閑話 SS 進入禁止アルナールお断り
浴場を使った後で、ついつい剣の稽古をしてしまったので、汗ばんだ衣服を着替えようとしたアルフェリム。
そこへ。
「ねぇ。なんかお酒が手に入るらしいって聞いたんだけど。ミラーノのやつが頑なにそんな事実はないって言い張るのよ。本当?」
「うわぁぁっ!」
慌てて、服をかぶりなおす。
「なんで、いるんだ!?」
「シアンが、薬草を並べ始めて、邪魔だからしばらく帰ってくるなって」
「だからって、ここは男性用の寝所なんだが!?」
「だからなに?」
ダメだ、話が通じないと頭を抱えるアルフェリム。
眠っていたレオニアスも起き出してきた。
「あれ、姉上? これは夢かな、夢なら殴っても許されるかな?」
アルナールは、素早し身のこなしで弟の腹を殴る。
「たかが夢と現実の差で、私に勝てると思ってるの?」
「それは、たかがと言える範疇を超えていると思うよ……」
レオニアスは、寝袋に沈んだ。
なお、この騒ぎでもウヌ・キオラスはぐーすか気持ちよく寝ており、ミラーノはおそらく気付いていて無視を決め込んでいる。
翌朝。
「あー! 私のドライアプリコットがない!」
朝一番から、ウヌ・キオラスが騒いでいる。
「だれか、私のおやつ食べたでしょ!?」
首を横に振る、アルフェリムとレオニアス。
「じゃあ、残るは君しかいない! ばっちゃんの名に懸けて!」
ウヌ・キオラスに指さされたミラーノは、めんどくさそうに返事をする。
「末っ子の食い物を奪うほど飢えてない。先に行くぞ」
ツッコミすら放棄し、さっさと出て行った。
首をかしげるウヌ・キオラス。
「たしかに、彼はどこぞの公女みたいに食い意地張ってないよね。じゃあだれ?」
アルフェリムには、心当たりがあった。
「そういえば、昨夜、ネズミが一匹紛れ込んでいた」
レオニアスも頷く。
「そう、あれは、飢えた獣だった」
「え、そんなの困るよ。害獣対策しようよ」
というわけで、おしゃべり三人組による、アルナール進入禁止作戦が始まる。
◇ Day1
ウヌ・キオラスの采配により、一枚の大きな木の板を自立させ、入口からの進路を遮るように置く。
「どこかの村で聞いたんだ。悪霊は、まっすぐにしか進めないから、衝立のある玄関から入れないんだってさ」
さすが、99年も生きていれば知識も豊富になるものだ、と感心するアルフェリム。
結果は。
バコーン!
音を立てて倒れる衝立。
「ねぇ。なんかシアンまで目を合わせないんだけど。やっぱり何か隠して――なにこれ。風よけ?」
アルナールを追い返し、頭を寄せ合う三人。
「そっか、悪霊じゃなくて害獣って設定だったね、今回」
「悪霊でも、合っていると思うけど。
「いやいや、悪霊には消化器官がないし、物理的な攻撃も仕掛けて来れないだろう。彼女に比べれば無害さ」
「「異議なし」」
◇ Day2 十字架とにんにく
またしてもウヌ・キオラスの指示で、木の棒をクロスさせ、十字の形をした飾りを作り、戸に貼り付ける。そして、本当はにんにくがいいそうだが、温室では手に入らなかったので、香りの強い薬草も吊るしておいた。
「木の棒は、神様を表す神聖な紋様なんだ。そして、古来から殺菌作用のあるにんにくは、魔除けとして用いられてきた。だから生前、それらに親しんできた
「たのもー。あんたたち、また男三人で集まって。暇なら鍛えてあげようか?」
ウヌ・キオラスの解説の途中で、アルナールが乱入。この作戦も失敗に終わる。
またしても、対策会議を行う三人。
「さすがの姉上も、生物のカテゴリには入ってるだろう」
「そもそも、信仰心の欠片もない彼女に、神聖ななんとかなんて効くはずないさ」
「なんて手ごわいんだ。こうなったら、高名な武人も迷うという、あの必殺技を使おう!」
◇ Day3 陣法
昨日までの小道具を生かし、衝立や小物などをウヌ・キオラスの指示通り配置。入り口から建物内部へ、かなり蛇行しないと進めない仕様に模様替えする。
突き当りの壁に、デカデカと「害 獣 撃 退」の文字が躍る。
陣法というのは、建物の配置で敵を惑わす方法のことだ。例えば、古代の城は、ぐるぐると城壁で囲んで方向感覚を失わせ、かつ要所で敵を迎え討てるように設計されている。
武術の流派によっては、これに呪術的なものを組み合わせ、特定の時刻にしか開かれない出入り口を持つ秘密の空間を作ったりもできるそうだ。
この方法は、アルフェリムの城郭に関する知識、レオニアスの武術に関する知識、ウヌ・キオラスの民話的知識の集大成と言える。
夜半、忍び込む獣を待つ三人。
そして、やってきた金色の瞳の獣。
「シアンが吐いたわ。やっぱり、お酒作れるんだって。でも消毒用のが先だって言うから……散らかってるわね。なにこれ、ネズミの被害でも出たの?」
二足歩行のその獣は、せっかく作った陣法を踏み荒らし、壁に貼った羊皮紙のお札をべりっと引き
「あ、あったあった。シアンって、新しく作ったドライフルーツは、真っ先にウヌ・キオラスに渡すのよね。私だって育ちざかりなのに」
のっしのっしと足音を立て、獣は去って行った。
慰め合う三人。
「そのネズミ 分かっていますか あなたです
「くふっ! 巧いこと言うなぁ」
「私のブルーベリーが、ごっそり持っていかれちゃった……」
「効果的な害獣対策、知ってますよ」
「うわっ!?」
いきなり現れた四人目に、驚く三人。いや、驚くほうがおかしい。もちろん、ミラーノは毎日いっしょに寝泊まりしている。
「その陣法とやら……はどうでもいいけど、明日もう一度同じことをやって。お札を、外に貼ればしまいだ」
ミラーノはささっと羊皮紙に文字を書きつけた。なお、使っているのはベリーの果汁である。
「なんて書いたの?」
というウヌ・キオラスの問いかけに対して。
「内容を人に知られると、効果がなくなるんだ。だから、明日の夜、俺がこれを貼って完成させる。安心して眠ってくれ」
もっともらしくミラーノが言ったので、この夜は解散してみんな眠りについた。
翌日の夜。
またしても、現れた獣。今夜は、すでにサキイカを齧っている。
お札の効果はいかに?
建物の前で、じっとお札を見つめるアルナール。
なにやら気まずそうに頬をかき――なんと、引き揚げていった。
「やった、人類の勝利だ!」
手を取り合って喜び合う三人は、お札に書かれた言葉を知らない。
知っていれば、こんなに無邪気に喜ぶことはなかっただろう……。
翌朝。
三人にはお札の呪いが降りかかった。
はしゃぐ三人の姿に代わり、一枚の辞世の句が、建物の外に掲げられる。
――すみません 反省します もうしません
詠み人:アルフェリム、レオニアス、ウヌ・キオラス
◇ After お札の真相
おしゃべり三人組をからかってやろうと、サキイカを齧りつつ
いじめっ子というのは、いじめられっ子の反応を見て楽しむものなのだ。
見覚えのある字で、羊皮紙にデカデカと書かれた呪文――いや、苦情。
「安 眠 妨 害 !!
今度やったら、あなたのサキイカ、すべてルディレザルに食わせます
あと、この三人も食わせます」
(あ、やばい。これ、わりとガチのやつだわ)
説教魔リーデルの息子は、その遺伝子をばっちり受け継いだらしく、これまた説教が長いのである。
アルナールは、素直に退散した。
そして。自分たちの罪についぞ気付かなかったおしゃべり三人組は、朝からまとめて小一時間説教を食らったのであった。
< おしまい >
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます