第2話「転生サムライ、抜け道を探す」

「誰だっていやだよなあ? 腹を切って自殺しなきゃいけないなんて」


 俺の肩をたたきながら、ジーノは言った。


「でも、誰のせいでもないよな? お前はサムライに生まれちゃったんだからなぁ! 自分の生まれを呪うしかないよなあ!!」

「もちろん、ぼくたちは『ハラキリ・ペナルティ』を命じたりしないけどね?」

「ケイジくんはパーティの仲間なんだから」


 レヴィンとマチルダが笑い声をあげる。


 ジーノたちと出会ったのは1年くらい前のことだ。

 冒険者ギルドでクエストを探していたら、ジーノが声をかけてきた。



『パーティに入れ。前衛ぜんえいになれ』と。

『……拒否したら……わかるよな?』と、すごくいい笑顔で。

『主君のないローニンがいて良かったよ』と。



 そうして、俺たちはパーティを組んだ。

 俺が前衛で切り込み隊長。

 ジーノとレヴィンとマチルダは後ろで魔法攻撃と支援をするのが役目だった。

 でも、ジーノたちが戦うことは、ほとんどなかった。


 サムライは強い。

 接近戦特化型で、日本刀を使った戦闘スキルに長けてる。

 俺が敵をどんどん斬り捨てるだけで、クエストは攻略できた。


 もちろん、ジーノたちがなにもしなかったわけじゃない。

 今回ジーノは、ダンジョンのスイッチを魔法で起動させてる。

 まあ、魔物は全部俺が倒したんだが。

 うっかり呼び寄せた、ダンジョンボスのオーガも。


 それでも、分け前はジーノたちの方が多かった。

 なのに……まだしぼり取ろうって言うのか。



「冒険者ギルドより。パーティ『復権ふっけんのノーブリス』の皆さんに申し上げます」



 不意に、声がした。

 気づくと、ギルドの受付嬢のメアリさんが、俺たちを見ていた


「パーティメンバーから強制的に報酬ほうしゅうを取り上げることは禁じられています。場合によっては、パーティの登録抹消とうろくまっしょうもあり得ますが?」


 メアリさんは言った。

 彼女はギルドマスターのめいでもある。

 俺たちの様子を見て、警告けいこくに来たらしい。


「ケイジ・サトムラさまは優秀な剣士です。ソロでも活動をされています。あなたたちが難易度なんいどの高いクエストに挑めるのも、ケイジ・サトムラさまの活躍かつやくあってのことでしょう? その方から報酬を取り上げようなんて……!」

「強制はしてねぇよ」


 ジーノは笑った。


「サムライが、貴族に逆らえない生き物ってだけだ」

「ですが!」

「サムライなのに冒険者になったこいつの自己責任でしょうが」


 いつもと同じ言い分だった。

 本当に自己責任って言葉が好きだな。こいつらは。


「こいつが本当に優秀なら、貴族に仕官しているだろうよ。『ローニン』が冒険者としてうろついてれば、貴族のパシリになるのは当たり前でしょうが!」

「ジ、ジーノの言う通りです」

「自己責任! 自己責任!!」


「あなたたちは……!」


 怒りに満ちた顔で、メアリさんがつぶやく。

 それから、彼女は俺に目線を合わせて、


「ケイジ・サトムラさま。あなたは冒険者を続けるべきではありません」


 ──そんなことを言った。


「あなたほどの人なら仕官先しかんさきはいくらでもあるはずです。貴族に仕えることを考えてみてはどうですか? そうすれば、主君以外から命令されることはなくなるはずです!」

「このあたりの貴族って、ジーノの子爵家ししゃくけとレヴィンの男爵家だんしゃくけだけですよね?」

「ギルドが他の貴族を紹介することもできます。あなたほどの人なら……」

「貴族に仕えるのは嫌なんです」


 貴族はサムライに『シドウフカクゴ』と『ハラキリ・ペナルティ』を与える権利を持っている。

 もちろん『ハラキリ・ペナルティ』を命じることは滅多めったにない。

 罪もないサムライを自殺させるのは貴族にとっても恥だからだ。

 それでも、サムライが貴族に逆らえないことに変わりはない。


 王や貴族に絶対服従ぜったいふくじゅう。常に忠誠心ちゅうせいしんを試される存在。

 それが、俺が転生した・・・・・『ネオ・ダイバーシティ・オンライン』の世界なんだから。

 ……いや、本当にクソゲーだな。この世界って。



『ネオ・ダイバーシティ・オンライン』──りゃくして『NDO』は、あらゆる文化を取り入れるというコンセプトで作られていた。

 製作者は外国人。いわゆる洋ゲーだ。


 多様性ダイバーシティの言葉通り、日本文化も取り入れられている。

 ただし、めちゃくちゃ誤解ごかいされていたけど。


 サムライはすぐハラキリしてた。

 王や貴族から『シドウフカクゴ!』『ハラキリ・ペナルティ』を受ければ、即座に死亡。キャラデータはロストして、復活もできない。

『NDO』のサムライは究極きゅうきょくのハズレキャラとして有名だったんだ。


 ただ、西洋的な世界観は、ちゃんとしてた。

 戦士とか魔法使いを選べば、まともに遊ぶこともできた。

 前世では、俺もそれなりにゲームを楽しんでいたんだけど……。


 まさか俺が『NDO』の世界に転生するなんて思わなかった。

 しかも究極のハズレジョブ、サムライとして。


 サムライの冒険者は滅多めったにいない。

 誰にも仕えていない『ローニン』のままだと、貴族には逆らえないからだ。

 今みたいに命令されたりするし。


 もちろん、それを防ぐ方法はある。

 簡単だ。王や貴族に仕官すればいい。

 そうすれば主君以外から『シドウフカクゴ』『ハラキリ・ペナルティ』を受けることはなくなる。


 俺だってそんなことはわかってる。

 でも、王や貴族に仕えるのもリスキーなんだ。


 上司がどんなにブラックでも文句は言えないし、死ぬまで忠義ちゅうぎを尽くす必要がある。

 中途退職ちゅうとたいしょくは絶対に不可能。

 おまけに、雇用主はいつでもこっちの首を (物理的に)切れるというおまけつきだ。

 前世でブラック労働していた身としては、そういうのは避けたいんだ。




「貴族にお仕えするのが嫌だからって、このままでいいんですか?」


 メアリさんは心配そうな口調だった。


「冒険者ギルドは、何度もあなたに助けられています。ダンジョンで動けなくなった冒険者の救助や、森にいる警戒心の強い魔物の討伐など……他の人にはできないクエストを引き受けていただいているんです」

「それは……自分のためにやっただけですよ」

「それでも、ギルドはあなたに借りがあります。お願いですから、仕官先を紹介させてください」

「ありがとうございます。でも……もう少しの辛抱しんぼうですから」

「もう少しの?」


 ……おっと。


「いえ、こっちの話です。心配してくれてありがとうございます」


 俺は正座したまま、メアリさんに頭を下げた。サムライっぽく。

 礼儀作法れいぎさほうはサムライの基本スキルだからな。


 それから俺は、ジーノ、レヴィン、マチルダの方を見た。


「わかった。お前たちに投資とうししてやる。現金の方がいいんだろ?」


「最初からそう言えばいいんだよ!」

「さすがはサムライ! 貴族に忠実ぅ!」

「あ、こうなったのは自己責任だからね! 仕官しないあんたが悪いんだから!!」


 ジーノたちが手をたたいた。


 3人らが要求したのは、俺がもらった報酬ほうしゅうの3分の2だった。

 金は、あいつらが人脈を増やすのに使うらしい。

 そうまでして欲しいかねぇ。貴族の家督かとくって。


「はいよ。これでいいんだな?」


『シドウフカクゴ』から解放された俺は、銀貨をテーブルの上に並べた。

 それで満足するかと思ったら……ジーノたちは口論こうろんを始めた。



「オレが子爵家ししゃくけ家督かとくぐには金が」「それはみんなも同じ」「うちは実家を再興しなきゃいけないんだから」「話を聞け!」「そっちこそ!」「伯爵家はくしゃくけの私が一番上に立つべき……」



 ……うん。

 あとは勝手にすればいいんじゃないかな。


 俺は手を振ってその場を離れた。

 宿に戻って、明日の準備をすることにしよう。


「……あの、ケイジさん」


 ふと気づくと、メアリさんが心配そうな顔で俺を見ていた。


「サムライが冒険者になることは前例がなく……対処が遅れているのはギルドのミスです。ジーノさんたちを除名じょめいすべきという意見も出ていますが、すぐに対処たいしょするのは難しく……やはりケイジさんは仕官されるべきでは……」

「ご迷惑をおかけしてすみません」


 俺はサムライっぽくお辞儀じぎをした。


「これからは、できるだけ心配をかけないようにします」

「い、いえ、私のことは……」

「大丈夫ですから」


 俺は、そでの下にかくしておいた黒水晶くろすいしょうに触れた。

 必要なのはこれだけだった。

 他のものは取り上げられても構わなかったんだ。


 ジーノたちは他人のプライドをへし折るのが好きだからな。

 俺が『黒水晶だけは渡せない』と言ったら、間違いなく取り上げただろう。


 最初に黒水晶を差し出したのは、これが不要なものだと思いこませるためだ。

 そうすればジーノたちは『いらねぇ!』と言うと思った。

 もちろん、3人は予想通りの反応をしてくれた。


 あとは床に落ちた黒水晶を、なかまの中に隠しておけばよかった。

 その状態で『シドウフカクゴ!』と言ってくれれば、俺は正座状態になる。

 袴の中を確認しにくくなる。


 黒水晶は立ち上がるときに回収して、袖の下に隠しておいた。

 あいつらは銀貨ぎんかに気を取られて、黒水晶のことなんか忘れてたからな。



 これで、必要なものが・・・・・・そろった・・・・



 山のダンジョンにあった黒水晶くろすいしょう

 海辺の洞窟どうくつに打ち上げられていた紫珊瑚むらさきさんご

 満月の日に実った竜眼リュウガン

 まだ食物を載せたことのない銀製ぎんせいはち……これは鍛冶屋かじやに作ってもらったものだ。準備するのに結構時間がかかった。


 準備はできた。

 あとは現地で交渉をするだけだ。


 俺が王や貴族に支配されずに生きていけるかどうか、それで決まる。

 できなかったら……殺されても構わない。

 このままブラック労働するのも嫌だからな。命を賭ける価値はあるはずだ。


「メアリさんに親切にしてもらったことは忘れません」


 俺はメアリさんにお礼を言った。


「いつかお礼に来ます。恩義を忘れないのがサムライですから」

「……は、はい」

「それでは、失礼します」


 俺は冒険者ギルドを出て、目的地に向かって歩き出したのだった。


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