第41話 ありがたい催し

「陽輔君、起きてますか?」

「…………一応。」

「出てきてくれますか?」

 花月の声音から不安そうな感じが読み取れる。本当、何で花月がそんな感情になっているのだろうか。お前が気に病む必要なんて万に一つないのに。

「…………何するんだ?」

 本当は昨日のうちに聞いておきたかったんだが、聞きそびれたからな。……恐らく昨日の自分に腹が立つ。

「……陽輔君にとって、楽しいことです。絶対、出てこなければ良かったなんていう気分にはさせません。」

「……詐欺のうたい文句みたいだな。」

 俺は思わず笑ってしまった。

「……騙されたと思って来てください。」

「…………あくまで、強気な姿勢は崩さないんだな。」

 いつのまにか俺の足は部屋のドアへと向かっていた。食料を取りに行くときとトイレに行くとき以外に足を動かしたのは久しぶりかもしれない。

「!陽輔君……!」

「…………で、下に行けばいいのか?」

「はい!」

 俺と花月は下の階にあるリビングのほうへと向かう。うちはトイレが一階と二階にあるので、階段を下りるのも久しぶりだ。

 そして、俺は何の気なしにリビングのドアを開けた。

「高鷹。」

「陽輔。」

「陽輔君。」

「……どうしたんだ、これは。」

 リビングの中はおりがみの輪づくりやPARTYとアルファベットで書かれた風船のようなものなど様々なオーナメントが飾られていた。

 そして、ダイニングテーブルにはフライドポテトやフライドチキン、ピザ、野菜サラダ、シャンパンなど様々な豪華な料理たちが置かれていた。

 そして、部屋にいた菊原と広田と花月の3人の頭にはパーティのときによく見る三角帽子が乗せられていた。……菊原のほうは楽しんでる雰囲気があるが、広田のほうは心なしか恥ずかしそうだった。

「サプライズパーティです。」

「いや、それは分かるが……。」

 後ろを振り返ると、花月はドヤ顔をしていた。……ムカつくな。

「……高鷹、大丈夫?」

 今度は前から菊原が心配そうな表情でこちらに近づいてきた。……挟まれて、逃げ場がなくなってしまった。

「……まあ、大丈夫と言ったら嘘にはなるかもな。」

「……そう。」

 なおも菊原は心配そうな表情のままだ。……申し訳ないな。

「でも、出てきてくれたんだな。」

 広田はフッと笑いながら、そう言葉を投げかけてくる。

「まあ、たまたまな。それに、花月に騙されたし。」

「そうなのか?花月さん。」

「はい!騙してきました!」

 なおも花月はドヤ顔ではっきりそう言った。……それ、悪いことですからね。内容が内容なら捕まりますよ、あなた。

「ありがとう、花月さん。騙してきてくれて。」

「……何でお礼言うんだよ。」

 あなたおかしなこと言ってますよ、菊原さん?まるで、詐欺グループの会話ですよ、それ。

「じゃあ高鷹もこれ被って。」

 ニコニコしながら菊原は机に置いていた三角帽をこちらに持ってくる。えぇ……。

「それは絶対なんでしょうか……。」

「……まあ、無理にとは言わないけどね。主役は高鷹だし。」

「え?俺、主役なの?」

「うん。誕生日パーティーとかだったら、祝われる誕生日の人が主役でしょ?今日は高鷹が祝われる……いや、ちょっとでも元気になってもらうためのパーティだから。」

「……なるほどな。」

 何だか本当に申し訳ないな。何かをしてもらってばかりだ。

「だから、無理にとは言わないけど、ひとかけらでも被ってもいい気持ちがあるなら、被って。」

「……それで当てはまらない人間いないだろ。」

 俺はため息をつきながら、三角帽をかぶる。はぁ……、恥ずかしい。

と、渋々被るとパシャッという音が聞こえてきた。……え?

「……なんかシャッター音が聞こえたんだけど。」

 言って、後ろを振り向くと再びシャッター音が鳴った。……花月。

「引っかかりましたね♪」

「……策士め。」

 頭悪いのにこういうところは頭が回るんだな。……はぁ。

「じゃあ、とりあえず座って座って。」

 言いながら菊原は俺をテーブルの椅子へと促す。

 ……了解。

 俺が座ると、4人ともそれぞれ座り始めた。俺の隣が花月で向かいが菊原その隣が広田という席順だ。

「じゃあ、開けますね!」

 言って、花月がシャンパンへと手を伸ばす。ちょっとそれはまずいのでは……。

「いや、花月さん、俺が開ける。」

 広田がそれを阻止するため花月からシャンパンを奪う。良かった……、恐らく花月がやっていたら大惨事になっていただろう。

「……まあ、いいですけど。やってみたかったななあ。」

 花月が背格好に似つかわしい言葉をボソッと呟く。

「花月……、シャンパン開けたことってあるか?」

「いや、ないんでやってみたかったなあと。」

「……今後も絶対やめといたほうがいいぞ。まあ、一人のときならいいと思うが。」

「え?一人でシャンパン開けても虚しいだけじゃないですか。」

「そうね。花月さんは止めといたほうがいいかもね。一生。」

「菊原さんまで……。え?一生?」

 花月は頭に?を浮かべている様子だ。まあ、やったことがないなら無理もないだろう。

「これ、結構勢いがすごいからな。手が持っていかれる危険性があるんだよ。」

 広田の言葉に俺はうんうんと頷く。

「そうそう。俺も初めてやったとき、蓋が飛んで行って半分くらい中身吹き出たからな。」

「経験者がいる……。」

 菊原がなんか知らないけど、ちょっと引いていた。だって、中学生のときだったし、こんなに勢いが強いって知らなかったんだもん。

「……なるほど。やるときは事前に筋トレが必須と。」

 なんか花月が斜め上方向の解決策を見出していた。いつかは絶対自分でやるつもりなのね……。まあ、色んな状況があるからやらなきゃいけない場面もあるかもしれないしな。

 と、花月が呟いていると、ボンッと大きな音が鳴った。どうやら、広田がシャンパンを開けたらしい。

「おお、結構大きな音が鳴るんですね。」

「よし、じゃあ、入れていくぞ。」

 言って、広田が4つのコップに注いでいく。赤色の炭酸の液体が透明のコップにシュワシュワ音を立てながら、入っていっていた。

「はい、乾杯しましょう!」

 花月の掛け声に俺たち4人はコップを掲げる。

「「「「かんぱーい」」」」

 4人一斉にそう声を上げ、まず一口を飲む。掛け声の方は主に花月と広田の声が聞こえ、次点で菊原、そしてその3人に隠れるように俺は声を発した。……どうしても恥ずかしいからな。

 そして、目の前にある料理たちを各々小皿に取って食べ進めていく。どれも美味そうで、どれから行こうか迷っていると、花月がポンといきなりお皿にピザを乗せてきた。……まあ、拒否する理由もないので、これから食べますかね。

「そういえば、広田って野球の方どんな感じ?」

 ふいに菊原が広田にそんなことを聞いていた。

「ああ、もうちょっとで最後の大会だからな。練習にも熱が入ってる。まあ、うちの高校は良いとこ2回戦くらいだろうけど。」

「そんなこと言わないで、毎打席ホームラン打っちゃえばいいじゃない。」

「無茶言うなよ……。」

「ホームランって確か一番すごいやつですよね?」

「お前……野球のこと全然知らないんだな。」

 花月の発言に思わず突っ込んでしまった。さすがに知らなすぎるのではと思ったが、興味なければ、そんなものなのかもしれない。

「だって、動きが少なくて見てても退屈なんですよね。」

「お前……、野球部キャプテンいる前でよくそんなこと言えるな……。」

 何なら、広田ちょっと苦笑いしているし。

「ああ、ごめんなさい!いや、逆に動きがあるときは面白いと思いますよ。それこそ、ホームランとか!」

「いや、さっき何も分かってなかったじゃねえか……。」

 どの口が言ってるんでしょうかねぇ。

「じゃあ、花月さん。ホームランで得点は何点入るでしょう?」

 なぜか菊原が嬉々として花月に問題を出し始めた。……さっきの発言から恐らく分からないだろうな。

「うーん……、10点くらい?」

「そんなに入ったら、逆に面白くなくなるだろうな……。」

 思わず広田もつっこんでいた。

 10点も入ったらピッチャー泣かせにもほどがある。いや、その場合は走者もホームに帰るたびに10点入るようになるのか?……スコアボードが大変そう。

「状況にもよるけど、1点よ。」

「え!?1点しか入らないんですか!?あんなに盛り上がるのに!?」

「まあ、どっちかというと、ホームランはレアだから盛り上がるといったほうが正しいかな。」

 花月を諭すように広田から説明が入る。まあ、盛り上がり方からすると、花月の驚きも無理はないかもな。……ちょっと無知すぎるかなとも思ってしまうけど。

「一年のとき、私たちが見に行った試合で打ったもんね。広田が。」

 菊原は言いながらこちらを見る。俺は広田ではないが、確かに一年生のとき菊原とたまたま見に行った予選の大会で広田はホームランを打った。……あれは痺れたな。

「まあ、たまたまな。狙ってたボールが得意なコースに来ただけだ。」

「それでもすごいけどね。」

「そうそう。先輩たちからも祝福されてたし。」

「……あれ痛かったな。」

 広田はその時を思い出したのか、苦笑いを浮かべていた。ああ、あれ傍目から見ても祝福というよりほぼ暴力ではと思っていたが、本当にそうだったのね……。

「じゃあ、広田君はすごいってことですね!」

 花月が笑顔でそう言った。その認識で間違っていないので、詳しく説明するのも野暮だろう。

 そんな会話をしながら、パーティは続く。菊原の受験勉強めんどくさいという愚痴に花月が共鳴して勉強めんどくさいって言いだしたり、最近行った買い物の話をしたり、広田の他の野球部の話をしたり、料理に舌鼓を打ったりしていると、いつの間にか太陽がオレンジ色に輝いていた。

 確か、これをし始めたのが、お昼くらいからだったので、最低でも5時間は経過していることになる。

 ……なんかめちゃくちゃ早いな。

「……陽輔君、良い顔してますね。」

「え……?」

 俺が時間に驚いているとふいに花月がそんなことを言ってきた。

「そうね(だな)」

「……まあ、そもそも久しぶりに顔を見たので、ここ一週間ほど、どんな顔をしてたかは分かりませんけど、……いい顔してると思います。」

「そうなのか……。」

 確かに、この催しを楽しんでる俺がいる。ここ一週間、記憶が断片的にしかないが、嬉しいとか楽しいとかいう良い感情とは程遠い気持ちだった。また、生きることに絶望していたし、そもそもどう終わらそうかとしか考えていなかった。常闇の沼に身体がいつのまにか浸かって、二度と戻ってこれない……いや、いっそもうこのままの方が楽かもしれないと思い始めていた。

 何度も何度も自問自答を繰り返すなかで、段々と沼の底へと自ら歩んでいっていた。希望なんて眩しいどころか視界に入れたくないとさえ思い、絶望のほうが心安らぐとそんなことさえ思っていた。

「今日は楽しかったですか?」

「…………ああ。」

 俺がそう返すと、3人とも笑顔になった。

 ……ああ、いい顔だ。この空間で、この表情の友達を見れればもう他に何もいらないかもしれない。

「無理に元気になってとは言わないし、学校に来れるようになったらでいいから、また、学校のこと考えて……ね。」

 菊原が語りけるように俺にそう言った。俺はそれを噛みしめながら答える。

「……ああ、分かってる。うん。」

 しっかり考えよう。これ以上に感情が地に落ちる出来事は恐らくないだろうし、もう自分の気持ちと意見を変えないように。しっかりと。

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