10話-③:分かり合う光

 エイダが目を閉じ、マナチャンネルを通じて李の意識に触れた瞬間、彼女の前に無限の光の奔流が広がった。どこから来たのか、どこへ向かっているのか定かではないが、彼女の中には言葉では言い表せない感覚が湧き上がる。この奔流は時間の概念すらも超越しているようで、一瞬であり、永遠にも感じられる。だが、不思議と焦りはない。ただその流れに身を任せているだけで、何かが満ちていくような安堵を覚えてしまう。


 肌の色や生まれ育った場所、宗教や性別、あらゆる外的な区別が消え去り、エイダと李の間にある根源的な何かが共鳴し合うような感覚。まるで生命そのものが共振しているかのような一体感。もはやこの光の中では、エイダという一個人は存在しないのかもしれないし、全てがエイダなのかもしれない。この感覚は言語や論理を超え、ある種の究極的なつながりを感じさせる。


 李の感情と想いが次々と流れ込んでくる。彼が抱えていた恐怖や不安、そして祖国を守るために負ってきた使命感が、エイダの胸の中で鮮明に浮かび上がる。同時に、エイダ自身の決意も李に伝わっていく。人を救う。無意味な戦争を防ぐ。国家間の緊張や、権力争いといったものを越え、彼らはお互いの『人間』としての本質に触れ、通じ合う。それは、性行為に似た親密さのある感覚でありながらも、もっと根底にある『生命の共鳴』ともいえるような神秘的なものであった。


 どれだけの時間が経ったのかわからない。やがてエイダが静かに目を開けると、李国家主席が静かな瞳で彼女を見つめていた。その表情には、もう疑念や不安はない。無表情ではあるが、不思議と穏やかな雰囲気を感じられる。エイダは言葉を発することなく、李もただ頷くだけだ。


「わかりました」李国家主席は低く、細いけれども力を感じる声を発する。エイダもまた、淡々と頷き返す。これらのポーズは、二人にとって必要のない行いだ。周囲に伝えるためのツールでしかない。


 おそらく十数秒ほどだったのだろう。ホークスはきょとんとしている。さきほどまでいきり立っていた李が、静かに落ち着いている。いきなり彼の態度が変わっているのだから、周囲からしたら意味不明だろう。


 ホークスは、プロフェッショナルである。であるからこそ、おののいたりはしない。しかし、事態を呑み込めずにいるのだろう。


「少佐……大丈夫ですか?」


 こちらとしては笑いとばしてしまいそうな間抜けな質問だ。


「大丈夫に決まっている。 何を心配しているんだ?」


「いえ、あまりにも何というか……想定できてなかったというか急なもんで。 本当に大丈夫ですか?」


「だから大丈夫と言っているだろう。 不思議と気分はすっきりしている。 作戦行動可能だ」


「いえ、大丈夫であればいいんですがね……」と言いながらホークスは李に目を向けつつ、押さえていた秘書官を放した。


「ご無事ですか!?」秘書官が焦った声で李に問いかける。


 無事に決まっているだろう。何度も繰り返されるとしつこい。李は憔悴しきっている。おそらくマナシンクロナイザーと同期による副作用だろう。エイダの億劫さとは裏腹に、李は憔悴仕切っている中、驚くほどやさしい声で、「大丈夫だよ」と発した。


 本当に問題ないか確認しようとする秘書官を手で制し、「ありがとう。 少なくとも、彼女の心はわかりました。 この馬鹿げた事態を止めましょう」


 狙い通りの結果ではあるが、あまりの豹変ぶりに驚いたホークス大尉がエイダを見てくる。エイダは、どんなもんだい、という態度で鼻を鳴らし、手を腰にあてる。


 李にとって、現状目の前のエイダとm分隊に頼るしか自身の、そして政治上の生命を担保する方法がない。それは元々わかっていた上で、こちらが何者か、その上で真意がわからないと協力的はできなかったのだ。そして、それは同期を通して、あくまでエイダの認識上のものではあるが、真意は伝わり不信感は最低限解消されている。


「キャプテン、これまでの経緯やこれからの作戦推移については同期で伝わっているからな」


「……わかりました。 ドク、李国家主席の治療はどうだ?」


「止血と緊急的な筋肉の治癒は完了しています。 応急処置ですがね。 憔悴していますが、痛み止めを打ちましたので、支えられての移動は可能でしょう」


「とのことですが、どうですか? 李国家主席」


「移動は可能です。 だが体がだるく上手く動けない。 すまないが、支えてもらえると助かります」


 李の言葉自体は真意だが、李国家主席自体がマナシンクロナイザーの被験体だ。李の存在そのものが中国の国益になる可能性が高い。彼にとっては今ここで死ねない理由が増えたことになる。だが、今ここでそのことに触れても揉めるだけで話が前に進まなくなる。エイダはホークスを見つめ、黙って頷く。ホークスも黙って頷き返してくる。


「よし! 移動を開始する。 時間がない。 もうすぐ遮断魔法が切れる頃合いだ。 それに定時連絡のない敵司令部が異変に気づく可能性がある。 ドクと俺が先導する! 少佐は二人を保護しながら追随してください」

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