第7話 迷想 恐怖心はコックローチ

あおい〜!また怪人が出たよ!か・い・じ・ん!」いつの間にかラボで寝てしまっていたのだろうか、深夜3時ごろ慈亞じあに叩き起こされた。

モニターに映った地図を数秒見ると、すぐにコートを着てラボを後にする。

この街で生まれ育った彼には、少し地図を見ただけで場所を把握することは容易なのだ。

「ちょっと!データ取るから私も行くってば!」と叫びながら追う慈亞を横目にバイクに跨り、懐に硬い仮面の存在を確かめる。いやに夜風が冷たい街にバイクを発進させ、現場へ向かう。今の葵には力がある。それは彼にとって、他人と自分を救うためのものなのだ。


***


現場に到着すると、これまでに見たことのない怪人がものすごい速度で駆けては人を襲っている。「なんだよアイツ!?あんな怪人今までいなかったよな?」仮面に備わった通信機能で、慈亞にコンタクトを取る。

「恐らく昆虫……の中でもいわゆるゴキブリの類だろうね」

黒光りする身体、長く伸びた触角。それらの特徴は、明らかにあのゴキブリのそれだった。

葵は幼少の頃からゴキブリに苦手意識があった。予想外の場所から出現する恐怖、大量に発生して陰で蠢く気色の悪さ。そして遠くはない過去の遺したトラウマ。葵は、その恐れから戦うことを無意識に躊躇してしまっていた。

「葵!!怖いんならそこで倫悟りんごくんが来るのを待ってればいいさ、どこにでも隠れて逃げればいいさ!……でも君がそうする間、何人の人が死ぬと思う?」

慈亞の言葉を聞き、ふと我に帰る。襲撃されたのは飲食店や飲み屋の立ち並ぶブロック。深夜とはいえ多くの客が入っている店ばかりだ。俺が戦わなきゃ、もっと多くの人が命を落とす。何人もの人が涙を流す。葵は覚悟を決め、仮面を装着した。

「変…身!」

葵は疾駆しっくセイバー ヘリアスへと姿を変え、指先から鋭い爪を伸ばす。

「お楽しみ中に何の用ですかァ?ライオンモドキのヒーローさん」

嬉しそうに挑発すると、蜚蠊ごきぶり怪人は凄まじい速度でヘリアスに接近してきた。葵は至極不快に感じて息を呑む。

蜚蠊怪人はヘリアスの胸に人差し指の先をちょんと置き、ぐりぐりと擦り付ける。

「あんま俺の『遊び』の邪魔しない方がいいんじゃないのォ〜?クヒヒッ」

舐め腐ったように嘲笑する、蜚蠊らしく反吐が出るほど陰湿で気色の悪い野郎。手っ取り早く倒してしまおうとパンチを放つが、拳が到達したと思った頃にはもういない。

「クフフッ…あっれェ〜?どーこ殴っちゃってんのさ?」

背後から声が聞こえたため裏拳を振るうが、やはりいない。先刻接近してきた時と同様の速度で逃げ回っているのだろう。姿が見えたと思うと、次の瞬間には消えているのだ。

「葵!レーダーデータを転送する!」慈亞の声がしたと思うと、視界に青と赤のマーカーがついた簡易的な地図が表示されている。おそらく青が葵、赤が蜚蠊なのだろう。単純なスピード勝負なら葵も負けてはいない。駆け、虚空を殴り、また駆け、殴る。イタチごっこのように繰り返していると、蜚蠊怪人の動きにとあるパターンが見えてきた。

スナック「アミーゴ」の前、中華飯店「緑獅りょくし軒」の暖簾の上、喫茶「ルル・ベル」の屋根、そして「アミーゴ」の前に戻ってくる。

「三角…ヤツの移動する先は同じ三箇所の繰り返しだ!」

殴った後すぐ蜚蠊怪人と同じ場所へ移動して殴ると、やっと一撃を喰らわせることに成功した。

「意外とやるじゃーん?でもゴキブリってさぁ、一匹見つけたら百匹いるもんだよねェ?」蜚蠊怪人の背中から大量の小さな粒が噴出すると、それは新たな蜚蠊怪人となりヘリアスに襲いかかる。

「さっき集合フェロモン塗らしてもらったからさァ、こいつら全員お前の敵ってワケ!クフフ」あの気色悪い行動はそのためだったのか。大量の蜚蠊怪人に囲まれて殴打される。個々の攻撃力や耐久力はさほど高くはないが、速度と量のせいで対応しきれずに集団攻撃の餌食となる。

「じゃあ、孤軍奮闘ファイ……っとぉ?」憎たらしいセリフを吐きながら去ろうとする蜚蠊怪人の背中を倫悟、いや、疾駆セイバー ソートルが蹴り飛ばした。「ヘリアス!あり怪人でもないのに、なんでこんな大量に!」倫悟の問いかけに応える前に、葵は頭部を何度も強打され気絶してしまった。

「葵!葵ー!」無線の先で叫ぶ慈亞の声は、彼の耳には届かなかった。


***


葉刈はかりが倒れた。ということは、今戦えるのは自分一人。この場所は自分が乗り切らねば。倫悟は葉刈を救出しようとするが、蜚蠊怪人があまりにも多すぎて近づくことすらままならない。どう動くべきかと思案していると、「昆虫同士仲良くやりたかったんだけどなァ〜……お前もお友達ンとこにすゥぐ連れてってやるから安心しろよ!」蜚蠊怪人はわざといやらしい手つきでソートルの腹部に集合フェロモンをベッタリとなすりつけた。

「貴様…!」卑劣なやり口に倫悟は強い不快感と怒りを覚え蜚蠊怪人の顔面に強いパンチを叩き込んだが、大量の蜚蠊怪人にすぐ邪魔された。

「クフフ……俺たち『進化』した人類なんだからさぁ、そのへんわかってる?」

「進化って何のことだ!何が言いたい!」倫悟の言葉は、蜚蠊怪人の羽音に遮られて青い宵闇に消えた。

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