孤児院を飛び出す時1
「そのようなことできません!」
「考えてもみてください。孤児院のためにもなりますし、子供のためにもなるでしょう」
「子供をそんな危険なことに巻き込むことはできません!」
ある日孤児院に来客があった。
身なりのいい中年の男性で孤児院の子供たちに対しても物腰が良かった。
シスターモーフが部屋に通したが子供たちの興味は男よりも男が持ってきたお土産のお菓子に注がれていた。
イースラも回帰前なら他の子供たちとお菓子の取り合いをしていたところだが、今のイースラは部屋の外で会話を聞いていた。
「お引き取りください」
「ふぅむ……3日後にまた来ます。その時にお返事聞かせてください」
男が部屋から出てきてイースラと目があった。
少し口角を上げてイースラに笑いかけると男はそのまま迷いなく出口の方に歩いていく。
「イースラ……あなた……」
部屋から出てきたシスターモーフもイースラがいたことに気づいた。
少し顔をしかめたのは話を聞いてしまっただろうかと心配したためである。
「シスターモーフ、話は聞きました」
「安心なさい。あなたたちを売り飛ばしたりは……」
「いえ、俺が行きます」
「イースラ?」
「その方が孤児院のためにもなります」
「けれど……」
「俺なら大丈夫です。ただやってほしいことがあります」
少し前までただの悪ガキだった。
言うことを聞かずにいたずらばかりしていたのにここのところイースラは大人しくなったとシスターモーフは感じていた。
単純に静かになったというよりはそれこそ本当に大人になったように感じる時がある。
「あなた、なんの話をしていたか分かっているのかしら?」
「分かっています。孤児院が話を断るのにも苦しいことも」
シスターモーフが眉をひそめた。
イースラがウソを言っているような雰囲気もなく、イースラが何を言いたいのかシスターモーフも分かっていた。
「やってほしいこととは何かしら?」
ただ思いつきで行動しているのではない。
そう感じたシスターモーフはイースラの話を聞いてみることにした。
「簡単ですよ。孤児院のため、です」
イースラはニヤリと笑った。
今から少しだけ未来のことを変えてやろう。
そんな風に思っていた。
ーーーーー
「イースラ!」
「ん? なんかあったか?」
「それはこっちのセリフ! どこ行ってたの?」
シスターモーフとの話を終えて戻ってきたイースラにサシャが声をかけた。
お菓子の取り合いならイースラが飛んでくるはずなのに結局やってこなかったのでサシャは心配をしていた。
また体調でも悪くしていたのかもしれないと思っていた。
「ちょっとやることがあってな」
「ふーん? お菓子より大事なこと?」
「ああ、とっても大事なことだ」
「まあいい、はい、これ。一個だけ取っといたから」
「おっ、ありがと」
サシャはイースラにお菓子を手渡した。
いつまで経ってもお菓子を取りに来ないのでサシャが確保していたのだ。
「サシャ、ちょっと話がある」
「……なに?」
最近よく真面目な目をするから心臓に悪いとサシャはドキリとする。
「前に進むべき道があるってこと話しただろ?」
「うん」
「俺は孤児院を出ていこうと思ってる」
「えっ……おっと」
予想もしていなかった言葉にサシャが持っていた自分の分のお菓子を落とす。
イースラが上手くお菓子をキャッチして床に落ちることは避けられた。
「えっ、じゃあ、前に言ってた私のこと幸せにしてくれるって……あれはウソ……だったの?」
サシャの目にじわりと涙がにじむ。
「わわっ! 泣くなって! ウソじゃない!」
「でも孤児院を出てくんでしょ?」
孤児院を出てた人の多くは帰ってくることがない。
生きていることもあれば死んでしまうことも少なくはない。
「みんな……私を置いてく……」
サシャのことを可愛がってくれた年上の子も孤児院を出て行ったきり連絡がない。
文字は書けないから何かお菓子でも送ると言っていたのにまだ一度の便りも届いたことはなかった。
そうした子が何人もいる。
イースラも孤児院を出ていったら孤児院のこと、あるいはサシャのことなんて忘れてしまうのだと思った。
もしかしたら前に話してくれた別の女の子のところに行くのかもしれないとすら考えた。
「頼むから話を聞いてくれ」
「何を?」
サシャはむくれた顔でイースラのことを睨みつける。
大人の女性がこんなことやっていたら嫌になるけれどまだまだ子供なのだから仕方ない。
むしろ可愛いものであるとイースラは思う。
ただ話を聞かないのはいかにも子供っぽい。
「後でシスターモーフからも話があると思うけど俺はお前にも一緒に来てほしいと思っている」
「……えっ」
サシャが驚いたように目を見開く。
元々サシャのことは誘おうと思っていた。
そのつもりで声をかけに来たのだけど話す順序が悪かったかもしれないとイースラは反省する。
「えっと実は……」
「行くよ」
「えっ?」
今度はイースラの方が驚かされた。
説明も何もしていないのにサシャは真っ直ぐにイースラのことを見て答えた。
「おい……ちゃんと話は最後まで……」
「ううん、なんであってもついてくよ」
サシャは小さく首を振って笑顔を浮かべた。
「イースラが行くなら私も行きたいし、イースラが来てほしいって言うなら私はついていくよ」
「サシャ……」
「誘ってくれてありがとう。置いてかないでくれて嬉しいよ」
こんなにも自分のことを思ってくれているのに最後の最後まで何も気づかなかったのは馬鹿だったな、そうサシャの笑顔を見てイースラは心の中で反省した。
ーーーーー
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