第2話 えっ!文化部ですよね?でも、日々の練習は大事です!

 次の日から、私は放送部に入部し、毎日先輩や同じ1年生の皆さんと一緒に基礎練習を行うようになった。とにかく先輩方の声量が凄い!私の声などかき消えてしまう。必死に声を出すのだけど、今度は喉が涸れて逆に声が出なくなってしまう。


「栗須さん、喉で声を出しては駄目!それでは、すぐに喉を痛めてしまうわ。」


 美人さんこと、神倉千穂かみくらちほ先輩からそのように注意された。神倉先輩は二年生で副部長、生徒会の副会長でもある。長身で美人なだけではなく、他の先輩方によると成績も学年トップだそうだ。まさに才色兼備のスーパーガールだ。


「げほげほ・・・。えっと、どうすれば良いですか?」


「いい?まずはお腹を圧迫しないこと。お腹を圧迫すると大きな声は出なくなるわよ。お腹に力を込めて反響させるように声を出せば、声は大きくなるのに喉には負担がかからないの。お腹を圧迫しないためには、姿勢良く立って身体の力を抜くのよ。」


 そう言えば、私って姿勢が悪かったなぁ・・・。背筋を伸ばして、そのまま身体の余計な力を抜いて・・・と。


「あーーーーーーーー。」


 自分でも吃驚するほど大きな声が出た。そうか、私の声が小さかったのは姿勢が悪かったからなんだ。そう言えば神倉先輩は常に姿勢がいい。だから余計に美人に見えるんだ。納得納得。


「まだ駄目よ!喉に力を入れてるでしょう?喉は自然な状態にしておかないと声帯を痛めるわよ。」


「“自然な状態”・・・ですか?」


「そうよ。普段、おしゃべりしている時には喉に余計な緊張を与えたりしないでしょう?その普段の状態が“自然な状態”よ。“自然な状態”ならどれだけ大きな声を出しても喉を痛めたりはしないわ。」


 言われた通り、できるだけ普段通りに声を出してみた。すると、これまた吃驚!喉がちっとも痛くなかった。


「どう?うまく声が出るようになったでしょう?意識しなくてもその状態を維持できるようになったらまずは合格ね。」


「はいっ!頑張ります!」


 ☆


 それから2週間、徐々に意識しなくても状態を維持できるようになって来た。心なしか声も以前と比べて大きくなったような気がする。すると、神倉先輩から新たな指示が飛んできた。


「だいぶ声が出るようになってきたわね。それじゃぁ、次は、滑舌の練習も加えましょう。」「滑舌・・・?ですか?」


「そう、滑舌。別の言い方をすれば、“発音”。声が大きくても、発音が明確でなければ、言葉は伝わらないわよ。普通の人はあまり気にしてないでしょうけど、声だけで正確に情報を伝えるには言葉が明確でないと駄目なのよ。聞き手に勘違いをさせた時点で、アナウンサーとしては失格なのよ。」


「どうすればいいんですか?」


「日本語は全て、“イ”“エ”“ア”“オ”“ウ”の五つの母音に子音を調音させて成り立っているのよ。母音は原則として“声帯が振動して発音される”有声音と呼ばれるものよ。一方で子音は、舌や歯、唇、口蓋から“障害”を受けて出る音なの。」


「しょうがい?」


 神倉先輩の説明が難しすぎて、思わず復唱してしまった。


「うーん、例えばね、カキクケコ、つまりkを頭音にする子音の場合は、口蓋の軟らかい部分と舌の奥を接触させて、息遣いを破裂させると正確に発音できるわね。また、サスセソ、つまりsを頭音にする子音の場合は、歯の裏を舌先で摩擦することで発音するのよ。」


「えっ、えっ・・・(汗)」


 説明を聞いてもよく分らない。私が戸惑っている様子を見て先輩は、


「まぁ練習するうちに理解できるようになるわよ。でも、母音はそうはいかないわね。最初にきちっとできるようにしないと。日本語の基本は母音だから。」


「きちっとしたやり方があるんですね?」


「ええ。よく見ててね。実際に見せてみるから。まずは“イ”。」


 そう言うと、先輩はイの発音をやって見せてくれた。先輩の口元を集中してじっと見る。先輩はイを連続でゆっくりと発音してくれた。口をほとんど開かず、唇は左右に伸びている。


「舌の先端を口の中であげるのよ。じゃぁ次は“エ”。」


 エは、口を半ば開いて、唇は言うなれば皆が普通にしゃべっている時の形だった。


「エの場合は、イほど舌の先端をあげないわね。次は“ア”。」


 アを発音する先輩の口は大きく開いていた。


「アの場合は、舌は自然のままでいいわよ。次は“オ”。」


 先輩は唇を丸め、半ば口を開いた状態で発音していた。


「オの場合は、舌は奥部が半ばあがる感じで発音してね。最後は“ウ”。」


 オの場合よりもより唇を突き出すように丸めて発音していた。


「ウの場合は舌の奥部がオよりもあがるわね。どう?違いがわかった?」


 分かったような分からないような・・・微妙な表情の私を見て、先輩は言った。


「実際にやってみましょう。動作は実際にやってみないとできるようにはならないから。さぁ、私に合わせてやってみて。注意点は、唇の形を大げさなくらい強調することね。」


 それから小一時間、私は先輩に倣ってアイウエオの発音をやり続けた。


「毎日唇の形を意識しながら発声練習をしなさい。意識しなくても唇がそれぞれの母音の形になるようになれば合格よ。あぁ、それからもう一つ。貴女、練習の時、いつも眉間にしわ寄せて必死の形相で声を出しているわね。そろそろ人並み以上の声量は出るようになってきたのだから、これからは声を出しつつ表情を和らげなさい。険しい表情で声を出していると、聞いている人にはきつく聞こえるわよ。言葉には、話す人の気持ちが表れるの。別の言い方をすれば、言葉は人柄そのものなのよ。忘れてはならない事は、相手に冷たく感じさせるのも、逆に暖かさを感じさせるのも、話す人の心掛けによるのだと言うことよ。」


 えっ、そういうものなの?と思ったが、確かに神倉先輩はしゃべっている時、常に菩薩様のような微笑みを浮かべている。整った顔立ちと相まって、女の私でさえドキドキしてしまう。そして何時までもその声を聞いていたくなるのだ。私はと言うと、声量を維持するのに必死で、自分でも凄い形相で声を出している自覚はあった。大きな声を出しながら微笑む・・・今の私には未だ無理だ。でも、できるようにならなきゃ・・・頑張ろう!

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