買われた真の目的2
「まあ俺たちはのんびりしようぜ」
イースラは寝転がる。
あとのお役目は焚き火に時折燃料を足すだけのものである。
魔物や人間が襲ってくる可能性は少なからずあるけれど今いる場所は比較的視界も開けているので誰かが近づいてくれば分かる。
「なあイースラ」
「なんだ?」
「少し体動かそうぜ」
「おっ、お前もやる気出てきたな?」
寝転がるイースラにクラインが声をかけた。
イースラは珍しい申し出にニヤリと笑って体を起こす。
「今日こそお前から一本取ったるからな……」
クラインは手近にあったまっすぐな棒切れを手に取るとイースラに投げ渡す。
イースラが回帰してからやっていることは配信だけではない。
将来に備えて体を鍛えたり剣の練習をしたりしていた。
回帰前の記憶があろうと体は回帰前の経験を引き継いではいない。
何もしなくて動けるはずはなく、今から適切に鍛えていけば大人になった時に回帰前よりも強くなれると考えていた。
むしろ今から鍛えておくことの方が大事なのである。
イースラたちは朝早く起きて掃除をしたり料理したりしていたけれどイースラはその中でもさらに早く起きて体を動かして鍛錬していた。
サシャやクラインに言うこともなく特に強制するつもりもなかったのだけど、ある時朝早くから鍛錬していることを気づかれた。
隠していることでもなかったのでいつかは気づかれると分かっていた。
意外だったのはクラインが一緒にやると言い出したことだった。
少し困惑したけれど悪いことでもない。
サシャもやると言ったので結局三人して鍛錬をしていた。
剣に見立てた棒を振ったり外を走り込んだりと基礎的なことから始めて、サシャやクラインとイースラが手合わせをして戦い方を体に叩き込んだりしていた。
流石に回帰前の知識があるイースラは二人には負けない。
クラインはそのことが悔しいのか意外と鍛錬を頑張るようになっていた。
今もイースラが体でも動かそうと提案する前にクラインが自分からやりたいと言い出した。
これは非常に良い兆候である。
「今日は周りも広いし魔力も使うか」
いつもはギルドハウスのキッチンか裏手で鍛錬している。
本当はもっと広いところがいいのだけど部屋は狭いしギルドの他の人に鍛錬しているのを見られて目をつけられても面倒である。
だから普段は隠れるようにしていたが今は広々とした場所なので遠慮なく剣を振り回せる。
ギルドメンバーも討伐に向かっているのでしばらくは帰ってこない。
ちょうど良いタイミングである。
「はああああっ!」
一度を閉じて集中を高めたクラインの体から魔力が溢れ出す。
「うん、良い感じだな」
この世の全ての生き物は魔力を持っている。
人間だって同じで、魔法使いでなくとも魔力は持っていて扱うことができる。
だが多くの人は魔力を上手く扱えない。
それは扱い方を知らないからである。
魔力を魔法として扱うことは分かっても魔力を魔力として扱うことは意外と難しい。
魔力を魔力として扱い、そうした能力や才能を持った人のことをオーラユーザーと呼ぶ。
しかし誰しもが魔力を持っているのだから誰しもがオーラユーザーになることはできるのだ。
「今日こそぶっ飛ばしてやっかんな!」
「はっ! 俺にやられて泣くなよ?」
「泣かねえよ!」
クラインは木の棒に魔力を込める。
金属の剣と違ってただの木は魔力を通しにくい。
それなのにすんなりと魔力を込められる時点でクラインにも才能があるとイースラは思った。
魔力の鍛錬に遅すぎることはあるけれど早すぎることはない。
子供の感覚は大人よりも柔軟であり目に見えない魔力という力を比較的容易に受け入れられる。
イースラの回帰前は大人になってからようやく魔力の扱いを習ってオーラユーザーになった。
今回は少なくともその時よりも早く魔力を扱えるようになっていた。
ついでにクラインもオーラユーザーとして大成しそうである。
「どりゃああああっ!」
クラインが木の棒でイースラに切り掛かる。
イースラも魔力を解放してクラインの攻撃を受け止める。
イースラの白い魔力とクラインの魔力がぶつかって魔力によるきらめく火花が散った。
異なる魔力が瞬間的にぶつかると魔力同士が爆ぜて小さく光を放つのである。
魔力同士が押し合う一瞬の抵抗感があって木の棒同士がようやく衝突する。
「おりゃりゃりゃっ!」
クラインが激しく木の棒を振り、イースラは冷静に攻撃に対処する。
「うーん、やっぱり強いな」
イースラとクラインの戦いを見ながらサシャは思わず感心してしまう。
同じく魔力を使っているのだけどその様相はまるで違う。
クラインはまさしく魔力を放っている。
黄色い魔力が体から溢れ出し、空中に拡散して消えていっている。
対してイースラは魔力をまとっている。
白い魔力を完全にコントロールしていて拡散していかないように体に一定の厚さでまとっているのである。
美しいとすらサシャは思った。
頭から足の先、持っている木の棒に至るまでよどみなく魔力をまとうイースラに見惚れてしまう。
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