第7話 新友達

 生徒会室に寄っていく、という式根くんと別れて一人で教室に戻ると、クラスの女子が遠巻きに私を見てヒソヒソしていた。


 ……まあ、学校一のイケメンにお昼奢ってもらったんだから、そりゃ噂にもなるよなぁ……と思っていたら、クラスでも目立ったところのない女の子である田中杏奈が近寄ってきた。

 ちょっと赤らめた頬が栗色のセミロングの髪によく似合っていて、まるでお人形さんみたいな女の子だ。


「大東さん、式根くんとお付き合いすることになったって、本当?」


「あ?」


 なにそれ?


 意味が分からなくて思わず眉根を寄せて彼女を見たら、睨むような顔になってしまったようだ。そしたら田中さんは「ぐうっ」と怯えたような顔をした。


「ご、ごめんなさいっ、プライベートに首を突っ込むつもりはなくて……まああるけど……」


「どっちなんだい」


「気になるのっ」


 田中さんは可愛い声で訴えてくる。手を祈るように胸の前で組み、うるんだ瞳で私のことを見つめてきた。


「誰が誰を好きだとか、付き合うことになったとか、別れるとか、仲がいいとか悪いとか、喧嘩してるとか、そういうの大好物なの」


 人は見かけによらないとはよく言ったものだ、と思った。

 こんな可愛らしい大人しげな女の子なのに、一皮剥いたらドロドロの噂好きなのか。


「直接聞くなんて、そんなのマナー違反だって分かってる。でもモノがあの王子様だもん。気になって気になって、いち早く情報を手に入れたいの」


「私じゃないのか」


 私は、痒くもない頬をポリポリと掻いた。


が誰と付き合うとか、誰と仲がいいとか悪いとか、喧嘩してるとか――、そっちの需要じゃないわけ?」


「大東さんの需要……?」


 彼女は小首を傾げてきょとんとした。その曇り無き眼が、完全にものを言っている。『大東美咲の噂? なんでそんなもの?』と。


「……く、その無関心はちょっと傷つく。曲がりなりにも学年トップクラスの成績で、しかも生徒会長選挙に立候補までしたっていうのに」


「なんかごめんね。私、学校のアイドルとか、美少女とか美少年とか、そういう人が好きだから……」


「私だって一応美少女だよ」


「確かに大東さん可愛いけど、美少女ってほどじゃないかと……」


 くそっ、式根くんは私のこと可愛いっていってくれたんだけどな。やっぱりあれはおべっかであったか。

 私なんて所詮その程度の人間なのだ。


「なんか、大東さんって面白い人だね」


 可愛らしい声で、田中さんは嬉しそうに微笑んだ。


「話したことなかったけど、面白い人って好き。お友達になろ?」


「いいよ、友達第一号だ」


 正味な話、私に友達はいなかった。毎日毎日遅刻しまくっているし、放課後といえば速攻で帰って家で勉強するしで、友達とつるむような時間が私にはない。それに単純に、友達は求めてはいないから作らなかった、というのもある。


 そこにきて、こんなにあっさり田中さんとお友達になれるとは……。今日は式根くんといいなんなんだ、人との縁が大吉な日なのか? 朝のニュース番組では、さそり座はビリだったんだけどな。


「うふふ、こんな面白い人だから式根くんも好きになったのかもね」


「個性的とはいわれた。好きとは……言われてないかな」


 なんか告白っぽいことは言われたけど、まああれは言葉のあやだろうし。……あれを思い出すと、なんだか心臓がまたドキドキしてきてしまうけど。


 すると田中さんは不思議そうな顔をした。


「付き合うことになったんだよね?」


「いや、弟子入りしてきた」


 きっぱり訂正すると、田中さんは大きな瞳をパチクリさせた。可愛らしい唇から単純な疑問がこぼれ落ちる。


「……弟子って、なに?」


「私が聞きたい。よく分からないんだ、弟子って何だよ。私、師匠としてあいつに何したらいいの?」


「えー、でもぉ……」


 彼女は困ったように眉尻を下げた。


「LINE交換したんだよね? それに学食ですごく仲よさそうだったって……。モーニングコールするって話もしてたって。それってもう付き合ってるよね?」


 確かに学食でLINE交換したし、それが仲よさそうに見えたのかもしれないし、モーニングコールしてくれるという話もした。それにしたって。


「なんで私と式根くんがLINE交換したこと知ってんの、あとモーニングコールのことも」


 どういう情報網なんだ。いまさっき学食でしたばかりの会話だぞ。なんでそれを田中さんが知ってるんだ。


「えへへー」


 笑って誤魔化す田中さん。


「そういう噂って、すぐに出回るんだよ。大東さんも式根くんの彼女になるんだから気をつけた方がいいよ」


「プライベートないのかよ、あいつには……。っていうか付き合ってないってば」


 あいつはあくまで私の弟子で……って、私の個性を倣いたいみたいなこといってたけど、個性って学べるものなのか? あいつは何を考えているんだ……?


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