瞳を輝かせて、へへへっと灰色の前足でピンッと跳ね上がったヒゲをなでた。


「いや~っ、窮屈だったあ!!」

 う~と伸びをして、ぴょんっと窓の桟に飛び乗った。

「ト、トム、お前、生きてるの?」

 トムは、ふふんっと笑って、

「ぬいぐるみにだって、ちゃんと心はあるのさ。ただ、動けないだけ。今までずっとエイミー達のこと見守ってたんだよ。笑ったり泣いたりしてるの」

「本当に?」

「そう。エイミーが初めてこの孤児院にやって来た日のことも覚えているよ。凄い大雨の日でタオルケットに包まれてずぶ濡れになった小さな赤ちゃんが、玄関の石畳の所に寝かされて大声で泣いてた、それがエイミーさ」


 トムは、ちょっと遠い目をして長い尻尾をくるんと曲げた。

「ふーん。で、それで……なんで急に動けるようになったの?」

「ボクにもよく分からないけど、さっき何かがぴかーっと光ったあの光線に訳がありそうだな」

 そう言うと、くいっと首を傾けた。


-3-


「そういやー、どこかで聞いたことあるなあ、ぬいぐるみの間の言い伝えなんだけどね。おやっ? あれは何だろう」


  窓の桟に乗っていたトムが、窓の下の方に身を乗り出して、一心に何かを見つめている。

「どこどこ?」


 エイミーも身を乗り出す。トムの視線を辿ると、中庭の暗い茂みの中に、確かに神秘的にキラキラ輝く物体が転がっていた。

「ちょっと見てくる」


  トムは、ひょいっと闇の中に身を投げると音も無く、足から優雅に中庭に着地した。

  しばらくの間、茂みの中でゴソゴソする音がして、それから”キラキラ輝くなにか”を口にくわえたトムが、茂みの中からボコッと頭を出した。


「かなり大きなものだね。ボクにはちょっと重いけど、エイミーだったら持てると思うよ、降りておいでよ」


  ……とは言っても、ここは2階でも天井の高い造りだから、普通の建物の3、4階になるのかな?

 1階は子供達が逃げ出さないように窓も扉も夜間は錠が掛けられている。


 う~ん。でも、しょうがない。

 よくよく窓の辺りを見渡すと、屋根の上の雨どい代わりの、小さな金属の籠を何重にも連なぎ合わせた飾りどいが、屋根から地面まで真っ直ぐに垂れ下がっている。


  孤児院の先生達に見つかったら三日三晩、食事抜きだな……なんて、チラッと頭の隅に掠めたけど……。

 気にせずに、飾りどいに片足を掛けた。


  と……足場が悪かったのか、重心のバランスが狂って、ずずずずず──と一気に地面まで滑り落ちて!?


  後ろ向きにひっくり返って!

 茂みの中に頭を突っ込んでしまった!!

「くっ、くっく……。はーっはっは!!」

 トムがお腹を抱えて、たまらないっといった感じの大笑い★


  トムのバカヤロ──!★

 少しくらい心配してくれたって、いいだろう。恥ずかしいのと怖いので、


-4-


 もうゴチャゴチャの頭ん中。


「ところで、コレ、何だろうね?」

 ようやく落ち着いたトムが、キラキラ輝く長い棒のようなものを茂みの中から、 ひょいっと突き上げた。

 棒の先の方は、茂みの細い枝に引っかかっている。

 よーいしょっと


 綱引きの要領で、思いっきり引っ張ってみる。

 と、思ってたより簡単に抜けた。

 そおっと、松明かりみたいに空に向けて掲げてみると、

 パチパチパチッと七色の光りを放ち、本物の炎のように眩しく瞬いた★


「うわあ──。キ・レ・イー!」

 季節外れの花火みたいで、しばらく言葉もなく見とれてしまった。

 閃光が収まると、その、”物体”は夜の深い闇の中に、静かに本来の姿を現した!


「あっ! ほうきだあ!!」


 金色に輝く物体は、昔風の一本一本編み込まれた小型のほうきだった!!

「ねえ、ほうきってさあ、よくお伽噺とかに出てくるじゃない?魔女とかが乗って自由に空が飛べたり、ひょっとするとさ、コレもそういう素質あったりなんかしてー?」


 すっかり’HIGH’になって、金のほうきに跨って、前後にゆらゆら揺すってみるけど、ビクともしない。


 やっぱりダメなのかな?

 そんなに世の中、甘くないよな……。

 なんて思った時。


「院長先生、先生、大変です。またエイミーがいません!!」

 大きな声が建物を突き抜け、孤児院の広い敷地内に稲妻のように響き渡る。

 と、同時に建物の窓に次々に明かりが灯り、バタバタと走り回るスリッパの音があちこちから聞こえる。

 大──変!! 夜の見回りがあるの、すっかり忘れてた!

 いつもこの時間までには、ちゃんとベットに戻っていたのに……。


 その時、中庭に、さあっと一筋。

 ライトの光線が突き刺さり。

 エイミーとトムの姿が暗闇の中浮き上がる。


-5-


「トム、大変だ! 逃げなきゃ!!」


 とっさに、茂みの中に身を隠す。

 もう、心臓パクパク状態☆


「エイミー、隠れたって無駄だからね。そこにいるのは分かってるんだから、さっさと出てこないとどうなるか……」

 2階の子供部屋の窓が大きく開け放たれ、悪魔のような形相をした院長先生が、吠えるように怒鳴る★

 中庭に続く、少し錆び付いた非常階段をぎしりぎしりっと不気味な不協和音を奏でながら、顔面蒼白の老女が、じりじりとエイミーの達の方に近づいてくる。


「お前みたいなひねくれ者は、地下室に閉じこめて禁固3日間、食事抜きのお仕置きだからね!」


 その死刑の宣告のようなお告げと同時に。

 突然の稲妻が、凄まじい閃光と騒音を立てて、エイミー達の数メートル先の木を直撃した!!


 その閃光で、茂みに隠れていたエイミーと、トムの姿が老女の前にくっきりと浮かび上がる★

「やっぱり、そこにいたのね!」

 ニヤリと獲物をしとめたフクロウのような笑みを皺だらけの顔に漂わせ、下草を踏み分けながら確かな足取りで向かってくる!!


 その手は、金属製のずっしり重そうな杖をしっかりと握りしめている。


 絶体絶命だよ~っ!!

 エイミーの命運も、とうとう尽きたか?

 ううん。最後のお願い。

 神様。もし、いるんでしたら……。


 エイミーを助けて!

 小さな手の中の、この金のほうき。

 お願い!飛んで、飛んで!!

 思いの限りを込めて、真剣にそう願った。


───その時、奇跡が起きた───


-6-


 急に、アクセルを踏み込んだ時みたいに、

 前につんのめる感じで、ふわりと体が浮いた!

 そして、そのまま、どんどん急上昇していく。


 どんなジェットコースターよりも迫力満点。

 振り落とされないように しがみついているのが精一杯。

 髪の毛は、もうパッサパサで頬を右、左と激しく風が切る。


 やっと落ち着いたと思った時、下の方から、エイミーを呼ぶ必死の声がするのに気付いた。

「エイミー、僕も連れて行ってよ!」


 遙か下の方に、低木をかき分けながら必死に走ってくる、グレーの小さなネコの姿が見えた。

 いけない! トムを忘れてた!

 慌てて、急降下!! びゅーん☆


 そ・の・時

 トムのすぐ後ろまで追ってきている院長先生と目がぱっちり★

「エイミー、逃がさないよ!!」

 その鬼気迫る狂人の目に。一瞬背筋がヒヤリ★

 でも、でも。今はそんな場合じゃあない!!


「トム、早くおいで」

 エイミーの差し出した手が、院長先生がトムの尻尾をつかむ手より1/1000秒ほど速く、トムは素早く肩に飛び乗る!

「ほうき! 急上昇、発進!!」


 叫ぶと同時に、金のほうきは一直線に空へ向かってすっ飛んで行った。

 驚いた子供達の、口々に叫ぶ歓声が後ろの方から、かすかに聞こえてくるけど、

 その声もどんどん小さくなっていく……。


「あれ、エイミーじゃない!?」

「すんげー、ほうきに乗ってるよ」

「あのネコちゃん、私のよ」

「ねえ、どこ、どこ?」

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