4.サンドイッチ美味しい

「ガフッ、ンガッ……」


 心地良い温かさに包まれている感覚に微睡んでいると、喉に何かがつっかえた。


 何が起きましたの?

呼吸が無理に止められているかのような……く、苦しい……苦しいですわ!


 何が起きていますの!?

確かつい先ほどまで……。


 思考が半分微睡んだまま、記憶を掘り返す。


 そう、私は確か川から誰かに引き上げられて……。


『ヒハァ〜、ヒハァ〜……だ、誰かは存じませ、が、あり、がとう、です、わ……』

『ちょっ、おい!』


 その誰かは、濃い金髪だった。

けれど日に煌めいて青みがかって見える。


 この髪、転生前の私に会いに牢へ来た令嬢と、よく似ていますわね。


 そんな風にぼんやり思った。


 令嬢の名前を呟いたような気がするけれど、視界が霞んでいく。


 その時、お腹がギュルギュルと鳴る音が。


 確か昨日から、この体は何も食べていなかった。

急に動いたのもあってか盛大に鳴る腹の音を聞きながら、意識を手放して……それから……それから?


「……ぶはあっ」


 思考を働かせていたものの、あまりの息苦しさに飛び起きた。


「あ、あら?

ここは一体?

どうして私、藁まみれになっておりますの?」


 藁が体中に貼りついている。

掛布もなく、藁を体の上から直接載せていた事に、直ぐ気がついた。


 それも荷台の上で寝ていたみたい?

そもそも、どうして荷台に寝ていたのかしら?

というよりこの荷台、動いていますわ?


 まだ自分の意識が半分眠っている。

そんな風に思考のどこかで認識しながら、小首を傾げていると……。

 

「やっと目が覚めたか」


 真後ろから殿方の声が。


 振り返って、そちらを見る。


 黒色の長い前髪。

ハンチング帽を被った青年が、この荷馬車の馬を引いていた。


 軽く私の方へ頭だけ振り返った姿勢の青年は、前髪と帽子のツバで顔が半分隠れている。


「アンタ爆音でいびきを轟かせては、いきなり呼吸が止まって。

また爆音でいびき轟かせては、またいきなり呼吸が止まって。

てのを繰り返してたぜ」


 馬を止め、改めてこちらを向いた青年の言葉に驚く。


 それはいつか見た、お祖父様とお父様の睡眠スタイルでしてよ!?


「そ、そうでしたの……」


 まさか自分がそんな、はた迷惑な睡眠スタイルで眠る日が来るとは。


 あのいびきは、本当に煩いんですのよね。


 申し訳なさと、乙女心が羞恥に傷ついて項垂れてしまう。


「それよりアンタ、昨日うちの旦那様が融資を断った男爵だよな。

旦那様への腹いせか?

他人の領地だぞ!

それも観光名所にもなってる川で、自殺なんかしようとすんじゃねえよ!

旦那様が偶然居合わせて、助けたから良いようなもんの!

あのままアンタが死んじまってたら、アンタんとこの領民だって困っただろう!」


 川で洗濯と禊をしていただけです、とは言えない青年の剣幕に、身を竦ませる。


 迷惑をかけてしまった。

というか今も迷惑をかけている事もあって、とにかく謝らねばと口を開く。


「も、申し訳ありま……」

――ぐきゅぅ、ぎゅるぎゅるぅ……。


 この体はいびきだけでなく、腹の虫も爆音ですの!?

淑女として恥ずかしすぎますわ!


 赤面し、上げた顔を再び下へうつむけてしまう。


「はあ、ったく。

怒る気が逸れたじゃないか。

ほら、これ食ってな」


 青年が斜め掛けにしていた鞄から、包みを一つ取り出す。

私の方へと放り投げてから、再び前を向いて馬を走らせ始めた。


「パンに具材が挟んでありますわ!」


 これは生前、とある伯爵がゲームの片手間に食べられるよう料理人に作らせたという、サンドイッチではありませんの!

女伯爵だった前世では、殿方の食べ物とされておりましたわ!


 当時の私は興味が湧いて、我が家の料理人にお願いした。


 けれどあの時は婚約者に見つかって、はしたないと言われて食べられなかった。


「何だよ、女みてえな喋り方だな……そっちが素か?

昨日はそんな喋り方してなかったけど」

「え?」


 最後の一言が馬車の音で掻き消されて聞こえなかった。


「何でもねえよ。

旦那様からアンタを送れって言われた。

だけどアンタ臭過ぎなんだよ。

馬車になんかとてもじゃねえかわ乗せらんねえし、臭いもあちこち漂いそうだったんだ。

藁に埋めて運んでたのは臭い対策だから、気を悪くすんなよ」

「そ、それは申し訳……えっ、送ってくださってましたの!?」


 突然の好待遇に、顔が輝く。 


 家に辿り着けないまま、野垂れ死ぬかと思っていましたのに!

神様は見放していなかったんですのね!


「そりゃあな。

旦那様が取り引き断わって逆ギレする連中は、山ほど見てきたが、観光名所の川で人知れず自殺しようとした奴はいねえからな」

「あ、いえ、自殺しようとしたわけでは……」


 青年の怒りが落ち着いたのを見計らって、洗濯と禊の件を伝えた。


 結局、紛らわしい事をするなと、また怒られてしまった。

けれど勘違いしたのは、そちらなのに。


 と、何だか納得できなかったものの……。


「このサンドイッチ!

とっても美味しいですわ!

ああ、こんな事なら私の権限だから邪魔するなと言って、無理矢理にでも料理人に作ってもらうべきでしたわ!

サンドイッチを齧った途端、始まるパンと具材の口内共演!

パンのほのかな甘味と、野菜のシャキシャキ食感!

ハムの塩味!

何たる味のハーモニー!」


 サンドイッチが美味しすぎて、一心不乱に食べる方へ集中してしまった。


「いや、ただのサンドイッチだぞ?

大げさすぎないか?

滅茶苦茶、美味そうに食ってんな」


 こちらを振り返る事なく呟いた、毒気を抜かれたような、呆れたかのような殿方の声など、霞んでしまう美味しさでしたわ!

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