呪われた魔法使いと落ちこぼれの私
天瀬 澪
第1話:呪われた魔法使い
―――それは、魔法学校の片隅で、ぼんやりと鈍色の空を眺めていたときのことだった。
「アシュリー・マクニール。次にあなたが、エクトルさまの元へ行くことになりました」
教師にそう話し掛けられ、アシュリーはきょろきょろと辺りを見渡す。名前を呼ばれたが、聞き間違いだと思ってしまったからだ。
けれど、周囲には誰もいない。教師は片眉をつり上げた。
「あなたに言っています、アシュリー。エクトルさまの呪いを解いてきてください」
「……ええと、先生?私は落ちこぼれのはずですが……?」
王立の魔法学校からは、数々の名だたる魔法使いたちが卒業している。魔法使いに憧れ、実力を持つ生徒たちが多いこの学校で、アシュリーの成績は常に最下位だった。
周囲から“落ちこぼれ”のレッテルを貼られたアシュリーは、いつも一人で過ごしていた。
そんなアシュリーが、偉大なる魔法使いであるエクトル・クラックの呪いを解く魔法使いとして選ばれたという。
「落ちこぼれでもなんでも、あなたが選ばれたことは事実です。すぐに荷物を纏めて出発しなさい。学校の外に馬車を手配しておきます……あなた、まだ空を飛べないでしょう?」
「…………はい。分かりました」
私が行っても無駄なのに、と思いながら、アシュリーは静かに立ち上がった。
***
偉大なる魔法使いであるエクトルが呪われたという話は、魔法界では誰もが知っている話だった。
けれど、その呪いの内容は極秘事項となっている。
当時、それを聞いたアシュリーは衝撃を受けた。エクトルに呪いをかけられる、他の魔法使いが存在しているのかと。
それから、定期的に選ばれた優秀な魔法使いたちがエクトルの元へ派遣された。けれど、誰もエクトルの呪いを解くことはできなかった。
それならばと、魔法学校に在籍している生徒にまで話が回ってきたのは、つい最近のことだった。
エクトルの呪いを解くことができれば、無条件で魔法使いの資格を与えてくれるらしい。
生徒たちは浮足立っていたが、アシュリーは自分には関係のないことだと思っていた。 そもそも、呪いを解く機会すら与えてもらえるはずがないと。
(……でも、どうして私が…?)
ガタガタとうるさく揺れる馬車の中で、アシュリーは流れていく鈍色の空をじっと見ていた。
家族の中で唯一魔力を持って生まれたアシュリーは、持て囃されて育った。
将来は魔法使いになるという夢を持ち、魔法学校の入学試験を受け、そこでようやく現実に気付いた。
―――自分が生まれ持つ魔力が、ほとんど無いに等しいものであったと。
学科試験をほぼ満点で合格していたアシュリーは、奇跡的に入学することができたが、その先の授業についていけるはずもなかった。
あっという間に落ちこぼれ扱いされ、このままでは卒業試験に合格できるかすら怪しい。
そんなアシュリーが、今回エクトルの呪いを解く可能性のある魔法使いとして選ばれた。
その難解な謎を解こうと頭の中で奮闘しているうちに、馬車は目的の場所へと辿り着いたようだ。
扉が開き、アシュリーは御者の手を借りて馬車から降りる。目の前には大きな屋敷が見えた。
大きな扉の前に、二人の男性が立っている。
「ようこそお越しくださいました、アシュリー・マクニールさま」
そう言って恭しく頭を下げたのは、執事のようなスーツに身を包んだ男性だった。アシュリーは同じように頭を下げてから、その隣の男性へと視線を向ける。
今日の鈍色の空と同じような灰色の髪に、左右で違う金と銀の瞳。その容姿だけで、アシュリーはすぐに偉大なる魔法使いのエクトルなのだと気付いた。
エクトルの瞳はアシュリーを見ているようで、けれど視線は合わない。
その不思議な感覚の理由が、次の言葉で明らかになった。
「俺はエクトル・ファルズ。アシュリー、君は……俺の視力を、取り戻すことができるかな?」
エクトルにかけられた呪いが、視力を奪う呪いだということを、アシュリーはこのとき初めて知ったのだった。
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